2-25 強いプレイヤー
メマリーをカキ養殖に連れて行った翌日。大勢の冒険者が行きかうメテオジャム前で、俺とサエラはメマリーを待っていた。
この世界の冒険者はだいたい朝の8時から9時ぐらいから活動する。だから、移動工房の営業も9時スタートだ。本当は8時から始めたいところだが、8時ではサエラが起きそうにもない。
数分もしないうちに、ツインテールを躍らせてメマリーが走ってきた。
「ごめんなさ~い」
「いや、俺たちも今来たところだ」
「今日もいい天気だね~!」
メマリーは昨日からずっとハイテンションだ。俺たちの周りを楽しそうにぐるぐる回っている。
「これ! 昨日のお礼だよっ!」
メマリーが取引要請をとばしてきた。
「レベル上がった分だけ、レイさんとサエラちゃんに上げる~」
渡されたのは大量のアメだった。
「ん、待て。昨日はクエストも合わせて8レベル上がっただけだろ。404個もあるぞ」
404レベルも上がったらゲームバランス崩壊だ。ただでもJAOのバランスはおかしいのに。
「上がったレベルの数の合計だよ~。いっぱい食べて~」
昨日は46レベルからスタートして54レベルになった。47から54までの合計が404になる。
「バカ、節分の豆でもきついのに、アメ404個なんて食えるわけねーだろ」
1個だけアメを口に放り込んだ。駄菓子屋で売ってそうなメロン味。ま、たまにはこんなのも、悪くねえな。
「昨日はすっごく上がったよね!」
「当然だ。なんたってカキ養殖だからな」
昨日は経験値の平均時給が58Kを超えた。それを3時間強。合計175K近くになる。レベルは2レベル上がった。
タランバ・ハニカムでちまちま狩っていたメマリーには想像もできなかった数値だろう。
「カキよりうまい場所なんてそうねえよな、サエラ」
「私は柿より桃が好き……zzz……zzz……」
「そっちじゃねえ!」
「桃がおかきになっちゃった……。あれ~、メマリーちゃんおはよう~」
激しいつっこみで、サエラの意識がやっと覚醒する。
「こんな調子でビニーブ大丈夫かよ」
寝ぼけまなこのサエラを見て、俺は思わず溜息をついた。
アキ海中社殿は、養殖キャラにとっては見つけたカキを突くだけの簡単な狩場だ。
しかし、保護者にとってはそうではない。保護者は、ヘイケガニとイチキを素早く発見し殲滅するために、常に辺りを警戒しなければならない。サエラもさすがに寝なかった。
だが、ビニーブでは、基本的にメマリーが1人で相手することになっている。俺は研ぎ、サエラは支援をするだけでいい。かなりヒマだ。
「さ、さすがに大丈夫だよ~。仕事だし、寝たりなんかしないよ~」
「今も営業時間なんだけどな」
呆れる俺をよそに、メマリーがサエラに質問する。
「ねえねえ、今日はカキ養殖、行かないの?」
「うん。昨日も言ったけど、朝はカキが出現しないから、ビニーブっていう場所で狩りをするんだよ」
「あー、忘れてたよ~」
「じゃあ、さっきの寝てたことと、おあいこだね、メマリーちゃん」
「うん。おあいこ~」
「おあいこ~」
2人はなぜか楽しそうに手を取り合って「おあいこ~」を連呼している。
「どっちもダメに決まってるだろ……」
俺はメテオジャムに手をかざして、先に移動した。
メテオジャムでワーデンに移動して、そこから歩いて20分。ビニーブ峡谷に到着。
ビニーブ峡谷は切り立った険しい崖に挟まれた谷のフィールドマップだ。陽はあまり当たらず暗くなっている場所が多い。道は複数に枝分かれしているが、あまり複雑ではないので迷わない。
今いる場所はビニーブ峡谷の入口付近だ。周囲の様子はまだ、ほとんどワーデン山道と変わらない。典型的な山道の風景だ。
「ビニーブに着いたから、狩り開始だな」
そう言って、取引要請を飛ばしシャムシールをメマリーに渡す。シャムシールというのは刀剣の一種だ。
「昨日言った通り、火の魔石は持ってきたか」
ここのMobはローグシャドウ以外火属性攻撃に弱い。外付けすればより効率的に狩りをすることができる。
「うん、ちゃんと持ってきたよ」
メマリーは大きくうなずいた。気合十分だ。
「今日もがん――」
ブブブブブ――。
メマリーの話を遮る不快な羽音。早速Mobのお出ましだ。
「メマリーちゃん、Mobだよ!」
サエラがメマリーに注意を呼びかける。だが、突然の襲来にメマリーは「え? え!?」とうろたえるばかり。シャムシールを構えることも、各種ウインドウを開くこともせずに、未だ姿が見えない敵におびえている。
そんなメマリーをよそに、黒い旋風が左の林から俺たちの目の前を走り抜けた。蝿のMobドゥームズフライだ。
ドゥームの移動速度は非常に速い。そのうえ、サイズも小さい。テニスボールくらいの大きさだ。まともに目で追うことは困難だ。事実、メマリーはキョロキョロしているだけで、全く姿を捉えられていない。
ドゥームは俺に向かって飛びだしてきた。俺はロングソードを振って威嚇。
ドゥームは攻撃目標をサエラに変更。サエラは微動だにしない。ドゥームは空中で静止し、吻を伸ばす。サエラ、数歩のステップでこれを回避。ドゥームがまた吻を伸ばす。サエラ、今度はスウェーで回避。
ドゥームはサエラの側から離れ、俺たち3人の周りを猛スピードで飛び回る。さては、攪乱するつもりか。
だが、これはチャンスだ。メマリーは明らかに出遅れた。ドゥームが呑気に攪乱を仕掛けている間に、外付け魔石を填めて戦闘準備完了といこうか。
そう考えながらメマリーを見る。メマリーは青ざめた顔で、まだキョロキョロしていた。
「剣を構えろ!」
「えっ、でも、まだ外付け決まんない……」
「はぁ!?」
戦闘始まって20秒は経ってるだろ。何やってんだよ!
