1-6 タイラン商会
(注意)胸糞展開がある話です。苦手な方は最後だけ読んでください。
店員に案内されて応接室に通される。そこで待っていると、1人の背の低い中年男性が部屋に入ってきた。黒髪のオールバックでポマードがべったり塗られていて、グレーのスーツを着ている。鍛冶屋というよりはサラリーマンという印象だ。
「これはこれは、いつもお世話になっております」
店長は腰をかがめて、ものすごい愛想笑いを浮かべている。俺のバイト先のコンビニのオーナーでも、本部社員にさえここまでへりくだることはなかったぞ。
「別に。この店は初めてだよ」
「これはこれは、何卒今後ともごひいきに」
店長はさらに口角を上げ目尻を下げてわざとらしく挨拶をする。そして、名刺を渡された。
「私プラチナムストリート1号店と、ゴールドアベニュー1号店と3号店、5号店、それから――」
長ったらしい自己紹介を始めたので無視して名刺を見る。どうやら20店以上の店長をしているらしい。
名刺に記された名前には見覚えがあった。鍛冶屋ランキング1位の名前だ。しかし、名前がものすごく長いので覚える気にはなれなかった。
「ソクラ店とハールウーデン店と――」
「でよー、店長、話があるんだけど」
「こっちの話はまだ終わってませんが……」
「失礼かもしれねーけど、俺は鍛冶屋だから、どうしてもあんたに一言言いてぇんだ」
「はあ……。なんでしょう?」
「あんたのところの武器でちゃんとした狩場に行けると、本当に思ってる?」
「ええ、もちろん。お客様に日頃よりご愛顧いただいておりますが故に、鍛冶屋ランキングは常に1位。タイラン商会での店長ごとの経常……」
「そんなこと聞いてねーよ。あんたの武器で適正レベルの狩場が行けるかどうか聞いてんだよ」
俺の質問を聞いても不快感を示すわけでもなく、笑顔を絶やさずに店長は答えた。
「それはもちろん。売れているということが何よりの証拠です」
「……じゃあ例えば、カタログの1ページ目にあったランクSのショートソードは、どのレベル帯の狩場に行くことを想定しているんだ? 明らかに汎用武器だったから、狩場名までは答えなくていい」
武器にはN・HN・R・HR・S・HS・SS・U・HUの9種類のランクがあって、右にいくにつれて高くなっている。当然ランクが高くなるほど強くなる。
運営会社の発表では、Sランクの武器の適正狩場は敵のレベルの平均が50台のマップだ。程度の差はもちろんあるが、それほど間違っていないとされている。
この店の武器は粗悪品だから15レベル程度落ちると考えられる。とすると、30台後半~40台前半の狩場が妥当だろう。
「個人の技量や魔石にもよりますが、そのショートソードだと、敵アベレージ20台を想定しております。狩場はタランバ平野、タランバ丘陵、タランバ・ハニカム。タランバならどこでも戦えます」
俺の想定よりさらに低い。店長の答えに唖然とする。
「つまり、適正レベルの狩場で戦えるということです。当然でしょう、なんたってランクSの武器……」
「んなわけあるかよ! ランクSだぞ! ランクSの武器のポテンシャルはそんなもんじゃねえ!」
俺は立ち上がって抗議をしたが、店長は座ったまますまし顔でこれをいなした。
「適正レベルの狩場で皆様に御満足していただいております」
店長の言うことは詭弁だ。粗悪品を作って低い狩場で狩りをさせる。そりゃ、その狩場が適正狩場になるさ。
怒りに任せてここを出て行きたかったが、まだ俺は何も話を伝えちゃいねえ。
一呼吸してソファーに座り、ゆっくりとした口調で話し始める。
「声を荒らげてすまねえ。ここからが本題だ」
「何でしょう?」
「ここの武器は本来のランクの性能よりも1.5ランクくらい落ちる。それじゃあ使うやつにとって損だろ。いい武器を持てばもっといい狩場で戦える。だったら、こんな中途半端な武器じゃなくて、もっといい武器を作ったほうがいいだろ」
「どうして、そんな提案を……?」
店長は目を丸くして俺を見ている。
「上手くは言えねんだけど……。『いい武器を作れば、客が喜ぶ』──それこそが鍛冶屋冥利ってやつじゃねえの」
きっと店長はこのことを忘れている。
お節介かもしれないけど、それを忘れた店長はなんだか哀しい、と俺は思った。
「お互いにいい武器を作って、これから切磋琢磨していこうぜ」
俺はそう言って、右手を差し出した。
確かに店長はタイラン商会の人間、つまり敵だ。タイランは憎くて仕方ないが店長はそうじゃない。
