2-6 負のスパイラル2
「底辺に売ろうとしても無駄なのは分かった。でもさぁ、魔石のステータス上昇量を考えてみろよ。タイラン製のS武器は320。HS武器だって1000だ」
1ランク下の魔石が1個、2ランク下の魔石が2個、3ランク下の魔石が3個、最低でも組み込まれていれば、武器製造は可能だ。タイラン製の武器は忠実にこれを守っている。
つまり、S武器には、HR魔石1個、R魔石2個、HN魔石3個内蔵されている。HS武器には、S魔石1個、HR魔石2個、R魔石3個内蔵されている。
各魔石のステータス上昇量は以下のようになっている。
N:5
HN:15
R:50
HR:175
S:500
HS:1075
SS:2300
U:5000
HU:10750
タイラン製のS武器は、175×1+50×2+15×3=320。HS武器は、500×1+175×2+50×3=1000となる。
「俺のS武器は2100上がるんだぞ。タイラン製のHS武器より強えんだ。中堅冒険者辺りが飛びついてもいいんじゃねえの」
俺のS武器は、175×12=2100。
「う~ん。中堅冒険者ってS武器なんて使わないよ。そもそもS武器の出品なんて、目に留まらないんじゃないかなぁ」
「それもそうだよな……」
サエラの指摘はもっともだ。
向こうの世界ではS武器なんて、初心者ぐらいしか使っていなかった。俺みたいな武器屋か転売屋でもない限り、S武器に関心を払うやつなんていなかった。それと同じ話だ。
「せっかく良い武器作ったって、買ってくれねえどころか、見向きもされねえのかよ……」
天井を仰ぎ見て、大きな溜息一つ。
「SS武器ならどうなんだ?」
俺の質問に、サエラは首を横に振って答えた。
「やっぱり安いものが人気だよ。Mobがドロップした魔石12個組み込まれた武器が、たまにオークションで出品されることはされるんだけどね。でも高すぎて、ほとんど買う人はいないの」
「Mob産かよ……」
Mobも武器をドロップする。その多くは、変な魔石が組み込まれていたり、何か必要な要素が欠けていたりする。そのため、向こうの世界では人気が無かった。捨て値でオークションに投げられても買い手がつかないこともよくあった。
そんなMob産の武器が強いと言われている。この世界は世知辛い。
「それじゃあ、訳分かんねえ底辺はともかく、中堅冒険者、いや、トップ冒険者だって、いつまで経っても強い狩場は行けねえよな」
「うん……。Mob産の強い武器はなかなか出ない。出ても高くて買えない。タイラン製の弱い武器しかないから、弱い狩場に行くしかない。弱い狩場に行くから、お金が貯まらないし、強い武器も手に入らない。その繰り返しなの」
「ひどい悪循環だな」
「うん……」
サエラが力なくうつむく。笑顔が消えている。
昨日タイランを倒して世界一の鍛冶屋になると宣言したとき、サエラは笑っていた。今思えば、サエラも俺の言葉を聞いて嬉しかったのかもしれない。タイランを倒して、この世界の可能性を広げる。そんな予感にサエラは胸を躍らせていたのかもしれない。
けれども、現実は厳しい。サエラほどの使い手でさえも、理不尽を前にして黙って下を向くことしかできないのだ。
理不尽を感じているのはサエラだけじゃない。もっと稼ぎたい、もっと人の役に立ちたい、もっと自分を試したい、もっと広い世界を見てみたい――そんな多くの人たちの想いを全部、タイランの武器は奪ってきたのだ。きっとみんな下を向いている。
俺は、そんな人生なんて、まっぴらごめんだ。
「私はまだ恵まれてる。ピーハイがあるし……」
「ダメだ。そんな弱い剣じゃ戦えねえ」
「ピーハイが!?」
「そうだ」
「えっ、でも……、ピーハイは……」
裏返ったサエラの声。途切れ途切れの言葉には戸惑いと怒りの感情が表れている。
なにせ、先祖代々受け継がれてきた、そして、自分が命を懸けて守った剣だ。俺の言葉を否定したくなるのは当然だといえる。
だが、JAOは感情だけで攻略できるほどヌルゲーじゃない。
「俺たちが戦うMobのランクはUランクだ。JAOを攻略するには、U武器以上じゃなきゃ話にならねえ。SS武器なんか通用しねえ」
JAOのプレーヤーの大多数はレベルが99だ。攻略するダンジョンもそれに見合ったダンジョンになる――つまりレベル90台のダンジョンだ。相手するのはUMobたち。SSMobよりもステータスは遥かに高い。SSランクのピートハイプラスターなんかじゃ正直限界だ。
「…………それでも、ピーハイを捨てたりなんか――」
「はぁ!? 俺がいつピートハイプラスターを捨てろっつったんだ?」
「えっ!?」
「人の話は最後まで聞きやがれ。俺が言いたいのはなぁ、ランクが弱ぇって言いてぇんだよ。俺が、今からそいつをランクアップしてやるよ」
次回は1月30日の12時頃に更新の予定です。
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