2-12 価格設定４
（注意）本日は２話投稿しています。前回の話を読んでいない方は戻って確認をお願いします。
俺が原価率を考えている間、コプアさんは珍しくキッチンで黙々と作業をしていた。あの人も遊んでばかりはいられないだろう。
原価率を決めてほっと一息ついていると、キッチンの奥から溜息が聞こえてきた。
「クリームチーズ、そろそろ使い切らないとまずいなぁ……」
「どうしたのー、コプアさーん？」
サエラの呼び声に応じて、コプアさんが困った顔をしてカウンター越しに話しかけてきた。
「クリームチーズがもうすぐ消えちゃうんだけど、３８３個もあるからどうしようかなぁって」
食料アイテムは一定期間が経過すると消滅する。詳しい仕様は不明のはずだが、毎日厨房に立つコプアさんには、何日ぐらいで消滅するのか分かるのだろう。
「大変だね～」
「というわけで、明日チーズケーキの安売りをしようと思うから、ぜひ来てね！」
「うん、行く～」
「レイ君もどう？ おいしいよ」
「チーズケーキか、興味ねえ」
「じゃあ、日替わりランチとかどう。クリームチーズのリゾットにするんだけど、コクがあっておいしいよ」
「クリームチーズだらけだな」
「うん。やっぱり在庫が３８３個はきついから。安いからって買いすぎちゃったかなぁ……」
頬杖をついて溜息をこぼすコプアさん。
「コプアさんのお料理おいしいから、きっと売れるよ～」
「ありがと、サエラちゃ～ん。大好きだよ～」
「私も大好き～。コプアさ～ん」
「クリームチーズも大好きになってあげてね～」
なぜだか愛を語り出す２人（そのうち１名の理由は推測できるが）はさておき、俺は１つのことを考えていた。
――在庫の存在だ。
武器を作っても、それは売れるまで在庫としてカウントされる。在庫は売れるまでの間、何の役に立たない。
それどころか、在庫は基本的に害だ。
たくさん作ってしまって在庫が増えれば増えるほど、倉庫ＢＯＸを圧迫する。
倉庫ＢＯＸとは、所持アイテムを一時的に預けることができる箱で、宿やマイホームなどの拠点やＳＡに置いてある。
そして、調子に乗って武器を何本も作っても、在庫の状態のままでは、材料代を回収することはできない。いくら手持ちの現金が２０Ｇあるとはいえ、在庫を無駄に作り続けているだけでは、資金繰りが苦しくなるかもしれない。
何といっても致命的なのは、在庫の型落ちだ。
武器が型落ちする理由の１つ目は、流行の変化だ。
ゲームをしていると色々な事を考える。どうすれば効率を上げられるか、どうすれば難しいダンジョンを攻略できるか、どうすればもっと楽しくプレイできるか。日々試行錯誤の繰り返し。そんな思考の糸が何百、何千、何万と集まり紡ぎあげられ、流行が生まれる。
ＪＡＯでは、１つの武器がずっと最強なんていうことはありえない。流行が変われば武器も変わる。最強と昔もてはやされた武器が、在庫として眠っている間に型落ち品になってしまうことなんて、珍しくもなんともない。
もう１つの理由は、ゲームデザインの変更だ。
些細な変更でゲームは全く別のものへと変わってしまう。ダメージの計算式が変わったりＭｏｂのデータが変わったりすると、１確できた敵ができなくなったり、今まで楽勝だったボスが倒せなくなることがある。ドロップテーブルの変更やＭｏｂの配置変更で、うまい狩場がまずくなったりすると、そのダンジョンに行く必要がなくなることもある。
そうなれば、今までは最強武器であっても、変更後はもはや倉庫の肥やしでしかない。
せっかく貴重な材料を集めて作った武器であっても、型落ちしてしまうと格安で売らざるを得なくなる。最悪、ＮＰＣに店売りすることだってあるのだ。
無計画に武器を作っても在庫を抱えるだけ。
でも、まとめサイトも掲示板も動画配信もないこの世界じゃ、何が求められているのか全く見当がつかねえ。サエラに聞くっていう手はもちろんあるし聞くつもりだけど、どうしても個人の主観が入っちまう。
客のニーズをダイレクトで知るには――。
そうだ、この手ならどうだ！
「コプアさん、お勘定」
サエラとしゃべっていたコプアさんを呼びかける。
「え？ レイ君もう帰っちゃうの？」
「これからどうやって武器を売ればいいのか思いついたんだよ。方針が決まったら即実行だ」
「え～。今チーズケーキ頼んだところなのに～」
サエラが不満そうに口を尖らせる。
「知るか。今日は俺が払う。さっさと行くぞ」
コプアさんから飛ばされた決済ウインドウに金額を入力しながら、サエラに帰り支度を呼びかける。
「コプアさん、私のチーズケーキとっておいてね。約束だよ」
「うん。２人もがんばって」
俺が会計を済ませ店を出ると、サエラも慌ててついてきた。
本日は２－１１と２－１２を投稿しています。
次回は２月３日の１２時頃に更新の予定です。
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