2-42 守られるだけの自分じゃいられない
今回(2-42)から2-50までは3人称メマリー視点で話が進みます。
昨日は【異世界転生/転移・ファンタジー】部門の日間ランキングに258位で乗ることができました!
それもこれも応援して下さる読者様のおかげです。
これからも拙作を応援よろしくお願いします。
「やぁっ!」
オチムシャゾンビの右脇腹目掛けて、メマリーはシャムシールを力いっぱい振るう。しかし、狙いが甘い。渾身の攻撃は虚しく空を切った。
「はぁっ……はぁっ……はあっっ……」
シャムシールを振るう度、Mobの攻撃をかわす度、メマリーの口から悲鳴に似た喘ぎ声が漏れる。思いっきり息を吸い込んでみても、首を絞められているかのように息苦しい。激しい拍動を繰り返す心臓は、疲労を血液に乗せて全身に送り続けていた。
この1時間絶え間なく動き続けていた腕も脚も、まるで自分の体ではないみたいに重く、痛い。それでもまだ、動いてもらわなければならない。メマリーは腕と腰に力を込め、シャムシールを振り上げた。
「っっっっっ!」
声にならないメマリーの叫び。叫びとともに加速した一撃は、オチムシャゾンビの首に命中。そのままオチムシャゾンビはワイヤーフレームに変化し粉々に砕け散った。
「メマリーちゃん……そろそろ休憩にしよ」
後ろで見ていたサエラが休憩を提案する。ビニーブ峡谷で狩りを始めて1時間以上が経過した。普通ならば頃合いだろう。
お腹も減った。もう疲れた。本当は今すぐにでも休みたい。
でも、もうそんなことは言えない。
「まだまだ元気だよー!」
メマリーは元気を雑巾のように絞り出し、ドロップした魔石も拾わずにさらに奥へと走っていった。
Mobを探してただひたすら走るメマリー。そのせいでレイたちとはぐれてしまったことに、メマリーは気がついていない。
(わたしが、わたしががんばらなくちゃ……!)
今までの狩りでは歩いていた。だがそれでは間に合わない。今は一体でも多くMobを狩りたい。1でも多く経験値が欲しい。
大きく呼吸をしながら、砂利道をメマリーは懸命に走る。
昨日の狩りの終了後。メマリーはレイとサエラが2人で話していたのを聞いてしまった。
――残りは後3日。今のペースだと目標の82レベルには届かないだろう。
厳しいが、いつも強気なレイ。優しく励ましてくれるサエラ。
2人がいたからメマリーはここまで強くなれた。2人の顔を見ると弱い自分でも強くなれそうな気がしてくる。
でも、その時の2人の顔は暗く沈んでいた。その様子を見たとき、メマリーは胸がぎゅっと締めつけられた。自分の恩人が悩んでいる。自分のせいで。
(このままじゃいけないよ。わたし、サエラちゃんとレイさんに迷惑かけたくない。もっと――、変わらなきゃ――)
2人の顔が頭によぎった瞬間、メマリーは大きくバランスを崩してこけた。
何かに足を巻きつかれた感触。体が動かせない。
すぐに腕や首の辺りまで白いつるが巻きついてきた。つる植物のMob、ヒカゲカズラだ。
ヒカゲカズラは「チェーンホールド」というスキルを使う。チェーンホールドをかけられると、一定時間拘束状態になり体を動かせなくなる。
ヒカゲカズラの絞める力は非常に弱く、絞められても痛みは感じない。服の上からではほとんど感触もない程だ。それでも、地肌がさらされている太腿や首には、ざらざらとした葉やつるが擦れ這い回っている感触がある。自分以外の何かに体をまさぐられる感覚。純朴なメマリーにとっては耐えがたいものだ。
ビニーブで狩りをして2週間。ヒカゲカズラに巻きつかれたことは何度もあったが、普段ならそれほど強く意識することはなかった。
ヒカゲカズラに巻きつかれると決まって、レイの叱咤激励が飛び、サエラの優しい声援がかけられる。二人の声がメマリーに安心感を与えてくれたのだ。
だが今は2人の声は聞こえない。聞こえるのは、もぞもぞ動くヒカゲカズラと服が擦れ合う音だけだ。
早く終わってほしい。メマリーは目に涙を浮かべながら祈っていた。
ガサ……ガサ……ガサ……。遠くからこっちにむかって足音が聞こえてくる。動けないメマリーには足音の主を確認することはできなかった。
きっとレイとサエラが自分を追って来たに違いない。それが分かっただけで、メマリーは目の前が明るくなるような気持ちになった。
グサッ!
突然、背中に強い痛みが走った。何が起こったかを把握する前に、さらに左肩に痛みが走る。
非力なヒカゲカズラの攻撃ではない。それ以外の何かに攻撃されているのだ。
残念ながら、レイとサエラが来たのではなかった。
ゴツッ!
メマリーの頭が何か棒状の武器で殴られた。痛みはあまり感じない。この攻撃では大してダメージを受けなかったのだろう。
そのことに気づいた時、メマリーは一つの事実に気がついた。
(そうだ。この2週間、わたし、ここで狩りできてるんだ。レイさんが作ってくれた武器があれば、わたしでも戦えるんだ!)
