2-21 ママの味2
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「メマリーちゃんは何のケーキが好き?」
「わたしはプリンが好きだよー。ちょっと、子どもっぽいかなぁ~」
「そんなことないよー。だって、私も好きだから」
ドヤ顔のサエラ。私が好きだから子どもっぽくないとか、意味分かんねー。っていうか、お前十分子どもっぽいだろ。
「私は苺タルトが好きだよー」
「わたしも、苺大好きー」
「おそろいだねぇー」
「おそろい、うれしいー」
サエラとメマリーがメニューを見ながら、キャッキャと大はしゃぎしている。最初の緊張はどこへやら、たった30分ほどでもう2人は友達だ。メマリーもサエラもかわいいものやスイーツが好きなので、すっかり意気投合してしまった。
女子のパワーはすさまじい。俺は商業高校だったので、よ~~く分かる。男なんかが入っていける世界なんかじゃねえ。そもそも男なんて、男扱いされていなかったし。
俺としては、さっさとこれからの打ち合わせをするつもりだったのだが、2人がずっとしゃべりっぱなしで、なかなか話を切り出せない。
ケーキを注文し終わっても、まだまだ女子会は続く。
「メマリーちゃん、ブリックスストリートに新しくできたクッキーのお店行った?」
「行った行ったー。サエラちゃんも行ったんだ。おいしかったねー」
「あそこのクッキーって、他のクッキーと同じ味が、あんまりないと思わない?」
「うん。すごいよねー。どうやって作ってるんだろ?」
他の料理と同じ味がないというのは奇妙な表現かもしれない。だが、何度もVRゲーム内で料理を食べたことがある人間なら、この意味が分かるだろう。
ゲーム内の料理はもちろん実際の料理ではない。現実の料理を食べたときに感じる電気信号を脳に送っているだけの話だ。JAOなどのVRゲームで、細かい調理の変化などによる味の違いを再現しようとすると、それだけで莫大なリソースをくうことになってしまう。
だから、JAOなどVRゲーム中では、料理の味は外部提供データが用いられている。そのため、誰が作っても基本的には同じ味になる。例えば、カレーライスなら、カレーライス味という単一のデータのみが使用されるのだ。同じ味という言葉はそのことを表している。
しかし、原材料を変えたり新たに材料を加えたりした料理や、デフォルトのレシピ通りの方法以外で作った料理のデータが存在することもある。それは通称シークレットレシピと呼ばれていた。
「お待たせ。フォーリーブズ自慢のケーキ、召し上がれ」
コプアさんがやってきて、サエラの前にリンゴのタルト、メマリーの前にショートケーキを置いた。
「うわ~、美味しそうだね~」
メマリーが目をキラキラさせて喜んでいる。
「じゃあー、いただきまーす」
律儀に手を合わせてから、ケーキをフォークで切って口に運ぶ。
一口食べた途端メマリーの体が固まる。そして、ケーキの皿をサエラの前に静かに置いた。
「…………ごめん。このケーキ、サエラちゃん、食べてくれるかな……」
メマリーの声はさっきまでの甘ったるいハイテンションな声ではなく、悲しげに震えていた。
「どうしたの、メマリーちゃん? 美味しくなかった?」
サエラの言葉に、メマリーは激しく首を横に振った。
「美味しい。世界で一番美味しい…………。だって、ママの味だもん……」
顔を上げたメマリーの頬には一筋の涙が流れていた。
「このケーキ、ママの作るショートケーキと、同じ味。だから、ママのこと、いっぱい、いっぱい思い出しちゃう。これは大好きなママの味。わたしのママはママしかいないから…………」
コプアさんのショートケーキとメマリーの母親の作るショートケーキは、デフォルトのレシピではなく、同じ材料同じ工程で作られているのだろう。
事情を知らない俺にとっては、たまたまコプアさんとメマリーの母親のレシピが同じだっただけだ。でも、メマリーにとってはそれ以上の意味があるに違いない。
「お母さんがどうしたの……?」
心配そうにサエラがメマリーに尋ねる。
しばらくの間メマリーは泣いていて言葉に詰まっていたが、身の上を語り始めた。
「2週間前、ママは病気に、なったんだ。触ったら、火傷しちゃうくらい体が熱くなる、病気なの。それでね、わたしは、一生懸命、お医者さんを探したんだけど……みんな助からない、もう手遅れだって言うんだ……」
メマリーが悔しそうに唇をぎゅっと噛む。
「それでもね、何軒も、回って、回って、やっと、病気のことが分かった。その病気は体中が燃えているんだって。このままじゃ、後2年もしないうちに体が燃え尽きちゃうって言われちゃった」
サエラも俺も、黙ってメマリーの話を聞くことしかできなかった。
「でもね、たった1つだけ治す方法があるって教えてもらったの」
「どんな方法なの?」
「『霊峰フィルン』っていう山の頂上にしか生えない『スノードロップ』っていう花のエキスがあれば、体の熱が治まって治るんだって」
「そっか……お母さんを治すために冒険者になったんだね」
サエラの言葉にメマリーは「うん」とうなずいた。
「霊峰フィルンか……。そりゃあ、強くなんなきゃ始まらねえわな……」
スノードロップを入手するクエストは知っている。今のメマリーじゃ到底不可能なクエストだ。溜息の一つもつきたくなる。
だからといって、諦めてしまってはゲーマーの名がすたる。
「メマリー! 涙を拭け!」
「は、はぃぃ」
俺に呼ばれて、ビクリとなるメマリー。
「絶対ぇ、オカンを助けるんだろ!」
「は、はい!」
メマリーの眼は涙でいっぱいだったが、その奥にはルビーのようにきらりと輝く瞳があった。
「ぼやぼやしている暇なんてねえぞ。移動工房の力で、お前を強い冒険者に育ててやる!」
次回は2月12日の12時頃に更新の予定です。
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