2-51 わたしを変えた4週間
「大丈夫かなぁ……」
歩きながら、メマリーが心配そうな顔で俺に話しかけてきた。
「今日がその日なんだよね?」
「ああ。もうすぐ、お前のレベルを酒場で発表する」
酒場のカスどもに喧嘩を吹っかけて、今日でちょうど4週間。いよいよ、この日が来た。ここまでの道のりは長かったような気もするし、短かったような気もする。
「怖いの?」
サエラがメマリーの顔を覗き込みながら尋ねる。酒場の底辺どもは、メマリーを散々罵倒してきたやつらだ。トラウマがあるのかもしれない。
「ううん。大丈夫だよ!」
メマリーは元気よく笑顔で答えた。いい顔だ。作り笑いという感じはしない。こいつも本当に強くなった。4週間前とは別人のように思われる。
「ただ……。4週間も前のことだから、みんな忘れてるかも。忘れてたら、恥ずかしいよぉ……」
「心配すんな、メマリー。とっておきのスペシャルゲストを招待している。そいつが証人をかって出てくれるさ」
「スペシャルゲスト?」
サエラが俺に質問する。
「まぁ……楽しみにしてな。やっぱ宣伝は派手にいかねえとなぁ」
酒場が見えてきた。後は結果を発表するだけだ。
酒場は人で埋め尽くされていた。俺たちが入ると、客は一斉に俺たちを見て騒ぎ立てる。メマリーの心配は無用だったようだ。
「ヒャッハー! 馬鹿が逃げずに現れたなぁ」
「どんだけ強くなれたか見ものだぜぇ。1レベル? それとも2レベルかぁ?」
「メマリーちゃん、まさか生きてたのか! あ、狩りしてないだけか。あっはっはぁ~」
むせ返るような罵声を浴びてメマリーの顔が曇る。メマリーは臆病だ。無理もない。
だが、メマリーの4週間はそんなに安いもんじゃねえ。
メマリーの目を見てエールを送る。
「言わせておけ」
底辺はまだ知らない。メマリーが変わったことを。
「うん。大丈夫」
メマリーはスカートの裾をぎゅっとつまみながら、はっきりと答えた。
今は耐えろ。耐えた分だけ、ひっくり返ったときの喜びはデカい。逆転の時はもうすぐやって来る。
「座るところが無いよぉ~」
そんな騒ぎを意に介することなく、サエラは酒場を見回して席を探していた。だが、座れそうな席は無い。なにせ立ち見の客もいるくらいだ。店も注意しろ。
「俺たちの席に座ったらどうだ」
顔に大きな傷のある盗賊風の男が、後ろの席を指差して言った。
こいつらは4週間前に会ったトップ冒険者だ。メマリーが目標をクリアできたのか、彼らも気になっていたということだろう。ちょうどいい。
男に案内され席に着いた。
「ありがとう~。席を替わってくれて」
サエラが3人のトップ冒険者に礼を言う。盗賊風の男の他は、イケメン、スキンヘッドのおっさん、4週間前と同じ面子だ。
スキンヘッドが声をかけてきた。
「いいよ、いいよ。それより大丈夫なの? 失敗したら、サエラちゃんまで笑いものにされちゃうよ」
「心配するな。こいつはもうギャグ担当だ」
「がーん」
「それよりも……お前たちのほうこそ大丈夫なのか?」
「何がだい?」
俺の質問にトップ冒険者たちは皆首をかしげる。
「金だよ。移動工房のレンタルサービスは高ぇぞ」
「んー、狩りができそうなら、工面してみようかな」
あくまで保留の態度を崩さないトップ冒険者。だが、見てろ。すぐ、お前らをお客様に昇格させてやるさ。
俺はいったん席を立ち、ある人物を探した。だが、店内のどこにもいなかった。
「遅ぇな。時間は12時って伝えたんだけど」
現在時間は12時8分。相手は遅刻だ。メッセージを送ろうとした時、酒場のドアが開いた。
「お待たせいたしました、レイ=サウスさん」
この場に似つかわしくない丁寧で紳士的な声。だが、底辺どもよりもずっと下衆な悪意を含んでいる。
「なんだ。小物か」
やって来たのは、タイラン商会のプラチナムストリート店の店長だった。
「私を小物ですと! 相変わらず失礼な人だ。いいですか、私には――」
店長は自分の名前を名乗り始めたが、それを聞いているやつは誰もいなかった。
「ずいぶん遅かったじゃねえか」
「仕事が長引きましてね。私はあなたと違って忙しいので」
「ビジネスマナーがなってねえぞ」
遅刻はしてはいけない。そんなこと、ビジネス基礎の教科書を見るまでもなく常識だ。
「スペシャルゲストって、この人なの、お兄ちゃん?」
「いや……。呼んだことは呼んだけどよぉ、こいつじゃ、スペシャルって器じゃねーな。ただのゲストだ」
