2-19 変わりたい
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「わたし、メマリーって、言います」
少女は自分の名を名乗り、入口から奥に向かって歩き出す。
メマリーの年齢は中学生くらいだろうか。だが、背は低く胸もないので、もっとロリっぽい印象を受ける。
茶色い髪を短いツインテールにし、後ろはシニョンにしてまとめている。
着ている服はスイスかどっかの民族衣装、ディアンドルだ。白いブラウスに赤を基調とした花柄のスカートが可愛らしい。
いかにも純朴な村娘といった雰囲気の少女だ。
「すぐに強くなりたいんです。強くならないと――」
「御託はいい。レベルとHP」
俺の質問を聞いて、メマリーは歩みをぴたりと止める。
「HPは1570……。レベルは20……」
メマリーの声が弱々しくしおれる。語尾は良く聞き取れなかった。
「断る」
「──! わたし、どうしても!」
「レベルを52まで上げてこい。話はそっからだ」
俺は腕を組みながら椅子に腰を下ろした。
「レイ君、何とかならないの……?」
サエラが俺に耳打ちする。
「合うコースがねえ」
移動工房のレンタルサービスのコースは3つ。90代の湧泉洞、80代のビニーブ、そして、カキ養殖だ。
安全上の観点から湧泉洞やビニーブは、対象レベル以下の冒険者の利用は原則お断りだ(HP次第では受け付ける場合もあり)。カキ養殖はものすごく簡単なので狩り自体は問題ない。だが、レベル51以下の冒険者はアキ海中社殿に入場できない。
「それに移動工房は遊びじゃねえ。商売だ。コプアさんも言ってたろ」
俺だって正直、メマリーのレベル上げを手伝ってあげたい気持ちはある。
だが、これは商売だ。一時の感情で動いてはいけない。
例えば、客がお金を持っていないからといって、タダで商品をやる店がどこにある。少なくとも俺が働いていたコンビニでは、そんなまねはしなかった。
「それでも……それでも……」
震えながらメマリーが紡ごうとした言葉は、
「ぶわっ~~、はっはぁ~~」
酒場中からどっと湧き起こった爆笑にかき消された。
「あ~、こらえるのきつかったぁ~」
「タランバでもまともに狩りができねえ、お前ぇが強くなれるわけねーよ。バ~~カ」
「タランバでも酒場でも相手にされないメマリーちゃん、マジ哀れ」
「冒険者の恥のメマリーちゃんは、家に帰ってママのおっぱいでも吸ってなちゃ~い」
「強くなりたいだぁ、無理無理無理無理ぃ~~」
聞くに堪えない罵詈雑言の嵐。メマリーの大きな瞳から大粒の涙があふれ出す。
その様子を見て隣のイケメン冒険者が小声で呟いた。
「よってたかって、あの子、かわいそうに……。やっぱ底辺のやつらはクソだな。関わらねーのが一番だ」
底辺どもはメマリーを馬鹿にすることを止めない。だが、メマリーは涙をハンカチでぬぐうと再び歩き出し、俺の側までやって来た。
「お願いです! わたしは1日でも早く、強くなりたいんです。ううん、強くならなきゃ、いけないんです。何とか、お願いします!」
「20じゃ無理だ。レベルに見合うコースがねえ」
俺の一言に、ギャラリーの底辺どもがどっと笑う。
「レベル20って低すぎぃ! タランバ組の俺でも56あるのに」
「かっわいそ~。ワーカーにも当てられない雑魚じゃ、52になるまで死んじまうって~」
「タランバも合ってねーから、金輪際タランバに来るんじゃねーぞ~」
タランバというのは、タランバ・ハニカム、タランバ平原、タランバ丘陵というマップの総称だそうだ。いずれも推奨レベルは20台。50代・60代の冒険者が行くマップじゃない。
50代にもなってそんなマップで狩りをしているような向上心の欠片もないやつらが、強くなりたいと本気で思っているメマリーをどうして馬鹿にできるんだ? 馬鹿にされるべきなのは、お前らのほうじゃねえのか。
俺に冷淡な態度をとられても、底辺に嗤われても、メマリーはめげない。くりっとした大きな瞳に涙の粒を浮かべながらも、小さな体から大声を張り上げる。
「それでも……それでも、強くなりたいんです! レベルが足りないのなら、そこまでわたしのレベル、引き上げてください! 強くなる方法、教えてください!」
メマリーの言葉を聞いて、底辺はさらに爆笑のボルテージを上げる。
「おい、聞いたかぁ!? レベル引き上げてくれだって! どこまで図々しいんだ」
「ぎゃ~はっはぁ~。さすがタランバ1の馬鹿! どこまで笑わせば、気が済むんだよぉ~~」
「お前みたいな弱っちい雑魚、どーやって強くするんだよ。そんなこと、神様でもできねーよ!」
