第4話「ラファン③」
ラファンの居城で向かう途中の僅かな時間、質問をするつもりだったのに逆に彼の方から質問攻めにあった。
主にレインベルドのことだ。
どうやら、本当に多数いる現地夫の一人らしい。つまり、このマゾヒストの変質者は俺の義父に当たるわけだ。
義父様と呼んだ方が良いのかと尋ねると、大変気色の悪い辞退の意が返ってきたが……まあ、どうやら喜んでいるようだった。
レインベルドとはもう千年以上も会っていないらしい。
何歳なんだとか、それだけ思い続けるなんて一途過ぎるだろとか、色々と突っ込みたいところだが、触れると長そうなので適当に相槌を打つ。
俺が当たり障りのない奴の近況を教えていると、あっという間に城へとたどり着いた。
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案内されたラファンの居城ははっきり言ってほとんど廃墟だった。
まず人気がない。
城を囲むように城壁が築かれ、防衛用と思われる丸みを帯びた塔が至る所に見られるが、そこに兵は見当たらない。
二階建ての石造りの城は天井が高く、通路も龍化したラファンがギリギリ通ることのできそうな広さだが、花や絵画などはなく殺風景だ。
数百名は詰められそうな広大な城に、メイド数名と執事の一人だけを住まわせているらしい。見かけたメイドはどれも美人な耳長族で、執事は
竜人族だ。どちらも長命種である。
耳長族とは人間――この世界では原種や始祖種と呼ばれる――とほとんど同じ姿の種族で、長く尖った耳と大気中の魔力の扱いに長けていることが特徴だろうか。
竜人族とは爬虫類のトカゲが二足歩行をしたような見た目をしていて、魔力やレベルの高い上位種ほど原種である人間に近い姿かたちを取る種族だ。ここにいる執事はレベル30程度だろうか、翼の無い二足歩行のドラゴンといった感じだ。体長は尻尾を含めて二メートルほど、尻尾を含めて三メートルほどに見える。
紹介はされず、執事もメイドたちも遠巻きに頭を下げて俺を拝んでいるようだ。
女神と言うことになっているせいだろうか。
そりゃまあ、本物の神様なら恐れおおいだろうが、中身が三十路のおっさんとしては何とも居心地が悪い。
通された応接間らしき一室で、俺は全身包帯の上から英国風なスーツらしき正装を着込んだラファンと向かい合って座っていた。しかし、よく見ると肩などの縫合部が見当たらず、一枚の生地で成形されているように見える。
魔法で編まれたものだろうか。
『神の国の衣装を真似て拵えさせたものですが、何か可笑しいところがございましたでしょうか……』
「いえ、とてもよくお似合いですよ。むしろ、私が知る物よりも高度な技術が使われているようにも見えます」
『おお……!』
ラファンはかなり気を良くしたようで、俺の世辞に対して三倍の感謝の言葉で返してきた。正直、こいつの芝居がかった調子は少し疲れるが……何千年も生きているくせに、どうにも人懐っこい男で憎めない。
自分の顔を見ることはできないが、無難な微笑みで相槌を打てているはずだ。
俺はラファンから聞きたい情報を概ね得ることができた。
ここがカタフィニアという海洋性惑星であり、聞き出した年代からゲームのおよそ300年後の世界であるということ。聖法国の領内で間違いないこと。俺のプレイしていたゲームが、この世界を元にして作成されている可能性があること。
そして、魔王のこと。
『一応聞いてはおりましたが、魔王討伐ですか……それは何とも、難題ですな』
曰く、魔王ギルフリート・L・ローゼンは神の領域に脚を踏み入れている剣聖であり、破壊神ルクスの加護を受け並大抵の魔法は受け付けず、魔剣の一振りで山を吹き飛ばすバケモノらしい。そのうえ、魔王城の地下には人知を超えたバケモノを飼っているという噂もあるらしい。
聞いたことのない名だ。
フィールドボスやレイドボス、ダンジョンに配置された魔王たちにそんな名前は無かった。
ルクスとはゲームの設定上ではレインベルトやフルトと並ぶ神の一柱だ。その加護を得ているということはつまり、俺と同じ転生者か、あるいは転移者である可能性がある。レベル100か、それ並みの能力を持っていると仮定しておいた方が良いかもしれない。
面倒なことになっている気がする。
魔王ギルフリートが統治する大帝国は周辺国家を侵略戦争にて飲み込み、大鬼族や竜人族などの戦闘民族たちを配下に加わえて、総勢百万はくだらない大軍となっているらしい。
かなり面倒なことになっている気がする。
今現在活発な軍事活動は無いという話だが、カタフィニア全土の三分の一を支配下に置く強国に対し、帝国周辺の国家は連合軍を結成してどうにか対抗できる術を模索中とのことだった。
もう面倒臭い。
どうも、単身で乗り込み、一騎打ちしてお終いとはいかなそうだ。
それも見越して、レインベルドは期限を三年と言ったのだろう。
任期三年の長期出張、経費自腹とはブラック企業もいいところだ。
百万の軍勢に囲まれれば例え一人一人がレベル1でも無事ではすまない。広域殲滅に適した魔法もあるにはあるが、俺はこの世界で大量虐殺者になりたいわけじゃない。
となると――
「まずは、連合ですか」
『ええ。しかしそれも、あまり足並みが揃わぬ様子ではありますが……セレス様が御旗を掲げられれば大軍も集いましょう』
「なるほど……?」
なるほどなどと言ってみたのは良いものの、俺は戦争なんて教科書の内容の十分の一も理解できていない。
軍隊の指揮など一ミリも知らないんだが……。
『我が知るのはこの程度で申し訳ございません。何しろ、ここ数百年は我が城に引きこもって研究三昧でしたので……』