「私だってスペシャルゲストです! なにせ私はプラチナムストリート1号店と、シルバーアベニュー3号店と5号店、それから――」
「タイランはどうしたんだよ?」
店長の他にタイランも招待したはずだ。
「タイラン様は、勝敗が分かりきっている戦いに興味はないと仰っておりました」
「はは。それもそうだな。なかなか賢いじゃねーか。見直したぞ」
タイランは下手くそのレベル上げなんか上手くいくわけがないと考えているのだろう。だが、現実は――。
「約束、忘れてませんよね。レイ=サウスさん」
「約束?」
店長の言葉にサエラが首をかしげる。あ……しまった、言うの忘れてた。
「俺がメマリーを82レベルに引き上げることができなかったら、サエラをタイラン商会のキャンペーンガールに任命する、だろ。ああ、いいぜ。のしをつけて送ってやるよ」
「そんなの知らないよ~。ひどい~」
サエラに宣伝は無理だ。メマリーの引き上げに失敗していたとしても、タイラン商会の妨害くらいにはなるだろう。どれくらい無理かというと、サエラの宣伝を聞いていたトップ冒険者たちが全員引きつった笑いを浮かべているくらいだ。
「ゴメン。言うの忘れてた。ケーキおごってやるから、許してくれ」
「やったぁ! いいよ!」
サエラは目を輝かせて喜んだ。まぁ、タイランじゃねーけど、結果は見えてるしな。
「ところで、メマリーさん――」
店長が澄ました声のまま、メマリーを見る。
「ちょっと小耳に挟んだのですが、あなたマザートマトで狩りをしていたそうですね。それもかなり苦戦をしていたと」
店長の口元が邪悪に開く。それを皮切りに、
「だぁっはっはっはぁ~。マザートマトって、タランバ・ハニカムと、ほとんど変わんねえ雑魚ダンジョンじゃね~か~」
「マザートマトに行ってどうすんだよ。さすがメマリー、ビビりすぎ」
「やっぱ、この賭け、成立しねーわ。メマリーじゃ無理に決まってらぁ」
底辺たちの罵倒が酒場にあふれ返る。そんな中、底辺の一人が言った。
「おいおい。下手すぎて、鍛冶屋に見捨てられちまったのかぁ~」
ずっとうつむいていたメマリーが、この言葉を聞いて顔色を変えた。
「お兄ちゃん、お姉ちゃんは見捨てたりなんかしないもん! 絶対!」
いつも意気地なしのメマリーが見せた、初めての反撃。目尻を吊り上げ、大人数の底辺を睨みつけている。普段と違うメマリーの様子に圧倒された底辺は、皆言葉を失った。
「いや~。さすがはタイラン商会様。お耳が早ぇこった。トマトの狩りは企業秘密だったんだが、ばれちゃあ仕方がねぇ。移動工房のレンタルサービスに入れるかどうかを、後日検討してやるよ」
俺の言葉を聞いて、再び底辺どもが嗤いころげた。
「トマトって、誰でも行けるんじゃねーの」
「そんな弱ぇ所、行っても自慢になんねーよ」
「タランバコースを作ってくれたら、利用してやるぜ~」
こうは言っているが、底辺はトマトよりレベルの低いマップでしか狩りをしない。そんな彼らが自分のことを棚に上げ、俺たちのことを嗤っている。なんとも滑稽な光景だ。
「さぁ、待たせたな。そろそろお披露目といこうか。メマリー、ステータス画面をプリントアウトしてくれ」
「分かったよ。お兄ちゃん」
メマリーはステータスウインドウの画像を撮り、プリントアウトする。JAOではコピー用紙というアイテムを持っていれば、いつでもどこでも好きな画像をプリントアウトできるのだ。
20枚くらいプリントアウトしたところで、ギャラリーに向かって言い放った。
「目ん玉ひんむいて、とくと見やがれ! これが、移動工房レンタルサービスの成果だ!」
ステータス画面がプリントされた紙を見て、底辺たちの顔色が変わった。
「つっっっえええええええええええええ!!!」
顎が外れるほど口を大きく開ける者。
「ひぃぃぃ! 馬鹿にして悪かったぁ~。雑魚の俺を許してくれぇ!」
驚きと恐怖のあまり椅子から転げ落ちる者。
「嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だぁぁぁ!!」
目の前の現実を頑なに信じようとせず、髪をかきむしる者。
酒場は大混乱になった。
「「「あのタランバ1の下手くそ、メマリーが83レベルだってぇ!」」」
目標のレベルは82だったが、結局83まで上げることができた。
