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3-3 サエラと初デート

 服屋から出た後、コプアさんが話しかけてきた。


「次はいよいよデートの内容を決めないといけないね。レイ君が行こうと考えている場所ってある?」


「んなこと言われても……。よしっ! 狩りにでも行くか!」


「ちょっとそれは……」


 俺の案を聞いてコプアさんが苦笑する。


「レイ君はそれでもいいと思うけど……女の子がデートに狩りに行っても喜ばないと思う」


「まぁ……サエラは戦い自体が好きじゃねえしなぁ……」


「うん。あの娘は冒険者、ううん、普通の一般人よりもおっとりしてるからね」



 JAOは一応、中世ヨーロッパ風世界観のゲームだ――、本当に一応だが。デートの定番スポットである遊園地や映画館などはさすがに無い。

 デートの場所と言われても、正直困る。


「適当でいい。サエラに任す」


「ダメ。そんなの」


 コプアさんは軽く俺を指差し、口を尖らせた。


「女の子は、主体性のある男の子を好きになるんだからね」


「う……。じゃあ、どうすればいいのか教えてくれ……下さい」


 女の子と付き合うどころか、ギャルゲすらやったことがない。そんな俺ではどうすることもできない。ここは教えてもらうしかねえ。


 頭を下げた俺を見て、コプアさんは口に手を当てて驚いた。


「レイ君が頭を下げた!」


「俺だって、人に教えてもらうときくらい礼儀は守るよ」


「よ~し。その意気だよ! 私が手ほどきして、レイ君を恋のトップ冒険者にしてみせるから!」


 道の真ん中で、はしゃぎまくりのコプアさん。恋バナになると、この人はとたんに残念になる。いや、違うか。女子ってのはそういう生き物だ。

 っていうか、恋のトップ冒険者ってなんだよ。今からトマトでも狩りに行くのかよ。



 コプアさんから、基本的なデートの心構えをレクチャーしてもらった。

 初デートで女性が期待することは2つ。会話が途切れないことと、2人の時間を共有することだそうだ。盛り下がるのは論外として、1人で盛り上がってもダメとのこと。

 デートはお互いの仲をもっと深め合うことを目的にするものだと、教えてもらった。



「じゃあ、あの娘の興味から考えて、どういう所に行く?」


 コプアさんに促されて考えてみる。


 サエラが一番好きなことは、寝ることだ。ということは、天然なあいつのことだから、「一緒にお昼寝しよう~」とか言ってきてもおかしくは――


「――って、ダメに決まってんだろー!」


 一緒に寝るなんて、絶対ダメだ! ダメ、ダメ、ダメ、絶対ダメッ!! そんなことは俺が許さねえ!


「……どうしたの」


 コプアさんからの冷たい視線。


「何でもねえ! ちょっと集中させてくれ」


 恥ずかしさを怒鳴ってごまかし、もう一度考えを整理する。



 他にはかわいいものが好きだ。俺はそんなものに興味はねえ。おすすめスポットなんて知らねえし、サエラの話についていけると思えない。


 後は、メシだ。あいつは食うことが好きだ。俺はそんなにメシが好きってわけじゃねーけど、他の候補よりはましだ。


「メシを食いに行くってのはどうだ?」


「いいんじゃないかな。カップルで食事っていうのは定番だよ。フォーリーブズにもよく来るし」


 コプアさんに今日初めて褒められた。それだけでも嬉しい。


「ご飯を食べている間も楽しく会話をすること。あの娘の好みを否定しちゃダメだよ。ただの食事じゃなくて、レイ君の良いところをアピールする場でもあるんだから」


 メシを食うだけなのに、そこまで頭をフル回転させなきゃいけねーのかよ。戦闘中は頭をフル回転させろとメマリーに言い聞かせてきたが、すげえ大変なことだったんだな。自分が教えられる身になって初めて分かるつらさ。


「それと、座る席は必ずカウンター席に座ってね」


「はぁ!? そんなもん、どっちだっていいだろ」


「2人の心の距離を縮めるのは、物理的に距離が近いカウンター席が一番なの」


 はぁ……。俺たちは普段からカウンター席にもテーブル席にも座るけど、それで心の距離とかいうやつが変わった記憶なんてないぞ。プレーヤー間の距離が大事って、JAOじゃあるまいし。あ、でも、この世界まんまJAOだった。



