第3話 百万 一与 ③
晴姫は漆黒の闇の中に、見えないはずのその中に、何かがいるという感覚に包まれていた。そして体は本能で、危険度最高レベルのアラートを細胞の隅々にまで訴えていた。
「兄貴ぃ!!!!!」
—— BaKuNッ!
晴姫は声だけを残し、消えた。
いや、見たままを伝えるのであれば、正確には刹那に、その漆黒の闇の中の何かが人物大まで口を広げ、そのまま一口で晴姫を食ったというのが正しい。
「カイエン様っ!」
イチが声を荒げながら立ち上がる。
周りの子供たちはまだ状況が理解出来ていない。
—— ZuBaN!
「お前ら全員この部屋から離れて昼寝でもしていろ!」
すでに開円はその漆黒の闇の何かの前まで駆けつけており、イチを含めその場にいた子供達は、気付けば廊下にまで飛ばされていた。
と同時に、どこからともなく現れていたその他三人の神職が、その漆黒の闇の何かの周りを囲み、唱え言を始めていた。
「諸々《もろもろ》の禍事 罪 穢あらむことを …… カイエンさま、間も無くゲイトが無段階に戻ります!」
電子そろばん担当の弾軌 珠(通称:ハジキ、タマさん)が報告を上げている。
彼女を含む三人の神職は、不思議と黄金色の光の注連縄のようなもので、薄っすらと互いが結ばれているように見える。
さらには、唱え言の一つ一つが空間に目に見える文字として描かれていく。文字は揺らぎながらも、微かに光を帯びており、規則的に円状に配置されていく。
「詳細は分かりかねますが、これは我々の制御ではなく、ゲイト自らが無段階に向かっているようです! おそらく向こう側で閉じているものかと!」
弾軌はジンに集中しながらも、刻々と縮まる《《それ》》の異変を続けて報告する。
「目的を果たした …… という事か」
開円が冷静に口を開く。と、《《それ》》は空間から音もなく消えた。
「どうなってんだよ! ハレヒメ! ハレヒメ!」
普段は遠慮気味で自己主張の出来ないイチだが、この時ばかりは周りも気にせず力の限りに叫ぶ。
「カイエン様、説明してくれよ! あれは何なんだ! ハレヒメに何が起きた!」
イチは神職たちの静止を振りほどきながらも、先ほどまでそこにあった漆黒の闇の何かの場所まで駆け寄り、体は震えながらも開円に強く詰め寄る。
「イチヨ …… 」
開円は今どう答えるのがイチの為に最善なのか、考えをめぐらせ言葉に詰まっているようだった。
ほんの少し、握りしめた拳を緩く戻すくらいの僅かな間だが、言葉があいた。
—— Fuu ……
突然の喪失で感情が高まり、口調も荒くなっていたイチは、この少しの間を感じ取るとすぐに大きく息を吸い込み、そして少しづつ吐き出していった。
「何か知っているんでしょう? カイエン様も他の神職も落ち着いていて初めてじゃないみたいだ」
少しだが落ち着きを取り戻し、相手が答えやすい言葉へとイチが問いを変える。
「 …… (状況をいち早く改善し、次へ進める為に感情を落ち着かせる事が出来る子だ。決して感情に任せて喚き散らすのではなく、今何が重要で、どう動くべきかをよく理解している。状況にもよるが、身内の事でここまでは中々出来る事じゃない)」
「 …… 」
イチは返答があるまで沈黙を守る。
「 …… 君には正直に答えなければいけないな。後で社務所へ来なさい。そこで私達の知る限りの事を説明しよう。今はこれだけを答えておく。ハレヒメは生きている。」