3-1 PTコースの検討
「これで〆になるんだね」
「ああ、そうだ」
「助かったー。レイ君のお陰で、赤字か黒字か、はっきりした金額で分かるようになったよ。さすがレイ君、数字に強いんだから」
コプアさんがにっこりと微笑みかける。
「うるせぇ。これくらい初歩の初歩だ。大したことはねえ」
今、俺はコプアさんに簿記を教えていたところだ。
簿記というのは、お金や物の出入りの記録方法だ。簿記を用いて取引を記録すれば、資産と損益を正しく記録できる。
俺は商業高校のビジネスコース出身だったので、簿記を学習していた。学校も底辺校で、成績もあまり良くなかったから、それほど得意というわけじゃない。それでも、伝票を切ったり、簡単な帳簿をつけたりすることくらいはできる。
「大体550Kマネの黒字か。思ったより少ないなぁ。今月は頑張らないとね」
Kというのは1000のことだ。
「レイ君は――」
「はぁ~~~……」
コプアさんの言葉に合わせるように、俺は大きな溜息をついた。
「あ……ゴメン……」
「いや、気にすんな。移動工房のメンバーなのに、すやすや眠っている能天気よりはましだ……」
そう言って、前の席で眠っているサエラを指差す。サエラは俺が帳簿をつけ始めて3分と経たないうちに眠ってしまった。陽はとっくに沈んでいる。サエラに起きろというほうが間違いなのかもしれないが。
「かわいい寝顔。何でも許せそう。そう思わない?」
幸せそうに眠るサエラの姿は、まるで童話の中のお姫様のようだ。少し心臓がトクンと鳴った。慌ててサエラから目をそらす。
「お、思わねーよ。寝てるだけで、おまんま食えっか」
「コプアさん~。お腹いっぱい~」
寝言をつぶやくサエラ。どうやら寝ているだけで、満腹になったらしい。羨ましいこった。
「ま、今月頑張るわ」
俺が肩をすくめると、コプアさんが真面目な顔になって話を切り出してきた。
「ねぇ、ソロコースだけじゃなくて、PTコース検討してみない?」
「今日の話をもう一度ってことか……」
コプアさんの言葉に思わず溜息が出る。
今日、俺と客との間にトラブルが発生した。
ビニーブにせよ、湧泉洞にせよ、アキにせよ、ソロ狩りを想定してレンタルサービスを行っている。
ところが、今日の客は湧泉洞を4人で行かせろと駄々をこねやがった。喧嘩寸前のところまでいったが、コプアさんが上手くとりなしてくれたおかげで、なんとか事なきを得たのだ。
今日のことを思い出したら、あぁ、胸くそ悪くなってきた。
でも、逃げていてはタイランを倒すことはおろか、黒字になることさえも夢のまた夢だ。なにより、逃げることなんて、ダセぇまね、俺らしくねえ。
もう一度、PTコースについて検討することにする。
「PTコースのメリットとデメリットを考えよっか」
「PTコースのデメリットは、客が来なかったら赤字が拡大することだ」
PTコースを設ければ、PTの人数分武器を作る必要が出てくる。武器製造費用は売上で回収するのだが、当然だが、客が来なかったら費用は回収できない。
「PTコースといっても、何人PTなのかはPTによりけりだ。2人PTなら2人PT用の狩場、3人PTなら3人PT用の狩場って具合に、2~6人PT全てに対応しなくちゃいけねえ。しかも、レベルも80代と90代の2種類要るしな」
JAOでは、1PTにつき1~6人まで組み込むことができる。
「そうね。全部に対応するとしたら、40本武器を作らないといけないよね」
苦い顔をしてコプアさんが感想を述べる。武器の数は(2+3+4+5+6)×2=40という計算だ。
「そんなに武器を作っても、全てのコースが利用されるとは限らねえ。人気が出ないコースだって、たくさん出てくるはずだ。となると、武器製造費用の大部分は回収できないことになる」
「PTコースのメリットは?」
「3つある。1つ目は依頼のない時間をなくせることだ」
「暇な時間はなるべく作りたくないよねー。カフェやってる私が言うのもなんだけど」
コプアさんも夕方以降は暇そうだもんな。
「2つ目。人数が増えるということは売上が大きくなる。つまり、利益が大きくなるってことだ」
現在、俺はソロコースしか提供していない。ということは、俺1人で1人の客からしか、お金を獲得できていないことになる。
PTコースを始めれば、俺1人で5、6人を相手にすることもできるようになる。単純計算すれば利益は最大6倍だ。
「3つ目。PT狩りはソロ狩りよりも負担が大きくなる。だから、サエラのオプションを頼んでくれるかもしれない」
レンタルサービスのオプションとして、サエラによる護衛兼支援を受けられるサービスを用意している。
オプションの値段は1時間半で500K。80代の狩場の料金が800K、90代が1200Kということを考えても、オプション前提の狩りが増えるのは売上的にも悪くはない。
「こんなにメリットが多かったら、今日の話も大人しく聞いておけばよかったのに」
