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第2話「ラファン①」

 どれくらい時間が経っただろうか。

 樹木の一本も生えていない、恐らく森林限界を超えているであろう標高の雪山に俺は座り込んでいた。


 傍にはさっきまで使っていた手鏡が置かれている。

 俺が見間違えるはずがない、正真正銘自分でモデリングをした自キャラがそこにはいた。


 圧縮式収納魔方陣(アイテムストレージ)はほとんど空になっていたが、普段愛用していた武具や一部消耗品、入れた覚えのない日用雑貨や食料品が多少入っていた。レインベルドの餞別だろう。


 握りしめくしゃくしゃになったメモ用紙を眺める。


【世界を見て回れ】


 それだけ書かれていた。


 きっと俺は今、物凄いアホな顔をしている気がする。口が開いたままだがどうでもいい。どうせここには誰も居ない。


 落ち着いて、状況を整理しよう。


――どうしてこうなった?


 恐らくレインベルドとかいう自称神によって、親切心で新天地を用意された。いや、あいつは確か……魔王を倒してくれと言っていたな。


――本当に異世界なのか?


 冴えた五感が、嫌な予感だけ良く当たる第六感が、これが現実なのだと脳みそに訴えてくる。


――なんで女になってる?


 分からん。全然分からんが、レインベルドがこのキャラの造形をかなり気に入ってくれていたのは確かだ。

 まさかとは思うが、俺がセレスというキャラを消して引退するのを惜しんだのだろうか。


 嘘だろ……?


 あいつは、本当に神様か何かだったとでも言うのか。


 ダメだ。

 考えていても仕方がない。ここには尋ねるべき張本人がいないのだから。

 重たい腰を上げる。


「よっこらせ……」


 おっさん臭い独り言が漏れるが、この状況を考えればどうでもいい。

 ゆっくりと立ち上がり、雪の感触をロングブーツ越しに感じる。


 妙な感動があった。


 ゲームより、いや、現実世界よりもずっと頭が――感覚が冴えている気がする。

 この身体のせいだろうか。仮にも天使の最上位種、ゲームでの性能がそのままだとしたらとんでもないバケモノだ。

 身体が軽く活力が満ちている気がするが、きっと気のせいではないのだろう。


 サクサクと、新雪に足跡を刻む。


――ああ、久しぶりだ。


 ステップを踏む。


 何だか楽しくなってくる。女体化には一言物申したいが、もうこの際状況を楽しむしかない。


「はは……」


 ザクザクザク。


 何かが上空を飛んでいるのには気づいていたが、ソレは大きく旋回して速度を落としながらゆったりと目の前に降りてきた。


 ヤケクソステップを止めてその巨体を見上げると、ゲームと同じ視覚情報が表示される。レベルの欄は見慣れない単語に置き換えられていたが。


――【始祖龍種(エンシェントドラゴン)不死種(アンデッド)】【推定脅威度(レベル)78】


――【色調:青】【害意無し(ノンアクティブ)


 ゲームで見たことのあるドラゴンだ。

 白い鱗を時折七色に煌めかせる巨体は四、五階建てのビルの前に立っているかのような威圧感がある。四つ足に大きな一対の翼を生やしていて、瞳孔は爬虫類らしく縦に長い。

 名前はラファン。ゲーム内では影の薄い設定だが、七天八聖とかいう十三ある大国の守護者の一人……一匹だったはず。

 ゲーム上の設定では不死種(アンデッド)と呼ばれる寿命による死が無いとされる、スケルトンやゾンビなどの研究を行っていた科学者で、龍化の特性を持つ人間種か……耳長種(エルフ)か何かの、亜人種だったと記憶している。

 アンデッドの研究をしていたら自分もアンデッドになってしまい、今度は自分を殺すことのできる存在を探しているというイロモノキャラだ。

 ゲーム内では俺と同じ秩序(フルト)陣営に所属していた友好的なNPCだったが、なぜここに?

 やっぱりここはゲームなのだろうか。それとも、NPCをモデルにした俺と同じ転生者か?


 ドラゴンは巨体に似合わない慎重な跳ねさばきで、どうやら雪を周囲にまき散らさないよう細心の注意を払いながら少し離れた比較的平らな雪原へと降り立った。

 そして躾けの行き届いた犬のように伏せをすると、龍化を解いたのか光の粒子を振りまきながら人型へ変身する。


 そこには、やはりゲームで何度も目にした覚えのある見知った姿が見えた。

 癖が強く波打った、肩まで届く白い長髪。

 見えているのか不安になる、白濁した虚ろな瞳。

 肌は死人のように青白く、痩せぎすな身体を包帯でぐるぐる巻きにするというイカれた格好をしている。


 立派な細身のホワイトドラゴンが、病人みたいな不審者に大変身だ。


 ラファンは片膝をついてじっと虚ろな瞳でこちらを見つめてくる。

 敵意がないことは間違いないようだが……。


『煌めく新雪の如くお美しい女神、秩序の神たるフルトと繁栄の神たるレインベルドの娘であらせられる女神セレス様。突然の来訪となる無礼、平にご容赦下さい。我が名はラファン。レインベルド様の夫が一人、七妻八夫(しちさいはっぷ)一柱(ひとはしら)でございます』


 おっと?