目標を大幅に上回った要因は、カキ養殖の追い込みの調子がよかったこともあるが、なんといってもメマリーがボスを倒したおかげだ。メマリーが勇気を出して戦わなければ、こんな快挙は達成できなかっただろう。
「メマリーさん」
周囲の狂乱をよそに、スキンヘッドがメマリーに話しかける。
「何ですか?」
「君は……もしかして、危険な狩りをさせられたんじゃないかい?」
移動工房のレンタルサービスが安全でなければ、トップ冒険者は動かない。俺はメマリーにその評価を委ねることにした。
「危険なことはあったよ。怖いって思ったこともあったよ。恐ろしい武器を持ったMobと戦ったり、たくさんのMobに囲まれたり」
「やっぱり危険な狩りなんだね」
スキンヘッドは溜息をつくように話した。けれども、メマリーは首を横に振って、彼の言葉を否定する。
「そういう意味じゃないの。わたしがそんな目に遭う度に、レイさん、サエラさんが、アドバイスをくれたの。一生懸命励ましてくれたよ。だから、全然危険な狩りなんかじゃなかった。タランバよりもずっと安心して戦えた。この4週間、2人に支えられたから、わたし、今強くなって、ここにいるの。――ありがとう」
メマリーはお辞儀をして、俺たちを見て微笑んだ。心からの感謝の笑顔。
「それに、お兄ぃ……レイさんの武器はすごいんだもん。固いカキやヘイケガニでも一撃で倒せちゃうんだよ」
「ヘイケガニ……あんな恐ろしいMobをか!」
盗賊風の男が目を見開いて驚いた。
「それにビニーブのクエストボスだって、ソロで狩れちゃったんだから。レイさんの武器があったら、何でもできるんだもん!」
「ミツナリを……ソロでか!」
「ちょっと待ってくれよ、俺たち、3人がかりで倒せたんだぜ……」
メマリーの話に、盗賊風の男とイケメンが狼狽する。スキンヘッドは黙って腕組みをしている。
「だから、大丈夫! 危なかったのはわたしが弱かったから。元々強いトップ冒険者のみなさんなら、全然危なくなんかないよ。みんな、もっと強くなれるし、変われるんだもん!」
はじけるような笑顔で話すメマリーに、みんな見とれていた。彼女の笑顔から、人は何を感じ取ったのだろうか。
硬い表情を浮かべていたスキンヘッドの顔が柔らかくほころんだ。
「……がんばったね」
「はいっ!」
メマリーのツインテールが跳ねる。彼女の冒険はまだ始まったばかり。
少し和らいだ空気の中、脂汗を流しながら、震える声で店長が異議を唱えた。
「こ、この勝負は、インチキです! いくらなんでも、短期間で人間そんなに強くなれるはずがありません!」
「おっ、店長、それはあれか。俺が約束を破って、レンタルサービスのコースで行けないような、もっと高ランクの狩場で無茶なパワーレべリングでもしたって言いてぇのか」
「そういうことです」
意地の悪い顔をして肯定する店長。俺を不正野郎に仕立てる気満々の態度。
「確かに、あんたの言うことはもっともだ。ビニーブとアキでレべリングしたって証拠がねえもんな。なにせ俺は、タイラン製の粗悪品とは比べものにならないくらい、――強ぇ武器――を作ることができるもんな」
ドヤ顔で店長を見返す。
「そ、それはっ……」
「どうした? 言ってみろよ。レイ=サウスは、強い武器を作って、もっと上級の狩場でレべリングをさせた、不正野郎だって」
「ぐ……ぐぬぬぅ……」
店長が俺を不正野郎に仕立てるのなら、俺の武器を上げ、タイラン製の武器を下げることになってしまう。言葉に詰まるのも当然だ。
「お、覚えておけ! 世界一の武器屋は、貴様ではない! タイラン様なのだ!」
こってこての捨て台詞を残して、店長は逃げ出した。宣伝あざーっす。
トップ冒険者たちが顔を見合わせている。3人とも、負けてしまったというような顔をしている。でも、今までよりもずっと晴れやかな顔だ。
「さて……今度は僕たちが、がんばる番だ」
トップ冒険者たちが俺たちの方を向いて話し始めた。
「レイさん、サエラちゃん、そして、メマリーさん。話を聞かせてほしい」
「ん、何の話だぁ?」
「ふっ……決まってるじゃないですか。移動工房のレンタルサービス、僕たちも利用させてもらいますよ」
2章のストーリーはここで終了です。
次回は3月11日の12時頃に更新の予定です。
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