「いや、それはダメだ」
「どうして? 頭下げたくないとか?」
「そういうことじゃねえよ。今日の冒険者は湧泉洞のソロコースを4人まとめてやってほしいって話だったんだ」
「うん。そういう話だったね」
「その冒険者たちは全員90~93レベル。湧泉洞のソロコースも90代が対象だ」
「じゃあ、問題ないんじゃ」
「問題ありまくり。そもそも湧泉洞は80代の冒険者がPTを組んで行くのが、この世界の常識だ。でも、それじゃあ意味ないだろ?」
「PT組んじゃいけないの?」
コプアさんは不思議そうな顔をしている。
コプアさんは素人だから仕方ないのだが、今日の客の何がダメなのか全然理解できていない。
そこで、そもそも俺たちが何を目指しているのかについて説明することにした。
「コプアさんも聞いてるとは思うけど、タイランは粗悪品を配って冒険者たちの活動に蓋をしている」
石やガチャが無いとはいえ、ゲームの頃のJAOはたくさんのプレーヤーが自由に色々なマップを冒険し遊んでいた。
ところが、タイランは武器製造業を独占し、粗悪品しか作っていない。質の悪い武器が蔓延し、この世界の冒険者はほとんどのマップをクリアできなくなってしまった。そうなると弱い狩場に行くしかない。弱い狩場しか行けないので稼ぎは少なくなる。結果、強くなれなくなる。
こうした負のスパイラルを繰り返し、この世界は澱んでしまった。事実、メマリーを嗤ったやつらの目は、皆濁っていた。
「その現状を、俺は変えてぇんだ、壊してぇんだ」
「うん」
コプアさんは短くうなずいた。彼女は冒険者じゃないけれど、俺の考えを分かってくれる。本気で相談に乗ってくれる。頼もしい味方だ。
「タイランが造り上げてきた蓋をぶち壊すには、良い武器は良いものだっていうことを、分からせなくちゃいけねえ。今までと同じことをやってちゃダメなんだ」
「そうだね」
「話を戻すか。湧泉洞ソロは今までできなかったことだ」
事実、湧泉洞ソロを頼んだやつらは大体、その成果に驚いている。
「でも、PTでならタイラン製の武器でも十分。今さらPTで湧泉洞に行ったところで、ちょっとレベル上がったかもぐらいにしか思ってくれねーよ」
「そうだね。ちょっとした変化って、なかなか気づいてくれないもんね」
「だからPTならPTにふさわしい、あっと言わせるような狩場で狩らなきゃダメなんだ」
「レイ君が狩場にこだわる気持ち。よく分かった。――でも、今日みたいな断り方はあんまり感心しないな」
「……気をつける」
喧嘩っ早いのは俺の悪い癖だ。直そうと思っても、なかなか難しい。
「あと、PTで湧泉洞は簡単だから、武器が弱くなっちまう。そうなると、売上を大きくしたり、サエラのオプションを頼んでもらったりするのが難しくなるっていう、打算的な理由もあるな」
「じゃあ、PTの狩場を考えないとね。私じゃ無理だから、サエラちゃんを――」
「あああああ~~~! そこなんだよおおお~~~!!」
根本的な問題にぶち当たり、俺のストレスが爆発した。
アラームでは起きないサエラも目を開ける。
「ど、どうしたの? 落ち着いて、レイ君」
突然取り乱した俺を見て、コプアさんが俺をなだめる。
「この世界の冒険者ってさぁ、レベルの高いマップに全然行こうとしねえんだよぉ!」
今日の冒険者だってそうだ。俺が湧泉洞の代わりのマップを勧めても、「そんなヤバいダンジョンで狩りできるか!」の一点張りだった。
パイクを持って突くだけの簡単なお仕事のアキ海中社殿砂浜(満潮)でさえも、「そんな難しいところに行けない」だの「俺は死にたくない」だのしか言わねえ。結局、今までで利用したのは例の3人組だけだ。
「正直、カキ養殖は人気コースになると、踏んでたのによぉ。9日間で6回しか利用がないって、そりゃあ、赤字になるのも無理ねーよ」
カキ養殖は性質上サエラのオプション必須だ。だから、大きな売上が立つので儲かる。
「こんなんじゃ、今月も赤字だよ! あ~~、もう、くそがぁ~~!!」
荒ぶる俺。そんな俺をよそに、いつものようにのほほんとした口調で、サエラが俺に話しかけてきた。
「明日、移動工房、お休みだよね?」
移動工房は毎週日曜日を休みにしている。この世界に休日という概念はないが、俺はあえて休業日を設けた。いくらゲームといえども、仕事にしてちゃ息が詰まる。ま、俺は休みの日に難しいダンジョン攻略やボス狩りをしているんだがな。
「あぁん。そんなもん、スケジュール帳見たら分かんだろ」
「明日、2人だけで遊びに行こ?」
うきうきとした笑みを浮かべ、弾むような声で誘うサエラ。
空気を読まねえ突然の誘いに、俺もコプアさんも、顔を赤くすることしかできなかった。
(注意)次回は3月13日の14時頃に更新の予定です。12時ではありません。
変則的な更新時間になってしまい申し訳ありません。
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