第3話「ラファン②」
迫りくる脅威度78の半死人。
俺の身体はゲームのアシスト機能そのままに、自然にラファンの胸板に右手を伸ばし、左手は奴の右手に……歩く死人の軸足――重心の乗った左の足を軽く払うように蹴り上げ、その身体を軽々と後方へ投げ飛ばす。
「どっせい!」
ゲームでは何度も繰り返した動きだが、こうスムーズに技が出ると感動する。魔法や技術は身体に染み付いていると思っていいのだろう。
全く力を込めたつもりも無いのに、細身とはいえ成人男性が枯れ枝のように飛んで行く。
レベル100の身体能力は伊達では無いらしい。
しかし。ヤバイな……。
殺してしまったのでは?
『ふおぉおおお!?この体捌きはッ!すばらしぃいいいい!!』
「うわ……」
飛びながら叫び遠くなっていくラファンの声は、明らかに喜んでいるように聞こえる。
大丈夫かどうかはともかく、まだ生きているようだ。
まあ、推定脅威度と言うのがどれだけ当てになっているのかは不明だが、低いとはいえ78はそこそこの強さなのだろう。不死者だし……。
ゲームでの設定を思い出してみる。ラファンは四肢が千切れても即再生するような不死者で、強大な魔力を持ち炎と冷気のブレスを使う巨大な龍種。友好的なNPCだったため、俺はイベントでも戦闘をしたことはなかったが、所属陣営が混沌だったり繁栄だったりすると、ストーリー上で戦ったりもするらしい。敵対時のレベルは最大を超えた120レベル(ゲームでは敵側だけレベルの上限を突破するのはよくある話)だったが、ここでは78となんとも情けない数字だ。
注意すべき点は再生能力と広範囲の極大ブレス、それに尻尾での攻撃くらいのもので、純粋な力比べであるなら敵ではない。
あくまで、ゲームの中での話だが……。
『あぁ……良い……良い、動きです……まるで、貴女が触れた瞬間に、この身を支配されたかのような……!ああ、最高だ!もっと、もっとです!セレェェェェェェッス様ッ!』
無駄に良い声……思念波、が雪山に響き渡る。
ほとんど骨と皮だがアンデッドになる前はイケメンだった面影のある顔に、満面の笑みが張り付いている。
正直言って怖いし、あいつの大声で雪崩とか起きないだろうかと心配だ。
遥か遠くに飛ばしたつもりだったが、魔法の力なのか間近で聞こえる声が不気味だ。
魔法は余り得意分野ではないが、物は試しだ。
両手を上下に向かい合わせて、ゲームと同じ要領で魔方陣を構築しようと試みる。初歩的な炎の魔法だ。
「灯火よ」
上下に向かい合わせた手の中心に小さな炎が灯る。
「炎よ」
小さな灯に重ねる様に二重の魔方陣を生成し、火の概念に魔力の燃料を注ぐ。
火はサッカーボールほどに膨れ上がり、赤から青へと色を変える。
「灼熱よ」
更に詠唱を続けながら右手に纏った炎に空気を含ませるように八の字を描くと、青白い尾を引いて魔法は更に肥大化していく。
<火炎槍>の基本的な流れだ。
本来なら別個に魔方陣を構築せずとも良いし、詠唱も省略できるのだがここは初心に返って完全詠唱だ。
構成は火、回転、刺突、誘導。
元々は初心者救済用にゲーム内の某プレイヤーが広めた魔法で、一度放てば難しい操作が必要がない。目標を視線の先に捉えてさえいればほぼ命中する。
ミサイルのレーザー誘導システムに似ている。
「六つの槍となりて我が敵を穿て――――<火炎槍>」
数は六本ほどでいいだろう。
蛇のように渦を巻く炎に、指向性と形状を与える魔方陣でもって射出する。
炎の槍は吸い込まれるようにラファン目掛けて飛んで行き――――
『これは見事! ですが、全く利きませんな!』
身体の表面から十センチメートルほど離れた場所で、虚しく霧散してしまう。
火に耐性のある竜種の魔力障壁だ。
不死者には火は効果抜群なはずなのだが、どうもここではそうではないらしい。そもそも低級な魔法ではレベル78には効果が薄かったようだ。
魔法を放った先へと目を凝らすと、投げ飛ばした際に折れたのだろう。首があらぬ方向に曲がった歩く死体が、両手で頭をゴキゴキと鳴らし、元の位置に戻しながら歩いてくるのが見えた。
こわ……。
だが、奴の耐性は概ね把握した、今度は少し強めに行って大丈夫だろう。
魔法は問題なく使える。同じ要領で今度は本領の近接戦闘の準備をする。
体内にある魔力を練り、足元に巨大な一次元の多層魔方陣を浮かび上がらせる。筋力増強、魔力増強、反射神経強化、知覚強化、魔法抵抗力強化などを同時発動する圧縮強化魔法を詠唱。
