第5話「ラファン④」
今回は短めです。食事シーンがありますので、深夜1時か2時くらいのお腹が空いた時に読んでいただければ幸いです。
ラファンに案内された食堂は、長辺が100メートルもありそうな広さがあった。普段使いには全く向かなそうな、会食にでも使うような大きさだったが、俺の為にわざわざ掃除してくれたのだろう。塵一つ見当たらない。
竜人族の執事に案内され、長いテーブルのお誕生日席に座らされる。ここは本来主人の席だと思うのだが。
『天上にて我らを見守って下さる豊穣神レインベルトと創造神フルトの愛児たる女神セレス様の誕生と、今宵の出会いに感謝を捧げ――――』
ラファンが何か詠唱しているが、俺の頭に入ってきたのは今日が新星歴2801年の7月7日らしいということだけだった。長ったらしい食前の挨拶をぼんやりと右から左へ流すと、食事がメイドたちによって運ばれてくる。
葡萄酒らしき色合いの酒に、何の肉か分からないトマトソース風の煮込み、葉野菜らしいスープ、パンのようなもの。どれもこれも熱々で、良い匂いが漂ってくる。
何故かラファンは席に着かず、俺の隣に立っていた。
「……ラファン?」
『毒見役など、必要なのかと思っておりましたが……不要でしたか?』
ラファンは世俗に疎いとか言いつつ、貴族的な作法を心得ているのだろうか。この世界ではこれが正しい作法なのかどうか、俺にはさっぱりわからなかったが……城主が毒見役をするのはどうかと思う。
「毒は……(恐らく)私の身体には利きませんので、必要ありません」
『確かに、レインベルト様もそうでしたな……気づかず申し訳ありません。――ダリヤ、我にも料理を』
ラファンは俺から見て左手の席に腰かけると、170センチメートルはある長身のメイドを呼びつける。
ようやく一人名前が判明した。
ダリヤと呼ばれた女性エルフはスレンダーな美女だ。人間なら二十代後半ほどの見た目だが、実年齢は長命種なのでわからない。
金色の髪に緑の瞳、暖かそうな厚手のワンピースらしき衣装に身を包み、胸元にはかなり控えめな膨らみが僅かに主張していた。
『どうぞ、冷めない内に召しあがってください』
「ありがとうございます。いただきますね」
作法などさっぱりなので、好きに食べよう。
まずはスープから。
塩胡椒で味付けされている、普通のスープだ。正直ほっとする。具だくさんの野菜の甘味がほんのり利いていて美味しい。
キャベツ、ニンジン、タマネギ……多分、ジャガイモ。
「美味しいです」
『おお、それは良かった』
思わず笑顔になる優しい味だ。微かな酸味が食欲をそそる。
次はシチューのような煮込み料理だ。
匂いでわかる、トマト系のソースに一口大に切られた肉が入っている。スプーンで簡単に切れるほど良く煮込まれた肉は、食べると口の中でほどけて肉汁が口の中に広がる。これも美味しい。
豆のようなサイズの小さな根菜らしきものも、ホクホクとした食感が楽しく、味が良く染みている。
酸味と塩気、それに甘さが丁度良いバランスで調和している。
「これもとっても美味しいです。何のお肉ですか?」
味わって飲み込み、念のため口元を押さえながらラファンに問いかける。
『それはラプーの肉です』
聞いたことのない名前に微妙に不安になる。
『ご存じないですか? 何と説明すればよいでしょうか……かなり一般的な家畜なのですが。そう、オークのような見た目の獣です』
「オーク……?」
オークとはゲームでは緑色で身長三メートルほどの二足歩行の怪物で、魔族に分類される種族だ。イノシシのような顔に長い牙を持ち、知能は低く暴力を好む。混沌に属するため、人族よりも魔物寄りになる。
多くの種族が属する秩序の属性とは敵対関係にある。
二本足で歩く動物を食べるのはかなり抵抗があるが……見た目がオークに似ているという情報から早とちりしているだけだろう。きっとイノシシとかブタのことだ。そう思うことにする。……あえて詳細は聞かないことにしよう。
『オークとは混沌に染まりし種族で、ラプーのような顔に力自慢の巨躯。鈍器を扱う程度の知能を持った種族です』
ラプーがオークに似てて、オークがラプーに似てるって……ループしてるじゃねぇか。説明するな、食べ辛くなる。
「え、ええ……オークは知っています。説明、ありがとうございます」
気を取り直して次はパンらしきものを食べてみよう。
手に取るとかなり柔らかく、ふかふかした感触が面白い。中が空洞になっているようなのでそっと割ってみる。パンではなく、パイのようなもののようだった。中にはとろみのついた餡のような具が入っており、シャキシャキした食感や、コリコリとした食感の細かく刻んだ野菜が楽しい。恐らくラプーのひき肉が入っていて、じんわりと暖かい塩気と旨味が口の中に広がっていく。
ミートパイだろうか。外は普通のパン生地のようだから、他に例える料理が地球にもあった気がするが……。まあ、美味しいから良しとしよう。
一通り食事に手をつけていると、ラファンにも同じ料理が出され食事は進む。
葡萄酒らしき飲み物は、そのまま葡萄酒であるらしかった。俺はワインを余り好んで飲まなかったが、かなり上物のように思える。酸味がほどよく苦味が控えめな酒はするりと喉を通って食事にぴったりだ。
酒に弱い方ではなかったが、いくら飲んでも酔いが回ってこない。
視界の端に【毒無効】と小さな表示が見えるので、この身体の耐性のせいだろう。少し残念だが、アルコールが毒判定なのではどうしようもない。気分的にはほろ酔いなので気にしないことにする。
食事が済みデザートに運ばれてきたミルクアイス――何の乳なのかは聞かなかった、これもラプーだろうきっと――に舌つづみを打ちながら、ラファンの身の上話を聞く。
『我は聖法国の守護神などと呼ばれてはおりますが、実情は軍事力のようなものですな。特に内政に干渉することも無いので、世情には疎く……最近はめっきり戦もありませんので、ほとんど市街に赴くこともありません。年に一度、教会の者が供え物を持ってくる程度で……』
「街の方には慕われているのですね」
『慕われていると言うよりは、この見た目もありまして恐れられていると言った方が正しいでしょうな』
そう言ってラファンは楽しそうに笑った。
顔にも包帯が巻かれていて、隙間から覗いている唇は控えめに言って乾ききっているというのに、その笑顔には妙な色気があった。
『さて……実は、セレス様に会って頂きたい者がおりますので、我は少々麓の町まで出向いて参ります。浴場の準備も整ったようですので、湯あみでも済ませてお待ちいただけますか。なに、飛んで行けば小一時間もかからぬはずです』
「会って欲しい者……?」
この世界に知り合いはいないはずだ。
ゲームの知識でこちらが一方的に知っている者もいるのだろうが、ゲームの300年後ではほとんどは死んでいるだろうしな……。
一人だけ心当たりがないわけでもないが、彼女も一緒に飛ばされて来たのだろうか。
アクセス数は今一つ伸びていませんが、ブクマが少しずつ増えていっているようでずっと眺めていたくなります。ありがとうございます。
ずっと眺めません、原稿します。