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1-5 粗悪品

説明が少し細かいです。地の文は読み飛ばしてもらっても構いません。

 タイランに喧嘩を売った後はレストランで飯を食べた。

 ゲームだった頃と違って腹は減る。やはり、ここは異世界。痛みがあったことといい、完全にゲームと同じというわけじゃない。

 ゲームの中でも味覚はかなり再現されていたのだが、現実世界と比べるとちょっと大味な印象だった。しかし、この世界の味覚は現実世界と同レベルだった。食べることが特に好きというわけじゃないが、本能的欲求に関わることだからか、この点は嬉しかった。



 食事が終わったら、住居を探すことにした。


 JAOでは大規模ギルドや廃プレーヤー用の豪邸から、無課金勢用の借家まで色々な物件が用意されている。他のゲームの例に漏れず、JAOでも自分の部屋を持ち自分用にデコレーションするプレーヤーは非常に多い。

 だが、俺はそんなことに特にこだわりはない。一番安いもので十分だ。というわけで、安宿に泊まることにした。



 宿で少しゆっくりしていると、タイラン商会から契約書にサインしてほしいというメールが届いた。面倒だったがまた約束を破られてもしゃくだ。


 そこで、タイラン商会の総本部に行って契約書にサインをした。

 タイラン本人は不在だったが、それでよかった。あのクソ野郎が居たら、また喧嘩になっていたかもしれねえ。今度は1テラじゃなくて、10Tとかノリで言ってしまいそうだ。これ以上はさすがに無理だ。冷静になって考えたら、100ギガでも正直どうすればいいか分かんねえんだけどな……。



 タイラン商会総本部を出ると、空にはまぶしいオレンジ色の陽が射している。

 ゲームだった頃は大多数のマップは常に昼だった。ここレスターンも同じことがいえた。どうやらこの世界は昼夜の区別があるらしい。

 夜になったら、フィールドマップでの狩りは難しそうだな。それに、商店も閉店するのかもしれない。コンビニみたいに24時間営業していたら別だけど。

 それなら、今のうちにちょっと店でも見て回るか。そう思ってプラチナムストリートを散策することにした。


 プラチナムストリートは昼間よりも冒険者で賑わっていた。道行く冒険者の会話を聞いていると、今日は疲れたとか金が貯まらないとか早く一杯引っ掛けたいとか、そんな話ばかりだった。

 これじゃあリーマンの会話じゃねーか。こっちじゃ狩りが仕事なんだよな。仕方ねえのかもしれねえけどよ、あまりにも夢がねえよな。



 プラチナムストリートの店は、飲食店と服屋以外はほとんどタイラン商会の看板が掛かっていた。

 くそっ! タイランのにやけ面を思い出したら、また腹が立ってきた。あー、うぜぇー。こんな気分悪ぃ所とっとと出て行くか。


 そう思って足を速めるが、数歩ほどして足を止めた。

 落ち着け。そうやって感情的になるのは俺の悪い癖だ。そのせいで何度も失敗してるじゃねぇか。怒りに任せてゲームをしてもいい結果は出せねえ。まずすべきことは……。

 敵のデータを知ることだ。敵が分からなければベストな戦いはできねえからな。


 俺は踵を返して、タイラン商会の武器屋に向かって歩き出した。



 一番近くにあったタイラン商会の武器屋に到着。

 外観はガラス張りとなっており店内の様子が外からでも分かる。おしゃれな看板は金があしらわれていた。武器屋というよりは超高級ブランドショップだ。

 店内もオークションハウスに負けないくらいの豪勢なシャンデリアがきらめいており、高級黒御影石のフローリングはピカピカに磨かれ冷たく光っている。

 武器も普通の武器屋のように無造作に壁にかけられているのではなく、ポーズを決めたマネキンが手にしていた。

 ここまで高級感たっぷりの店は見たことがない。ゲームでは、むしろ持ち主の趣味全開のデコレーションがなされていた。ひどいのになると、小さなプールがあって水着の店員が接客する武器屋もあったな。どんないかがわしい店なんだよ。



