2-24 カキ養殖
かごいっぱいのウニを見て、板前は厳しい表情をほころばせた。
「これで、今日はウニを握れるな」
ファンタジー風RPGに板前とは全くもっておかしな取り合わせだ。だが、問題ない。なぜなら、JAOは『日本人の日本人による日本人のためのVRMMO』なのだから。
――――はぁ……。
「こんな若いお嬢ちゃんと兄さんが……群青の洞窟は大変だったろう」
「いやぁ……わたしは何も……」
板前のねぎらいにメマリーの目が泳ぐ。まぁ、そりゃあそうだろう。群青の洞窟には俺1人で行ったんだから。
「ま、俺は別の意味で大変だったけどな……」
群青の洞窟は推奨レベル49のダンジョンだから、攻略自体は簡単だ。
これまでの道のり、そして、これからの道のりを思いながら溜息をついた。
「ご苦労。これは報酬だ」
板前からクエスト報酬がメマリーに渡される。すると、ファンファーレが鳴った。メマリーが黄色に光って、メマリーの頭上に52の文字が表れる。
「もう52レベルだぁ~。すご~い、すご~い、すごいよぉ~」
メマリーはツインテールを揺らしながら、その場でくるくると小躍りする。
「『もう』じゃねーよ。『やっと』の間違いだろ……」
メマリー育成を初めて6日が経過。アキ海中社殿には52レベルにならないと入場できないので、そこまではクエストで上げるしかなかった。
向こうの世界では2日くらいぶっ続けでやれば、ゲームスタートから55レベルくらいまでは上げることができる。だから俺の予定では、20レベルから52レベルなんて、2日3日で終わると思ったんだが。
ここまで予定が遅れたのは、予想よりもクエストが見つからなかったからだ。
クエストはJAOの頃と違って、NPCに話しても必ず依頼が受けられるわけではない。クエストのNPCはクエストを依頼する装置でしかなかったが、この世界ではNPCだって生身の人間だ。クエストを依頼するかどうかはNPCの都合次第になっている。
しかも、クエストの内容についてまでは、さすがにあまり覚えていない。向こうの世界では、JAOにログインしたままインターネットに接続することができた。クエストなんて攻略Wikiを見ながら進めていた。
こりゃ、クエストによる経験値上げをプロデュースすることは、やっぱ無理そうだな。
1人で魔石集めをしているサエラに連絡して、アキの街で合流した。アキには、その名の通り、アキ海中社殿がある。
アキ海中社殿は本社、回廊、砂浜の3つのゾーンに分かれている。本社に用はない。回廊を10分ほど歩いて砂浜に降りる階段に到着。
目の前の光景を見てメマリーが驚きの声を上げる。
「見て見て~。海の中に鳥居があるよ~。あそこまで行きたいなぁ~」
海の中の鳥居というシチュエーションに興奮したのか、メマリーがはしゃいでいる。
アキ海中社殿は、時間帯によってその光景が変わる。6時~12時、18時~0時までは干潮で、0時~6時、12時~18時までは満潮だ。当然だが砂浜は、干潮の間は干上がっており、満潮の間は水に浸かっている。
現在時間は12:52。満潮だ。
「泳いで行けるの?」
「はぁ!? 水泳しながら狩りするつもりかよ。水は膝くらいまでしかねえ。泳げねえよ」
「そうなんだ……。残念……」
「大丈夫、鳥居までなら行けるよ。水は膝までしかないってことは、ゆっくりだけど移動はできるから」
「やったぁ~」
サエラに慰められて、メマリーは再び元気になった。
「そういえば、水に足がとられそうだけど、わたしでも戦えるのかな?」
メマリーは階段の上から不安そうに砂浜を眺めている。時刻は満潮。水位は高く、砂浜といっても海にしか見えない。
「大丈夫~。危なくなったらエアフロートしてあげるからね」
エアフロートというのは体を浮き上がらせる魔法だ。
「サエラ、甘やかすんじゃねえ。それは俺たち保護者用だ」
保護者とは、レベルの低いプレーヤーを守るプレーヤーのことだ。
「メマリーちゃん、大丈夫! 絶対できるって。私が保証するよー」
「ありがと~。サエラちゃんとレイさんがいれば大丈夫だねー」
話をしていると、前方に小さい岩のようなものを早速発見。
移動しにくい満潮の時間帯に狩りに行く理由。その答えがこいつ――アキオイスター、通称カキだ。
カキは経験値が非常に高い。SSMobの経験値は通常370程度なのだが、こいつは718もある。しかも湧きもそこそこいいので、他に狩りをする人が少なければ、数もこなせる。
だが問題は、カキは満潮の砂浜にしかいないことだ。満潮の時間帯は深夜か昼間だ。つまり、まともな学生や社会人は休日以外アキオイスター狩りができない。そのため、ニート専用マップと揶揄されていた。
けれども、ここは異世界。世知辛いルールに縛られる必要はねえ。お昼の時間ならたっぷり狩りができる。異世界万歳!