「……<臨戦>」
視野が広がり、全身に気力が、魔力が満ちていく。
ゲームでは感じられなかった高揚感に鳥肌が立つ。
両脚を開いて正中線を逸らすよう、右の半身を後ろに引いて腰を低く。左手は顎の高さに、右手は低く腰に触れる様に構えて迎え撃つ。
ラファンはまだ遠い。
「……<臨界>」
更に続けて強化魔法を多重詠唱。
魔力をたっぷりと消費し、前にかけた強化魔法へと重ね掛けすると、少しだけフラつく。
細長い双角錐型に圧縮された魔力結晶を形成し、青白く光るそれを五つ身体の周囲で回転させる。飛ばして攻撃にも、相手の攻撃に合わせてぶつけることで防御にも使える、<魔力晶>と呼んでいる得意魔法。
彼我の距離は二十メートルほど。
セレスの外見を見れば、どこからどう見ても後衛の回復支援職や火力支援職に見えるが、こう見えて単独や二人一組での狩りを想定した、盾役が得意な育成をしていた。
殴り聖職者などと言えば分かる人には分かるだろう。
自前で回復と前衛戦闘を行う職業で、粘り強く死なない戦いができる。
更に前に踏み込んでいた右足に力を込め、左足を大きく一歩踏み込む。
両手を楽に開き、前に構え――――詠唱。
「<角端>」
膨大な魔力を練り、俺の周りを浮遊する<魔力晶>を触媒にレベル100になる神獣の核を召喚しようとする。それはゴルフボール程度の大きさで黒い燐光を放ち、俺の周りをゆっくりと回り出す。水行の力を宿したそれは、一つで水の最上位魔法に匹敵する力を持つ――――はずだったが、どうも上手くいかない。
ゲーム内で契約したはずの霊獣だったが、縁が切れている気がする……いや、微かな魔術的繋がりが今できたような感覚はある。
<魔力晶>の内部に出現したのは、小さな黒い灯火だった。
詠唱を続ける。
「<炎駒>」
「<聳孤>」
「<索冥>」
「<麒麟>」
火行、木行、金行、土行に対応する五麟の霊核を呼び出し、五行を揃えるはずが――余り上手く行かない。
集まる魔力が弱い。
この後の詠唱で相性相克を以って太極や無極を疑似再現する奥義なのだが、この魔力量では無理そうだ。
『凄まじい魔力です……なんと美しい……。ああ、今日は死ぬのに良い日だ』
何だか血行が良くなったように見えるラファンの喜色に満ちた顔目掛け、<魔力晶>を正拳突きと共に飛ばす。
「せい!」
自分でも驚くほど高速で射出された<魔力晶>は、大気を切り裂き空の彼方へ飛んで行く。
それが通過したラファンの頭部は、元からそうであったかのように血しぶき一つ上げずに消滅した。
「あっ…………」
血の気が引く。
威力を甘くみていたし、迫りくる変質者の恐怖に気圧されて、少し強めに飛ばし過ぎた。
と、そう思ったのも束の間。
『…………素晴らしい』
頭部を欠いた死体が喋る。
「うっ……大丈夫、ですか?」
『ああ、凄い……これは、凄い……。死ぬ。死ねる。死ぬる。もう少し……!もう、一度お願いします!』
「ダメです!生きてください!」
『おぉ……!そのような、惨いことをおっしゃらず……!大丈夫、我はこの程度では死にません。大丈夫ですから、どうぞ遠慮なく!』
コロシテコロシテと懇願したかと思えば、今度は全く平気などと嘯く不死者。大丈夫大丈夫と何度も言うほど、その言葉に信憑性が失われて行く。
絶対に大丈夫じゃない。
と言うか、絵面が怖すぎる。
そう言えば元から口は動いていなかったが、頭部のない身体がフラフラと揺れながら言葉を発する光景は本物のホラーだ。
本気で怖い。
俺が本当にゼロ歳児だったら一生消えないトラウマになってしまうところだ。本人は本気で死を望んでいるのかもしれないが、俺に頼まれても困る。
ラファンにはまだ、俺を案内するという重大な役目があるのだから。
「ラファン! その……どうか落ち着いて」
大丈夫と言うラファンの言葉もすべて嘘と言うわけでは無く、じゅわじゅわと不気味な音を立てて黒煙を立ち昇らせる首元から、にょっきりと頭部が再生中だった。
グロい。
そもそも、魔法や技術を試したいと言うのであれば、別にその辺の木や岩で十分なのだ。何も人だとか竜だとかに向けて放つ必要などない。
ついつい口車に乗せられるところだった。本人が死を望んでいたとしても御免被る。
俺の火力がレベル78に通用するということが分かっただけで成果は十分だろう。元より基礎能力の差で、素手でも余裕だった気がしないでもないが……。