「とりあえず防御くらい填めろよ!」
「わ、わ、分かりましたぁ~」
情けないメマリーの返事。メマリーはたどたどしい手つきで装備ウインドウをタップして魔石を填めている。
「えいっ!」
メマリーは剣を振り下ろした。しかし、そこにはもはやドゥームの姿は無い
「バカ、ドゥームの攻撃タイミングに合わせろよ!」
「へ?」
メマリーが攻撃をスカしたところで、ドゥームはメマリーの背後から吻を突き刺した。
「ヘイスト!」
サエラの支援魔法がメマリーに命中。これでメマリーの移動速度が速くなった。
「え~い!」
しかし、メマリーの攻撃は虚しく宙を切る。全然違うところを攻撃しているようではヘイストの意味はない。そして、ドゥームはまた吻をメマリーに突き立てた。
結局、ドゥーム1匹を倒すのに、なんと4分もかかった。途中でオチムシャゾンビが現れたが、メマリーが2匹同時に相手することは不可能だと思ったので、不本意ながらも俺が倒した。
そういえば、底辺のやつらが言ってたな。ワーカーも当てられねえって……。
ワーカーというのは、タランバ・ハニカムなどにいる蜂のMobだ。正式名称はタランバ・ビー(ワーカー)という。ドゥーム同様動きは非常に速い。ただし、一回りデカいのでドゥームよりは当てやすいはず。
メマリーは肩で息をしながら、地面に座り込んでのびている。
そりゃあ、あんだけ動き回ったら疲れるだろうな。FPも5くらい上がってんじゃねーの。
サエラが苦笑いを浮かべながら俺を見る。メマリーに何か声をかけてほしいと訴えるような目つき。俺は小さく震えるように首を横に振って拒否。俺だって何て言えばいいか分かんねえよ!
メマリーが急に立ち上がる。
「よーし、この調子でどんどんいくよー!」
「どんどんいってねえよっ!」
能天気なメマリーに思わずつっこんだ。
「たかがドゥームに1匹相手に4分かかってちゃ、狩りにならねーよ。ここでの狩りはやめだ。帰るぞ」
帰れと俺に言われて、メマリーは捨てられた子犬のような顔になる。
「そんな……それじゃあ、レベルが上がらないよ……。Mobを倒さないと強くなれないのに……」
Mobを倒さないと強くなれない。
メマリーはクエストによるレベル上げを今は行っていない。Mobを倒さないことにはレベルが上がらないというメマリーの指摘は正しい。
でも、「レベルカンスト=強い」という考えは正しいんだろうか?
答えはノーだ。
確かに、レベルを上げればキャラクターは強くなる。
だが、JAOを遊ぶうえではレベルカンストは前提条件でしかない。レベルカンストをしたくらいじゃ、強いプレイヤーだと誰も認めてくれない。
そして何よりも、JAOはゲームである以上、プレイヤースキルというものが存在する。プレイヤースキルがないプレイヤーは、どこまでいっても、ただの下手くそであり、お荷物でしかない。
強いプレイヤーとは、装備やレベルといった数値面は当然のこととして、プレイヤースキルや精神力などを兼ね備えた者なのだ。
残念ながら、メマリーには全てが欠けている。
「メマリー」
「は、はい」
「お前、あのとき、変わりたいって叫んだ気持ちに嘘はねえよなぁ」
「うん」
「こことアキはしばらくおあずけだ」
踵を返し、元来た道を引き返す。
「レベルは強さじゃねえ。こことアキで狩りをしてちゃ、いつまでたっても、強くならねえ。変わらねえ」
「――!」
メマリーの絶望していた顔が、きりっと締まった。いい表情だ。
「付いてこい。――俺がお前を、本当に強い冒険者に生まれ変わらせてみせる」
次回は2月16日の12時頃に更新の予定です。
次回はデータ回です。
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