 口は動いていないのに、若く落ち着いた男の声が聞こえた。

 大気を振動させ、人の声を模して意思疎通を図っているようだ。

 それにしても歯が浮くような挨拶だ。


 どうやら、ゲームのプレイヤーではない……らしい。ロールプレイなら大したものだが、とりあえず話を合わせておこう。


 ツッコミどころも色々とあった――特に、七天八聖ではないのかとか問い詰めたくなる――が、俺も姿勢を正してお辞儀を返す。

 今重要なのは、俺がいつの間にかレインベルドの娘という設定になっていたことだ。しかも天使ではなく、女神らしい。急に振って沸いた両親と、その妻と夫の多さだとかは突っ込まないことにする。

 

「お初にお目にかかります。ラファン様」


 しかしまずい、固い挨拶なんてさっぱり分からない。そもそも、俺の言葉は通じているのか。いや、向こうの言っていることも理解できているんだ。きっと通じているはず。


「申し訳ありませんが――この世界の(・・・・・)礼儀作法に疎いもので、多少の無礼はあると思いますがどうかご容赦くださいませ」


 食らえ、美女の困り顔。

 ドラゴンの美的感覚に果たして効果があるのかは謎だが、美女が困った顔をすれば大抵の男は自分が悪いのではという気になるものだ。そして何かと融通を効かせてくれる。

 俺ならそうする。


『そのような……どうか、我のことはラファンと呼び捨てになさってください。我にそのような丁寧なお言葉は不要です。貴方様がこの地に舞い降りると、数百年ぶりに我が女神より天啓を頂き、こうして参上した次第であります』


「ではお言葉に甘えて、ラファンと。貴方のことは…………」


 レインベルドが『我が女神』?

 俺の知るレインベルドはどう見ても男に見えたが……そう言えば、身体を自由に変えられるとかいう設定もあったが……。

 レインベルドを父と呼ぶことに抵抗がある上に、母の可能性もでてきて混乱する。フルトは男神で、ルクスは女神……と言うことは、やはりレインベルドとフルトの娘という設定では……レインベルドが(ママ)になるのか……?

 女装した身長190センチのムキムキマッチョを想像して吐きそうになる。

 俺にはあいつを(ママ)と呼ぶことは無理だ……。

 ここは性別は置いといて、名前で呼んでおくことにする。


「ええと……レインベルドより、多少はお話を伺っています。それで、その天啓とは?」


『おお、そうでしたか!彼女が我の話を……てっきり、忘れられてしまったものと思っておりましたが……こほん。実は大神レインベルドより、出生間もない娘の面倒を見る様にとお告げがありまして。しかし、どうやらこの地に受肉して間もないだけということのようですな……』


「ええ、まあ……ある程度は、この世界の知識もある……はずです」


 確かに俺は現状生後1時間くらいだが……。

 このまま会話を続けても良いものか不安になってくる。


『なるほど……知識はおありと……では、お身体の方はいかがか……』


 ラファンは目を閉じ、何か思案しているようだ。


『先ほどの愛らしいダンスは、お身体の具合を確かめられていたのでは?』


 思考停止投げやりステップを見られていたらしい。

 頬に熱を感じるが、意識するともっと恥ずかしくなる。

 ここは自然に、冷静に……。


「ッスー…………ええ、まあ。そうです」


『それでは模擬戦闘などはいかがですかな?……我は構いませんので、どうぞ殺す気で!』


「んん?」


 急に雲行きが怪しくなったぞ?


『さあ、どうぞ遠慮なさらず。魔法でも、特殊技能(スキル)でも、存分に我が身に振るわれてください!殺す気で!』


 ラファンの白く濁った虚ろな瞳が、心なしか爛々(らんらん)と輝いているように見える。

 包帯ぐるぐる巻きの変質者は、気づくと立ち上がり両手を広げて迫ってきていた。


「いや、怖っ……」


『おお……どうぞご安心を。我からは何もいたしませんゆえ、危険などございません。さあ、さあ!』


 異世界の第一村人兼案内人がこんなド変態なんて、レインベルドの人選はどうなってるんだ。


 精神年齢三十歳児でもトラウマになるぞ。

ブクマしてくださった方、本当にありがとうございます。励みになります。

社畜ですので、更新内容が薄味なのは自覚しておりますが、夜に更新していけたら良いなと思っております。

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