「いえ、気にしないでください。今の話で十分助けになりました」
ゲーム内のギルド対抗戦だとか、人魔戦争――ゲーム内イベントの名称で、秩序と繁栄と混沌の三陣営が戦う三つ巴の戦闘――には一兵卒として参加したことは何度もあるが、それはゲームでの話だ。
実際の戦争に行った経験はない。
連合軍の結成は現実問題として必要なことなのだろう。大帝国がすぐに侵略戦争を再開する可能性もあるのだから、周辺国家は足並みを揃えて対応するべきだ。そしてそれを、女神とかいう立場で補佐するべきなのだろう。
気が重くなる問題に、ため息が漏れる。
連合軍の準備をお手伝いしつつ、穏当な外交で解決する術がないかも模索するしかない。帝国軍が冷戦状態のまま侵略戦争を止めてくれれば話は早いのだが……。
確認しなければならないのは、大帝国の侵略戦争の理由。
資源の問題か、信仰や信念によるものなのか、それとも別の何かがあるのだろうか。それが分かれば武力などという過激な外交ではなく、穏当な外交をする助けになる。
まずは直近の聖法国にどれだけの軍備があるのか確認しておいた方が良さそうだ。それに帝国軍の詳細な軍備の状況。
ゲームとこの世界の違いなども確認しておかなければ話にならない。
やるべきことは山積みだ。
『女神にとって人ひとりの命など、塵芥に等しいものだと思っておりましたが……人々の為にこれほど思い悩まれるとは、セレス様はお優しいのですね』
うんうんと頭を悩ませる俺に、ラファンが穏やかな声色で話しかけてくる。
ホンモノの神様ならもしかすると、そんな考えを持っている奴もいるのかもしれないが、俺の中身は単なる人間だからな……。
しかし、それを正直に言うのは、前世の記憶が邪魔をする。
「そのようなことは……ところで、研究と仰っていたのは?」
曖昧に笑って誤魔化しながら、話題を変えるために先程聞こえた研究とやらについて尋ねてみる。
ゲーム内の設定では、不死の研究をしてたんだったな。
『ああ、我は不死者を研究しておりましてな。始まりは、ヒト達が魔法と呼ぶ力を活用するようになる以前です』
「なるほどぉ……」
『ゾンビやスケルトンと呼ばれる魔物たちは不死者などと呼ばれてはおりますが、奴らは本物の不死には程遠い不完全な存在です。それこそ、今の我のような……。本物の不死とは、レインベルド様たちのような神々の権能のことを指すのです。決して滅びず、この世界より消滅してもなお、天上より復活されるような存在を不死と呼びます。ああ、この辺りは女神であるセレス様には承知の事実でありましたな……。我は、アンデッドと呼ばれる魔物の生態について詳しく学ぶことにより、神々の権能の、その一端にでも触れたいと思っているのです。これは決して神に対する背信などではありません。そもそも、神を全く信じぬ科学者、研究者など世界のどこにおりましょうか? いいえ、居るはずもありません。ただ、我は純粋なる好奇心によって研究を行っているのです。ああ、話が反れましたな? 不完全とはいえ不死の権能を再現する魔物、その不可思議な構造を解明するためには元素について触れねばなりますまい。セレス様もご存じのとおり――――』
存じてない。けれど黙っておく。
『――――神々がこの世界をお創りになった時、その権能の一部を世界に種として蒔いたのです。これを魔法力学者などと鼻持ちならない名乗り方をする者どもは、元素結晶などと呼びますが、まあ呼び方などどうでも良いのです。元素という表現は悪くありません。世界の理の根幹。即ちフルト様の陽とルクス様の陰の元素、属性が有機物、無機物問わず、万物に与えられているというわけです。そこにレインベルド様の持つ、時の元素が加わり始めてこの世に存在できるというわけで……。失礼、女神様を相手にこのような説明は不要でしたかな? この陰陽論は後に、四元素理論や、五元素理論……つまり先ほどセレス様がお使いなっていた五行の考えに通じるわけであり、やはりこの世の理そのものである貴女様に、つまらない説明など不要ではあるとは思うのですが、前提の話もなく説明するのは無礼でもあるのではと思い念のため。アンデッドの話に戻りましょう。ですが、その前に……奴らに聖の属性魔法が効果的なのはご存じでしょう?』
それは存じているので頷く。
この長い話の間、俺が理解できたのは一つだけだ。
思念波で話しかけられると、耳を塞ぐこともできないという絶望的な事実。
止まらないマシンガントークに「なるほど」と繰り返すだけのマシーンになっていると、応接間の扉がしっかりと叩かれた。主であるラファンの返事を待たずに、竜人の執事が入ってくる。
『む……もうそのような時間か?』
「そのようなお時間でございます。ラファン様」
少々不機嫌そうな城の主人に対して、深く頭を下げたまま取り付く島もなく告げる竜人。
この淀みのない対応の仕方は、何度も同じようなことを繰り返しているに違いない。正直、会話を切ってくれるのはとても助かる。
ハグしたいくらいだ。
『ふむ。どうやら食事の準備ができたようです。冷めないうちに頂かなくてはなりませんな……。今後のことを悩むにしても、空腹では良い考えなど浮かびません』
「ええ、ご飯ですね? すぐに行きましょう!」
渋々といった様子で提案してくる義父に、俺は可能な限りの笑顔で即答した。
礼も言わずに食事に飛びつくのはみっともないが、ここで遠慮をして長話が再開するのだけは絶対に阻止しなくてはならない。
食いしん坊だと思われても構わん。
ラファンは俺の無礼な様子に対して怒ることもなく、柔らかい笑みを浮かべていた。
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