昨日の敵は今日の友。ゲームで対戦して仲良くなるということは珍しくない。仲良くなったほうが、対戦の都合もつけやすいし、手の内も分かっているので熱いバトルになる。
だが、店長は俺の握手に応じることはなかった。
「今度は私のほうから質問です。いい武器を作った場合の利益率は何%くらいを想定しているのでしょうか?」
「はぁ、利益率だぁ!? 何でゲームで、んなこと考えなくちゃいけねーんだよ」
俺は商業高校に通っていたから、簿記の授業を受けていた。その時に聞いた言葉だ。
「おやまあ~、利益率も考えずに商売をするなんて。利益計算は商売のイロハですよ、イロハ」
店長の顔が愛想のいい笑顔から、相手を見下した顔に豹変する。取り繕った上辺に隠された卑しい本性が丸見えだ。
くそっ、甘かった……。武器を見た時点で分かっていたはずだ。誇りよりも金が大事なやつが、作ったってことくらいは。
「あなたは言いましたよね、『いい武器を作れば、客が喜ぶ』──それこそが鍛冶屋冥利だと。鍛冶屋ランキング1位のこの私が特別に教えてあげましょう。それは間違いです。そんなものはただの自己満足。大事なことは利益を上げること、その一点だけ!」
ゲームにだって、変なやつ、ムカつくやつ、悪いやつ、そんなやつらは腐るほどいた。
でもそれ以上にゲームには、ちゃんとしたやつ、一緒に遊ぶと楽しいやつ、ゲームが心から好きなやつがいた。そんなやつらがいたからこそ、俺はゲームを心から楽しむことができた。
この世界でも、納得のいく勝負ができる。ゲームのような心震える戦いができる。
そう信じていたから、俺は店長に声をかけたんだ。
けれど、俺の願いは叶わなかった……。
得意げにくだらない話をひけらかす店長に対して、俺は拳を力いっぱい握り締め、ただうつむくしかなかった。
「あなたのようなぬるい考えの持ち主が、1Tを貯めるなんて到底不可能ですよ。いやそれどころか、武器屋ランキングに名を連ねることさえも絶対無理だと思いますね、レイ=サウス君」
店長はにやにやしながら俺の顔を見ている。俺は見世物小屋の珍獣じゃねえんだぞ。
「て、てめえ……俺のこと知ってたのかよ……」
こいつもタイランと同じく、ほんといい趣味してやがる。
「さっき、臨時の番頭会議でタイラン様からお聞きしたのですよ。レイ=サウスとかいう世間知らずの鍛冶屋志望の馬鹿が、鍛冶屋に弟子入りさせてくれと言って泣きついてきても、絶対に雇わないように、とね」
「ふざけんな! 誰がてめえらなんかに泣きつくかぁ!」
想定外の侮辱に顔を上げ、店長の目をキッと睨む。
「てめえらみたいなクソみてえな武器を作ってるやつらに、俺の武器が負けるわけねえだろ!」
「はあ……。君は本当に世間知らずなのですね。まさかタイラン様の偉業を知らない者がいるとは……」
店長は溜息をつきながら肩をすくめる。
「あぁ!? 偉業だぁ!? どうせクソみてえなことしかしてねえんだろ!」
「タイラン様が武器商人を始める前は、Sランクのようなレアリティの高い武器は入手困難、製造困難でした。そのため非常に高価で、持っている者はほとんどおりませんでした」
ま、まじかよ……。ゲームとはだいぶ違うんだな。
ゲームでは課金ガチャがあるから、S武器なんて腐るほど出てたんだけどな。初心者じゃない限り、店売りするのが普通だったくらいに価値がなかったぞ。
だが、この世界には課金ガチャがない。一応ゲーム内チケットでできる無料ガチャもあるけど、S武器の出る確率は0.01%もないと言われていたはず。あんなまずいもの、無課金勢でもやらねえだろうな。
「そんな苦しい状況を救ってくださったのがタイラン様。タイラン様は『誰でもSランクの武器を持とう』をスローガンに、ランクS以上の武器の普及に努められたのです」
「ちっ、粗悪品のくせによく言うよ」
「従来の4~5分の1程度の価格になったうえ、安定して武器が供給されるようになったので、大半の冒険者がSランクの武器を持てるようになりました。その結果冒険者の活動フィールドがより広がったのです。人々は口々にタイラン様の偉業をこう語ります。『タイラン様が起こされたことは冒険者にとっての革命だ』と」
俺の悪態を無視し、店長は得意げに語る。仮にタイランが人々から感謝されていたとしても、てめえがやったことじゃねえだろ。
「だったら、タイランよりもいい武器を作って、さらに革命を起こしてやるよ!」
タイランがS武器(粗悪品)を普及させて冒険者の活動フィールドを広げたのなら、俺がそれ以上の武器を作れば、さらに世界は変わるはずだ。
単純な話だ、やってやろうじゃねえか!