HPバーを確認。残りHPは半分をちょっと割っただけだった――十分戦える。
後は、拘束が解けるのを待つばかり。ヒカゲカズラの不快な感触のことなど、メマリーはもう忘れてしまっていた。
そして数秒後、つるが外れた。それと同時に武器が振られる風切り音。メマリーは慌てて横に転がって攻撃を回避。
砂利道を転がるのは痛い。かわいいお洋服も傷んでしまう。でも、そんなことは言ってられない。
少し走れば、つるの射程外まで逃げることができるかもしれない。
だが、メマリーは戦うことを選択する。いつまでも逃げてばかりではいかない。
メマリーが起き上がるとすぐに、ヒカゲカズラが長いつるをのばして攻撃してきた。
(つるの動きをギリギリまで見て――モーション避け!)
メマリーはつるの攻撃にタイミングを合わせ、跳んでかわす。
「アァァ――……」
メマリーの着地に合わせて、オチムシャゾンビが太刀を脚の付け根に叩きつけてきた。避けられない。
だけど、大丈夫。レイが作ったシャムシールは防御の魔石HSが2個も組み込まれている。オチムシャゾンビの攻撃程度では大してダメージを受けない。
パキィィィン!
メマリーに攻撃が当たった瞬間、オチムシャゾンビの太刀が消滅してしまった。太刀のDRAが0になってしまったのだ。このオチムシャゾンビはもはや攻撃手段を持っていない。倒したも同然だ。
『防御は最大の攻撃』、レイがよく言っている言葉の重要性をメマリーは改めて感じた。
すぐにアクティブスキルを発動。
「サーチングアイ!」
サーチングアイは隠れている(隠密状態という)ものを視認できるようになるスキルだ。
「居た!」
メマリーのすぐ隣に、透明人間のアイコンが頭上に出ているオチムシャゾンビが出現した。姿さえ見つけてしまえば、こちらのものだ。
オチムシャゾンビの攻撃を回避し、メマリーはヒカゲカズラのつるに再び注意を向けた。何とかしなければならないのは、ヒカゲカズラのつるだ。2度も捕まるわけにはいかない。
オチムシャゾンビを無視し、メマリーは走った。
ターゲットが移動したため、ヒカゲカズラは軌道を変更しようと、つるを振り上げる。つるが大きく宙を舞う。
「ここだよっ!」
ダッシュで詰め寄り、つるの先端を切り落とす。その鮮やかな一閃で、ヒカゲカズラはあっけなく砕け散った。
自分をのろのろ追っているオチムシャゾンビに向かって、メマリーは走った。そのまま、すれ違いざまの一撃をあびせようとする。
「ハァァ……――」
オチムシャゾンビは一息吐いてクローキングを発動。隠密状態だと視認できなくなるだけでなく、攻撃対象にならなくなるのだ。
しかし、そんなオチムシャゾンビの浅知恵は、サーチングアイを使用しているメマリーには通用しない。
ズバッ!
メマリーの攻撃は右腕に命中。攻撃を受けたオチムシャゾンビは苦悶の表情を浮かべながら右腕を押さえ逃走を図る。
後は、戦う手段をなくしたオチムシャゾンビと、戦う気力をなくしたオチムシャゾンビをあっさり倒したところで、この戦闘は終了。
「はぁ……はぁ……メマリーちゃんやっと発見~」
「な、こっちの道にいるって。俺の言った通りだったろ」
サエラとレイの声が聞こえてきた。メマリーが走り続けていたとはいえ、いくらなんでも合流するのが遅すぎる。途中の道が二手に分かれていたから、反対の道を探していたのだろう。
「はぁ……はぁ……」
「はぁ……はぁ……」
2人の息が上がっている。一生懸命探してくれたのだろうか。でも、もう守られるだけの自分じゃいられない。
「サエラちゃん、レイさん、あのね、聞いてぇ~」
「はぁ……はぁ……なぁに? メマリーちゃん」
「わたし、1人でも戦えたよ!」
メマリーは胸を張って言った。
トマトでもビニーブでも、常に2人が見守ってくれた。2人の存在がメマリーの力になっていたことは事実だし、感謝もしている。
でも、それだけでは課題は達成できないし、母親も救えない。
メマリー自身が強くならなければならないし、そうありたい。メマリーの大好きな人たちの為にも。
「おめでと~~。がんばったね~、メマリーちゃん~~。いい子いい子してあげる~」
メマリーにいいことがあると、サエラは自分のことのように喜んでくれるのだ。そういうところがサエラはかわいい。
「えへへ~」
「何を今更。当たり前じゃねーか。この2週間俺たちが、いつ手ぇ出したんだよ。言ってみろ」
相変わらずのレイの悪態。でも、それを聞くとなぜだか嬉しくなってしまう。
「えへへ~」
「意味分かんねぇ」
この日の狩りが終了した。いつも以上に頑張ってはみたが、劇的に効率が変わったわけではなかった。このままのペースだとやはり厳しいかもしれない。
その日の晩から、メマリーはある試みを開始することにした。
次回は3月2日の12時頃に更新の予定です。
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