嗤い転げている底辺どもは、どいつもこいつも熟れすぎたトマトのように顔が真っ赤だ。笑いすぎたためなのか、浴びるように真っ昼間から酒を飲んだせいなのか。
「お金だって払います。払えなかったら、一生かけて払います。苦しくても、痛くても、戦います。何だって、やります。だから……だから……」
メマリーは声だけでなく肩も震わせて、涙ながらに頭を下げた。
「わたしを変えてください!」
――変わりたい。
この子にどんな事情があるかは知らない。だけど、その気持ちは本物だろう。
俺は5才のとき初めて格ゲーに出会った。画面の中で繰り広げられる派手な攻防に心を奪われた。俺もこんな風にかっこよく相手を倒したい。心の底から熱いものが込み上げたのを今でも覚えている。
でも、強くなるのは簡単なことじゃない。
自分よりも強いやつにこてんぱんにされて、嗤われる毎日。何度、嫌になってやめようと思ったことか。
それでも俺はゲームをやめなかった。俺は絶対に上手くなってやる。その想いは捨てなかった。
続けて、続けて、続けていたら、どんどん強くなっていった。俺が変わると、見たこともない新しい可能性も、どんどん開けていった。
――そうだ。
俺が武器屋をやりたいって思ったのは、金儲けがしたかったからでも、ランキングに名前を残したかったからでもねえ。JAOのプレーヤーをもっとわくわくさせたかったからだ。特に、もっと強くなりたいって思っていたあの頃の俺みたいなプレーヤーを。
メマリーの可能性、いや、この世界の冒険者の可能性を開くのが、俺がやりたいことだ。それを忘れちゃいけねえよ。
「かわいそうだから、レベル上げぐらい手伝って上げたらー」
イケメンが耳打ちした。一見立派だが、無責任な言葉。やっぱりこいつらは何も分かっちゃいねえ。
「おい、お前ぇら、よく見とけ」
俺と同じテーブルに座っているイケメン、盗賊風の男、スキンヘッドに声をかける。
「これが本物のトップ冒険者ってやつだ」
そう言って、俺は立ち上がった。
後ろのサエラを振り返り、目で合図。サエラの目はキラキラと輝いている。
「ここにいるやつら全員、耳の穴かっぽじって、よく聞きやがれぇ!」
ありったけの大声を張り上げて威勢よく啖呵を切った。
「超ド下手でどうしようもないクソ雑魚のこいつを、移動工房のレンタルサービスで52レベルから82レベルにしてやらぁ!」
メマリーは顔を上げた。大きい目はまんまるになっている。突然お願いが聞き入れられたことと、告げられたレベルの高さにびっくりしているのだろう。
「でも……52レベルまで、やらないって……」
「気が変わった! 最初の客ってことで出血大サービスだ! 52までは良いクエスト見つけてきてやる。そっからはレンタルサービスでやるからな」
「い、いいんですか……? あ……ありがと~ございます~」
メマリーは再びぼろぼろと泣き始めた。でも、その表情は明るい。
「うるせぇ! 俺がやるっつったら、やるんだよ! もう拒否することは許さねえからな!」
メマリーをレべリングするのは、メマリーがかわいそうだと思ったからじゃない。
――宣伝だ。
貼り紙をたくさんあげるよりも、有名人が宣伝するよりも、データを用意してプレゼンするよりも、ずっと説得力がある宣伝になるはず。
移動工房のレンタルサービスを利用すれば、レベルがらくらく上がる。そのことを証明できる、これ以上ない証拠となるはず。これで、今までは尻込みしていた冒険者でも利用する気になるだろう。
「あっひゃひゃひゃぁ~~。あんたぁ~正気かぁ~。52から82っていくらなんでも無理でしょ~。しかも、こんな超ド下手がぁ~。10年たっても無理だってぇ~」
酔っ払いが手を叩きながら大笑いしている。いい反応だ。
「はっ、10年だぁ? 馬鹿言うんじゃねえよ。そんなの4週間もあれば十分だ」
俺とサエラ、そしてメマリー以外の、その場にいる全員が、そろいもそろって同じ表情をしている。目を丸くし口を半開きにした、金魚みたいなまぬけ面だ。よっぽど俺の言うことが信じられないのだろう。
「この娘はなぁ、何かと理屈をつけて何もやろうとしねえ、へたれでもなければ、ましてや、ぬるすぎる狩場で下手くそを笑うことしかできねえ、ふぬけとも違う、立派なやつなんだ」
俺の一言で、底辺どもの表情は、まぬけ面から怒りの形相に変わる。トップ冒険者の3人は皆うなだれた。
「よぉく、覚えておけ! 移動工房の力で、必ずこの娘を、てめえらよりも立派な本物の冒険者にしてやるからな!」
吹き荒れるブーイングの中、メマリーを変える4週間が始まった。
次回は2月10日の12時頃に更新の予定です。
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