俺の宣言を聞いて、店長は手を口で隠しクックックと笑った。
「あぁ!? 何がおかしい!?」
「君、タイラン商会は世界一の武器屋ギルドですよ。それを分かってますか?」
「世界で一番クズなギルドだろ。んなこと、もうお腹いっぱいってくらい分かったよ」
「タイラン様はね、店頭に並んでいるものなんて比べ物にならないほどの超高性能の武器を製造できるのです」
「当たり前だろ、そんなこと! 何でそれを店で売らねーんだよ!」
武器製造はスキルだ。材料さえいい物を使っていれば、いい武器は簡単に作ることができる。タイランは材料をケチっているだけだ。
「高性能な武器は選ばれし者が使うべき。そのため、タイラン様御自身がお作りになられた武器は全て王国に卸しているのです」
『王国』というのは、JAOの舞台となる『フェクレバン王国』だろう。JAOのほぼ全てのマップがフェクレバン王国の領地内にある。
王国のNPCといえば、敵の襲来におろおろしている頼りない王様に、レアアイテムを集めることしか頭にない王子、後はこれといって特徴のないキャラクターだけだ。はっきり言って、彼らが選ばれし者だとはとてもじゃないが思えない。
「それがどうしたって言うんだよ」
「まあ、落ち着いて話を聞きなさい。王国にのみ高性能な武器を提供する代わりに、タイラン様は王国から数々の特権を賜ったのです。──その1つが鍛冶屋工房の独占使用です」
当たり前の話だが、JAOでは工房が無ければ武器製造はできない。工房をタイラン商会に独占されたら──。
「工房の独占使用だぁ!? んなこと、できるわけねえ!」
そう吠える俺の顔には油汗が流れていた。
「くっくっくっく……。それは自分で確かめてみたらどうですかねぇ~」
意地悪く笑いながら、店長は空中を指でタップする。
「時間はちょうど19時、閉店時間でございます、お客様」
どうやら時計のアプリを呼び出していたらしい。
再び店長は作り物の愛想笑いを浮かべる。
「本日の営業時間は終了しておりますが、特別に重要なことをお教えいたしましょう。タイラン商会に所属していなければ、まともに武器を作ることさえかないません。このことをよく噛みしめて、本日はお帰りくださいませ」
店長はそう言って立ち上がり、腰を深く折り曲げ丁寧に礼をした。
俺は苦虫を噛み潰した顔のまま一目散に走り出して、この店から出て行った。
暗く薄汚れたスラムの裏通りを、息を切らして全力で走る。店を出てから、かれこれ40分近く走り続けていた。疲労が溜まっているのか、脚はゲームと違って重たく感じられる。
なんとか一軒の武器屋の前に到着。休む間もなく、すぐに看板を確認する。だが、ここの店もタイラン商会の看板が掛かっていた。
くそっ、この店もダメだったか……。
そろそろ脚が限界だ。倒れこむようにどかっと地べたに腰を下ろす。
店を出てから、レスターンの街中を走り回っていた。タイラン商会でない武器屋を探すためだ。だが、全ての武器屋はタイラン商会のものだった。
つまり、レスターンには俺が武器製造できる工房はないということだ。
レスターン以外の街や村を探し回るという手もあるが、タイランや店長のあの口ぶりじゃあ、世界中どこを回ってもタイラン商会の看板が掛かっているのがオチだろう。
工房が使えなければ、武器は作れない。
俺の鍛冶屋ライフは終わったな……。
しばらくの間地面にへたりこんでいた。そして、深く溜息を一つついて、何の気なしに空を見る。路地裏から見上げた天は高くて狭い。空にはうっすらと雲がかかっており、月や星の光がここまで届くことはない。
JAOで1番の鍛冶屋になりたくて、1年7ヶ月ずっと頑張ってきた。しかし俺の願いはもう叶わない。
その事実が受け止められなくて、ただただ呆然とするばかりだった。
鍛冶屋になれなくても、ゲームはできるか……。
あ、でも、狩り用の武器を全て売却してたんだった。20G貯めるために金策必死だったもんな……。くそっ! 異世界に行くって知ってたら絶対売らなかったのによぉ。
タイラン製の武器なんて使いたくねえし……。これじゃ、特定の狩場しか行けねえじゃねえか。
くそっ! 狩りすら満足にできねえのか! それじゃあ、この世界で何もできねえじゃねえかよ。ゲームできねえ、ゲームの世界なんてどうすればいいんだ……。
何のために、俺は異世界に転生してきたんだ。こんなんだったら、交通事故で普通に死んだほうがましじゃねえか……!
脚の疲労はとっくに回復しているはずなのに、立ち上がることができなかった。
頑張ってクエストをこなしてきたけど、結局鍛冶スキルは1回も使わなかったな……。
そんなことを考えながら、サブ技能ウインドウを起動させる。
戦闘スキル以外の技能をサブ技能といい、1キャラにつき1種類習得することができる。
もちろん、俺が取っているサブ技能は鍛冶技能だ。
たくさんの武器名がウインドウに表示される。俺は、武器製造で作成できる武器全100種類のうち、94種類を作成できる。これだけたくさんの武器を製造できるやつも、そういないだろう。今となっては意味ねえけどな。
そのうちの1つである、ロングソードを選択する。ロングソードの説明がウインドウ上に表示された。穴が開くほど見た画面だ。でも、もう見ることはないのかもしれねえな──。
そう思ってウインドウを眺めていたが、あることに気づき、言葉を失う。
たった1つだけ、いつもと違っていたのだ。たった1つだけど、俺にとっては夢にまで見た違い。
『武器製造』というアイコンがオンになっていた。
──これが意味することは、この場で武器を作ることができるということだ。
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