3-5 サエラvsアラビアータ2
「まさか、またご来店いただけるとは思いませんでしたよ。十五勇者のサエラ様」
カウンターの奥から男の声。怒りがにじんだその声を聞いて、サエラの顔がさっと青ざめる。
男がカウンターにやって来てサエラを睨みつける。他の料理人よりも高いコック帽をかぶっている。この店のオーナーなのだろう。
「あれは私にとっても忘れられない体験でした……」
オーナーはしみじみと語り出した。っていうか、仕事しろよ。
「以前お越しいただいたとき、サエラ様はアラビアータ・レッドサンスペシャルをご注文されました。ところが、サエラ様は一口しか召し上がらず、そのうえあろうことか、そのまま2時間も眠っていたのです!」
「そりゃ、お前ぇが悪ぃわ、サエラ」
「うぅ~。ごめんなさ~い~。すっごく辛くて食べられなかったんです~」
「それは構いません。美味しいものをご提供できなかった、私の努力が足りなかっただけです。ですがそのまま寝るなんて、私の丹精込めて作り上げた料理に対する侮辱です!」
接客も忘れて怒りをぶちまけるオーナー。
「サエラ=隙あらば寝る」の図式が定着している俺にとっては、サエラがいつどこで寝ようがもう驚くことはねえ。
だが、知らないやつはそうはいかねえだろう。会話から察するに、オーナーは職人タイプの人物だ。我慢がいかねえのも無理はない。俺がオーナーの立場だったら、絶対同じことを言う。叩き起こさなかっただけ、俺よりも優しい。
「それではごゆっくり」
オーナーは言いたいことだけ言うとカウンターを離れた。店員はオーナーの発言をお詫びすると厨房へと消えていった。
「なぁ……どんな色が好きなんだ?」
「白……だよ……」
「…………あぁ、そうだよな。そうだよな。…………」
「…………」
「…………」
「それが……どうしたの……?」
「いやぁ……、聞いてみただけ……」
「…………そう、なんだ……」
オーナーが空気をぶち壊してからというものの、すっかり2人の空気は冷え切ってしまった。同じ職人としてオーナーの気持ちは分かるが、巻き込まれた俺はたまったもんじゃない。
さらに悪いことに、会話が続かない。俺はコミュ症だ。ゲームのことなら1日中しゃべり続けることができるが、それ以外だとそう上手くはいかない。サエラもおしゃべりなほうじゃないし、話が弾まない。
食事が残っている間は、食べるのに集中することで沈黙を紛らわすことができる。だが、パンもサラダも食べ終えてしまった。サエラもサラダを食べ終えている。俺たちの前には皿一枚すら残っていない。
気まずい沈黙が流れる。
俺はまた水を飲む。これでもう3杯目。
「お待たせ致しました。アラビアータ・レッドサンスペシャルとマルゲリータでございます」
店員がやって来て、俺の前にアラビアータを、サエラの前にピザを置いた。
キター! メシがあれば重苦しい沈黙を忘れることができる。さっさと食って、こんな店おさらばしてやる!
俺が頼んだアラビアータ・レッドサンスペシャルはトマトのスパゲティだった。普通のトマトスパゲティではなく、イカとエビと蟹がついている。蟹なんて甲羅ごと丸々1匹だ。さすがスペシャル。
にんにくと唐辛子のツーンとした暴力的な香り。鮮やかな赤もうまそうだ。もう、鑑賞する時間すら惜しい!
フォークをスパゲティに突き刺し巻き取る。たくさん巻いてしまったが、構わねえ。口を大きく開け、そのままフォークを放り込む。
うおぅ!!
めちゃくちゃ辛えええええ!!
でも、
めちゃくちゃうめえええええ!!
この店の名物だっていわれるのもすげー分かる。辛いけど、病みつきになる味。さすがは本物の職人がつくっただけある。看板に偽りなしだ!
気がつけば俺はアラビアータ・レッドサンスペシャルを完食していた。
また、絶対来よう。
いかんいかん。俺1人で盛り上がっちゃったよ。これはデート。2人の思い出を共有しねーとな。
アラビアータがこれだけうまかったんだ。ピザもきっとうま――。
「zzz……」
ピザを刺したフォークを握りながら、サエラは異世界へと転生しかかっていた。
サエラが食事中で寝ることは時々ある。食事があまり好みでなかった時、体調が悪い時、疲れている時、難しい話を聞いている時、色々だ。
原因はどうでもいい。早く起こさねえと。サエラを揺すって起こす。
「う~ん、なんかリラックスしてた……」
寝起きなので意味不明のことを口走るサエラ。
「当店は、ぐっすりお休みになれるくらいくつろげますか。それはよかった」
気がつくと、カウンター越しにオーナーが俺たちを睨みつけていた。口元はぴくぴくと引きつっており、額にはいくつもの青筋が入っている。
ヤバい、暴発寸前だ。このままじゃ俺たちに雷が落ちる。サエラとの初デートは完全に失敗だ。
この状況を何とかするには……やっぱり、ズタズタに傷ついた職人のプライドを回復させるしかない。アラビアータをうまいとサエラに言わせるしかねえ。
だが問題は、サエラは辛い物が苦手ということだ。
今思えば、コプアさんが何かを言おうとしたのも、そのことだろう。なんとかアラビアータの辛さを抑えることができれば……。
そうだ!
「こいつがピザ食いながら寝たことは謝る。でも、メイン料理がくるまで、もうちょっと、くつろがせてくれよ」
俺の言葉にサエラもオーナーも驚いた顔になる。
「メイン料理? デザートのことですか……?」
「おいおい、自分の看板メニューも忘れちまったのかよ。それじゃあ、職人とはいえねーぜ。アラビアータ・レッドサンスペシャル、1人前追加だ!」
次回は3月17日の12時頃に更新の予定です。
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