 店内には高級スーツの女性店員が5人いた。そいつらを見て絶句した。全員特別店員じゃねえか……。


 各種ランキングは月ごとに集計される。そのランキングに名前が載ることは廃人の証だ。

 上位にランクインしたプレーヤーには報酬が用意される。鍛冶屋ランキングなら上位10位に入れば特別店員が与えられる。

 特別店員といっても特別な能力を持っているわけじゃない。アニメやゲームなどのコラボ企画の一環で、他のアニメなどのキャラクターが店員として雇えるのだ。もちろん、フルボイス。しかも着せ替え自由だし、名前を呼んでくれたり、好感度が特別に設定されていて好感度が上がるとイベントが発生したりする。

 コラボしたキャラクターが人気なら、ランキング争いは戦争だ。10位入賞ラインが普段の1.7倍くらいに跳ね上がったこともある。

 この特別店員を欲しいがために生産職ランカーを目指すやつも多い。俺はいらねーけど。


「いらっしゃいませ。はい、これどうぞ」


 赤髪の店員から武器カタログを受け取る。このキャラは社会現象を引き起こしたアイドルアニメの人気キャラらしい。この店員を見物する客が多すぎて、見物料を取ろうとしたやつもいたくらいだ。GMに怒られたらしいが。



 立派なテーブルに腰掛け、受け取ったカタログを開いて1ページ目を見る。そこに掲載されていた武器を見て思わず固まった。な、何だよこれ……。


 ゲームでは決してお目にかかれないような品だった。ただし、それは良い意味でお目にかかれないという意味じゃない。つまり──粗悪品だ。

 その紹介文には当店人気ナンバー1と書かれている。冗談じゃねえ、こんな粗悪品持ってどこの狩場に行くんだよ。適正レベルよりも15レベルくらい下の狩場くらいしか行けねーぞ。

 そのくせ明らかに性能と値段が釣り合っていない。大人気なので、今なら購入するとおまけもついてくるそうだが、それでも明らかに高すぎる。


 気を取り直してページをめくる。また、ぼったくり粗悪品だ。

 さらにページをめくる。やっぱり、ぼったくり粗悪品。

 あえて最後のページを見てみる。当然、ぼったくり粗悪品。

 ページをめくれどもめくれども、売っているのはぼったくり粗悪品しかなかった。



 ゲームの中の武器屋で売られていた武器はもっと素晴らしかった。性能という意味ではもちろんゲームのほうが上なんだが、それ以上に職人プレーヤーの苦労とこだわりが見て取れた。

 市場の流行に沿いながらも、少し自分なりのアレンジを盛り込んだもの。誰も作ったことのない独創的でかつ有用なもの。強さはともかくネタと愛がつまったもの。

 特に、超一流のプレーヤーが経営するプラチナムストリートの武器屋の武器は、安いものから高いものまで考えに考え抜かれた逸品ばかりだった。


 それに比べてこの店は……。立派なのは見てくれだけかよ。

 肝心の武器は、どうすれば金を騙し取れるかというコンセプトのものばかりだ。どういう武器を作ればいい冒険ができるかという視点がごっそり抜け落ちている。これじゃあ、リアルマネーをむしり取ることが目的の課金武器のほうがよっぽどましだ。

 まさか、あれほど毛嫌いしていた課金武器よりもムカつく武器があるなんて、思いもよらなかったな……。



 200ページある分厚いカタログを一通り見終えると、カタログをそっと閉じる。目を閉じ深い溜息を一つついた。

 怒りや呆れといった感情を通り越して、もはや悲しみさえ覚えてくる。

 シャンデリアの灯でオレンジ色にギラギラ光る店内は来た時よりも何だかまぶしく感じられた。もう陽は落ちたのかもしれない。



 俺が武器屋を開いたら、きっとこんな店の粗悪品なんかよりもずっと売れるだろう。そんなことは分かる。

 でも、胸に何かもやもやとしたものが引っかかっている。上手く説明できねえけど。


 近くにいた黒髪の店員に声をかける。


「店長と武器のことで話がしたい」


 武器製造の依頼やクレームなどにはNPCの店員では対応できない。そういうときは取次を頼む。もし留守なら、店長を呼んでくれたり伝言を頼んだりすることもできる。


 店員はいったん奥に引っ込んだが、すぐに戻ってきた。閉店時間まで後20分だが、それまでなら会ってくれるとのこと。

 店員に連れられて店の奥に向かった。

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