第2話 百万 一与 ②
「なんだか今日は気が進まないんだよなぁ …… 」
—— ZuLiZuLi ……
晴姫は道端で拾った枝(太め長め)を引きずりながら、ボソッと呟いた。
「珍しいね、いつもならオレより先にジンタマに向かっているのにね。ほら、歩いて歩いて」
イチと晴姫は生魂神社(通称:ジンタマ)に向かっていた。
生魂神社は神社でありながらも、いわゆる学舎を兼ねており、特例がなければ一般的には三歳から十五歳までが通っている。
イチはいつもなら自分より少し早く着きながらも、境内で一通り遊び戯れてから、学舎入りしているはずの晴姫を少し気にしていた。
「やっと鳥居だよ、ここからも長いのに大丈夫?」
「むぅ〜 …… 」
どう建てたのか想像する事すら止めざるをえないほどの、天からそのまま落ちてきたかのような巨大な無花果色の鳥居を抜けると(鳥居を抜けるだけでもかなりの時間を要するが)、境内にはウキクサやウメ、イロハモミジなど多様性に富んだ植物園とも、ヤツクニキジ、ザーネン、シバイヌと多種多様な生態系が広がる動物園とも思える広大な敷地が広がっている。
その中心には、これまた向こう側を探す事を諦めさせるような大きな池があり、そこには右手の山から合流する川が差し込んでいる。
その海とも錯覚させる池の更に中心には、周りからの繋がりもなく、独立した社が佇んでいる。
社はひときわ特徴的な造りで、樹齢の想像すらつかない畝りのある巨大な樹木の枝々に、各々必要に応じた社が融合されている。
融合と表したのは巨木の上に建てたというよりも、社の周りを巨木が覆っているという表現が正しいと思えるからだ。
辺りの自然とも見事に調和しており、初めてこの社を見たものは声帯自らが自然と震え、言うまでもなく『美しい』という音が自然に発せられる事であろう。
その巨木に面する一番下の社からは、独特の抑揚をつけたリズムで重低音にも似た唱え言が、耳ではなく体全体、皮膚そのものから浸透圧を用いて内部へ染み込むように、優しく心地よく響く。
社の内部には部屋が規則正しく秩序的に並び、一部屋に凡そ三十人ほど、総すると三百名を超えるであろう子供達が教えを学んでいる。
いわゆるこの世界での学舎ではあるが、読み、書きなど基本の他に、一部この世界を語るに重要で特異なものが含まれる。
それは惟神、通称ではジンと呼ばれている。
この世界には科学や物理法則ではおよそ説明のつかない現象が古くから認められており、未だ原理原則の解明を終えていないが、世界を統べる九つの国家機関単位で独自に研究が進められている。
その内確認できている一つの傾向が、およそ十二〜十四歳頃を境に、この惟神に目覚める者が現れてくる事であり、各国家機関はその者達の把握、獲得に国力を投じ努めている。
もちろん、それぞれ国家の拮抗した軍事力に直結した解決策でもある事は言うまでもない。
今はまだジンに目覚める者は少なく、認められればその一家は安泰とまで言われ、国民からも絶大な信頼を得られる国家職につく事となる。
「 …… ふぅ」
イチとハレヒメは無事に到着し(イチはいつも通りの時間だが)、学舎で二限目の学びを受けていた。
「小僧ども集中できてるか? 一日一歩でも成果を出せよ! 目をつぶっているからって、頭の中で昼飯の献立想像してんじゃねえぞ!」
乱暴な口調で、見た目も神職には似つかわしくない、白髪天然ロングヘアーなこの男は名を開円(通称:カイエン)といい、実年齢不詳だが明らかにこの社を収める一人に足る、何か凄みのようなものを感じさせている。
実際に、背中には張り付くでも離れるでもない大きな光背とも言えるような光が常に浮いており、惟神を高度に操れる者である事がわかる。
「面倒くせぇ、そのままお前ら昼飯に集中してみろ! 要は集中出来れば何でもいい訳だからな! 体に散らばる想いを胸の中心へ集めるイメージだ! お前らの好物への想いを一箇所に、超極限的に圧縮しろ! これは腹が減るから丁度いいかもな! はっはっは!」
教職者として大切な何かが欠如している気はするものの、零を壱へ、本質を身につけさせるという一点に関しては、突出した才能を遺憾無く発揮している。乱暴なまとめ方ではあるが、教職はまさに天職である。
「なぁ兄貴ぃ〜 …… ジンってどうなったら操れたって言うんだ?」
朝食の緩みからか気が乗らないのか、うっかり一限目の学び中に眠り落ち、そのままイチが受ける上級生クラスの二限目が始まってしまい、居場所を求めて横に潜り込んでいた晴姫がそっと尋ねる。
惟神という特殊な性質上、学舎ではそれぞれクラスごとの内部に、様々な仕掛けが施されており、下級生、上級生などグレードにより扱われるものは変動するものの、神職講師がクラスを移動するのではなく、生徒の方がクラスを移動する仕組みとなっている。
「 …… よく、今日まで乗り切れてこれたね」
イチは晴姫から今更な質問を受け、禅を組んではいつも飯の献立を想像していたのだろうと、溜め息が漏れる思いであった。
「ジンは読みか書きなどを用いて散らばりの力を集い圧縮し、その力を想いのままに解放する事で、非相対性的な力を得る事が出来るんだってカイエンや他の神職講師も言ってただろ」
「そうだよな …… 知ってる。合ってる。読みも書きもせずにジンは解放されないよな?」
「自然現象以外ではそんな事起き得ないよ。話してるとカイエンに見つかるよ?」
「そうなんだけど …… じゃあさ、目の前に現れたこれは何なの?! この状況全くエンプティオーラがよめない!」
—— Paッ!
イチが慌てて目を開けると、クラスに差し込む陽の光に抗うような、純粋な漆黒の闇が晴姫の眼前に不気味に浮いている。
「中に何かいるっ!!!!!」
それを間違いなく一番近くで見ている晴姫がとっさに今日一番の大声を発した。