アキオイスターまでの距離を目測する。
「6mちょいってところか……。よし、メマリー、あいつを攻撃するぞ」
「よ~し、頑張るぞ~」
そう言って、メマリーは階段を下りようとする。
「まともな武器も持たずにどこ行く」
服を掴んでメマリーが行くのを制止する。
「そうだった!」
「いくら何でもそそっかしすぎんだろ……」
取引要請ウインドウをとばして、武器を渡した。メマリーは装備ウインドウを操作し、俺が渡した武器を装備。
「わ、わ、わ! 何この長い槍~!」
メマリーの手元に現れたのは棒高跳びの棒みたいに長い槍。
「これはパイクだ。一番長い武器だ」
パイクとは、長さが6.5mもする槍だ。遠くから攻撃を当てることができる。史実でも、パイク発明当時全盛を誇っていた騎兵を圧倒したり、火器が発明されてもなお使われ続けたりするなど、長さに物をいわせて大活躍していた。
「カキは移動しねえ。だから、遠くからそいつで突く」
カキはノンアクティブなので、こちらが攻撃を仕掛けない限り襲ってこない。そのうえ、動きもしない。
このことこそが、カキ狩りが「カキ養殖」といわれる理由だ。カキは無傷で倒すことができる。しかも、誰でも簡単に。カキを倒すのにプレイヤースキルは一切不要だ。パイクと、守ってくれる保護者さえいればいい。
「ここからだったら、届きそう。えいっ!」
メマリーの突きがカキに命中。カキは何もできずに一撃で消滅した。
「ちょっと移動は大変だけど、これなら普通に動いて攻撃を当てに行ったり、回避したりする必要がないから、楽でしょー」
サエラがメマリーに微笑んで語りかける。
「うん!」
初めてSSMobを倒せて、メマリーはとびきりの笑顔で答えた。
「ここは他にも、ヘイケガニとイチキが出る」
「ヘイケガニって、回廊で出てきたカニ?」
「そうだ。ヘイケガニの動きは遅いから、パイクが当たる位置なら倒せ。イチキには絶対に手を出すな」
「分かったよ」
「パイクのEFRANより中に入ってきたヘイケガニ、そしてイチキは俺たちが責任もって倒すから、安心してくれ」
EFRANとは有効攻撃範囲のことだ。パイクは穂先30cmしかEFRANがない。足の遅いヘイケガニでもわりとEFRANの中に入ってくる。
「よーし、頑張ってレベル上げるよー」
メマリーはくるっとその場で1回転すると、階段を下りて砂浜へと飛び出した。
「待ってよ~。メマリーちゃ~ん」
「こらっ、保護者より先に行ってどうすんだ!」
はやるメマリーを、サエラと俺は慌てて追いかけた。
次回は2月15日の12時頃に更新の予定です。
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