「あとはどこに行くかだな……」


 サエラは洋食が好きだ。だが、この異世界に来てからメシはほとんど冒険者の酒場かフォーリーブズで食べている。おすすめの店なんて知らない。


「スパゲティやオムライスとかで、おすすめの店は知らねーか?」


 俺の質問にコプアさんが胸を張って即答する。


「もちろん知ってます。シルバーアベニューにある『レッドサン』っていうお店なんて、おすすめ。パスタ、美味しいよ~」


 コプアさんにレッドサンについて教えてもらった。どうやら「アラビアータ」というスパゲティが評判らしい。この店独自の味つけになっているとのこと。



「あ、でも、アラビアータは……」


 コプアさんが何かを言おうとした時、


「レイ君~。コプアさ~ん」


 後ろから聞き覚えのある声が突然聞こえてきた。俺たちは、恐る恐る後ろを振り返る。


 にこにこと笑って手を振りながら、サエラがこちらに駆け寄ってきた。服装はいつもの白いワンピース。


「コプアさんとデート?」


「ヒトチガイデス。サラバ!」


 コプアさんは変な口調でそれだけを言うと、ダッシュで逃げ出した。

 あ、バカ、逃げたら余計に怪しまれるじゃねーか。


「コプアさんとデートかぁ~。レイ君いいなぁ~」


 いつもと変わらない様子でほえっとしているサエラ。怒っているという感じは全くしない。

 とはいえ、これからデートだというのに、他の女とデートをしていたと思われるのは最悪だ。真相を言うことができれば楽なのだが、デートの心構えをレクチャーしてもらったと言うのも情けない。何とかごまかさねーと。


「で、デートじゃねーよ。あれはコプアさんの……ほら、姉だ。ええと…………フォーリーブズの道が分かんなかったから街を案内していたところだ」


 苦しすぎる言い訳。俺の話が本当だとしても、何でサエラから逃げたのか、何で俺が案内しているのか、全然説明になってねーし。


「そっか~。だから、今日は臨時休業だったんだね」


 そんな苦しすぎる言い訳でも、なぜかサエラは納得していた。サエラがありえないレベルの鈍感で助かったー。



「えっとね……」


 サエラが言いにくそうに、もじもじし始める。


「……」


「……」


 沈黙が訪れる。人が行きかう雑踏の中、俺とサエラ2人だけの空間だけが切り取られているように感じた。

 コプアさんのことはなんとかごまかせたが、一難去って、また一難。ここからは俺が1人で戦わなければならねえ。俺も男だ。格好悪ぃとこ、見せられっかよ。

 自分を奮い立たせて言葉を絞り出す。


「……とっておきのうまい、スパゲティ――イタリアンの店があるんだ。一緒に食いに行こうぜ」


「うん。いいよ~」


 サエラは笑顔でOKしてくれた。

 その笑顔を見たとき、どっと肩の荷が下りた気がした。サエラをメシに誘うなんて、しょっちゅうやっていることだ。デートってだけで、こんなに神経を使うのかよ。

 だが、これはまだスタートでしかねえ。ボス攻略に例えれば、ボス部屋にたどりついたところだ。気を引き締めろ。



「えっとね……レイ君、さっき言えなかったことなんだけどね……」


 来た! いきなりかよ。デートもボス戦も、気が休まる暇がねえ。


「レイ君って、いつもの以外の服も持ってたんだね」


 予想の斜め上の内容に思わずずっこける。


「いつもの服じゃないから、すぐにレイ君って分かんなかった」


 サエラはデートだからといって、全然服にはこだわっていないようだ。いつもの白いワンピースを着ているし。これじゃあ、コプアさんと服を選んだ意味ねえじゃねーか。


「でも、その服もすっごく似合ってる~。イメージ変わっちゃうなぁ~」


 予想外の言葉。目を細め、キラキラした声で俺を褒めるサエラ。全身の血液が顔に集まってくるのを感じる。


「ふ、服くらいで大騒ぎしてんじゃねーよ! 大切なのは中身だ、中身! 中身を見やがれ!」


「うん。レイ君の中身が1番好きだよ~」


「中身が1番好きって。人を鯛焼きのあんこみたいに言うんじゃねえ!」


 恥ずかしさのあまり、サエラの顔も見ずに大股で歩き出した。



 何気ないやりとりも、今日は何だか甘酸っぱい。

次回は3月15日の12時頃に更新の予定です。




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