ひとまず魔法もしっかり発動したし、各種強化魔法も思った通りの効果が期待できそうな感じだ。
五麟の件は少々残念だったが……。きっと、この世界のどこかにいるはずだという確信がある。そのうち、挨拶でもして俺の奥義発動に協力してもらおう。
『ふむ……左様ですか? まだお試しになられていない技などがあるのでは?』
「いいえ、もう十分です」
まだ物欲しそうな言葉を吐くラファンの有難迷惑な厚意だが、丁重にお断りさせていただく。
軽く手を振り魔力晶を消して臨戦態勢は解除だ。
相手の魔力防御は全く大したことが無いので、奥義なんて打ち込めば一瞬で消滅させてしまいそうな気がする。
「それよりも、色々とお話を聞かせてはくれませんか?」
確かに身体の具合を確かめるのも大事ではある――無論性的な意味ではない――が、それよりも今は情報だ。ここは本当に異世界なのか。異世界だとして、どういった世界なのか。それに、レインベルドの言う魔王が一体誰のことなのかなど、確認しなければならないことが山積みだ。
すっかり包帯ごと頭部の復活したラファンは、恭しく一礼してみせる。
『ええ、それはもちろん構いません。しかし、ここは戦うには良い場所ではありますが、立ち話をするのに適しているとは言い難い。我が城でささやかながら歓待させていただければと。まずは移動いたしましょう。ところで――――本当に、もうよろしいのですか?』
「ええ、本当に。完璧に、身体の調子は把握しました」
まだ使える初級魔法はそこそこあるし、天使の羽根だとかも試していないが……人型の的を相手にやる必要は感じられない。
俺は真剣にラファンを見つめながら首を縦に振り、両手をそっと向けてこれ以上近づくんじゃないと牽制する。
しかし、ラファンの居城と言うと、ゲームでは聖法国近郊にある雪山の頂だったろうか。広すぎるカタフィニア全土の地理を把握しているわけではないが、そう言えばこの辺の山々には見覚えがある。
割と高レベル向けのダンジョンもあったせいで足を運んでいたし、竜の巣でドラゴンを狩りまくっていたこともある。
ゲームの話だし、ラファンは出生が特殊な奴なので同族というわけでもないだろうが、ほんのりと罪悪感だ。
『ではどうぞ、我の背にお乗りください』
ラファンは目の前で巨龍へ変身すると地面に伏せ、長い尾をゆったりと振って見せた。
俺の足元へと、鳥よりコウモリに近い皮膜を張った翼を下ろすと、それを階段にして昇れと合図しているようだ。
「ありがとうございます。では、失礼します」
靴のままでいいのだろうか。
白銀の龍に乗って飛ぶと言うのは、ゲームでも中々ないシチュエーションだ。まあ、ゲーム内では騎乗のスキルを習得すればいつでも乗れたのだが、ここまで大型のものを使役するとなると専用のビルドが必要になる。
騎龍騎士だとか、魔獣使いだとか呼ばれる職業に就くのが手っ取り早いが、俺には縁の無い職種だった。
翼を傷つけないようにそっと踏みしめ背に跨ると、ひんやりとした細かな鱗の感触が太ももに当たる。
『お、おお……』
何だか妙に艶めいた思念波が聞こえるが、ここま黙ってスルーしてやろう。
俺も美女の踏み台になれれば同じ反応をしたかもしれない……。
それよりも、鞍も無いし相当な巨体なのでしがみつき辛い。振り落とされないか心配だ。
「大丈夫ですか? 落ちたりしないでしょうか」
『ご心配なく。――さ、行きますぞ』
翼がゆっくりと上下に羽ばたくと、魔力が波打ち放射されるのが見て取れる。
物理的に飛ぶのではなく魔法で飛んでいるようだ。
ふわりと巨体が宙に浮き、ぐんぐんと地面が離れていく。
冷たい風が心地よく、見渡す限り広がる雄大な山々が日光を反射して白く輝いていた。
綺麗だ。
安定した飛行に不安はすぐに消え、景色を楽しむ余裕ができる。
山の麓にはいくつか小さく街らしきものが見えた。
そして、人々の営みも。市場はそれなりに繁盛しているようだ。
あれが聖法国の首都だろうか。
しかし、本当に眼が良くなった。恐らく千キロメートルは離れているであろう遥か下の街並みが、かなりはっきりと知覚できる。
何だか、市場の喧騒や、屋台の匂いまで感じられそうだ。
山頂を見下ろせば、巨大な白亜の城。
ゲーム内で見たのとは少々形が違うようだが、あれがラファンの居城なのだろう。はっきり言って老朽化が進んでいそうな見た目だった。
不安だ……。
ブクマや評価ありがとうございます。読んでくださっている方がいるようで励みになります。