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1-4 ぶん殴る

 男に連れてこられた先は、メテオジャム前の広場。つまり、プラチナムストリートで最も賑わっている場所だ。

 お昼前ということもあり、買い物に来た街の人や、武器を携えている冒険者たちで賑わっている。ゲームの時よりも活気があるかもしれない。


 右手の建物を見る。ゲームでは武器屋の看板が掛かっていたが、今は『タイラン商会』という看板が掛かっているだけだ。人の出入りはない。

 本当は俺が手に入れるはずだった場所だ。


「何を見ているんだい?」


 男の問いかけに、軽く首を振る。


「──いいえ、何も。ところで、こんな大通りで何をやるんですか?」


「それはね……、『俺の夢は、世界一の鍛冶屋になることだ!』と大声で叫んでみせてよ」


 人の良さそうな笑顔のまま、こちらに視線も向けずに、さらりととんでもないことを言ってのけた。



 じょ、冗談じゃねえ……。この大勢の人の前で、叫べってか……。誰ができるか。ブラック企業の研修じゃあるまいし、そんな羞恥プレイ……。


「そん……っ──」


 突然出された要求に、思わず喉の奥から抗議の声が出かかる。だが、何とかそれを呑み込んだ。


「君の覚悟はそんなものなのか」


 表情を変えずに、男が語りかけてきた。


 そうだ。俺は世間的にはダメなやつだったけど、ゲームだけは得意だった。ゲームだけは真剣だった。ゲームだけは好きだって本気で言えるんだ。

 せっかくゲームの世界に転生できたんだ。ゲームで妥協してどうする!

 俺の覚悟はそんな安っぽいもんじゃねえ!


 覚悟を決め、前だけを見つめる。高ぶる鼓動を感じながら、大きく深呼吸。そして、息を吐き出すと同時に、想いを全部ぶちまける。






「俺の夢は、世界一の鍛冶屋になることだ!!」






 がやがやと絶えることなく続いていた喧騒がピタッとむ。

 ながい沈黙。

 柄にもなく恥ずかしいことをやってしまったという後悔と、これで夢の一歩を踏み出せるという高揚感。2つの感情が入り交じって、顔が赤くなるのが分かった。



 そして、コンサート会場の爆音のように、どっと沸き起こる爆笑。大勢の見物人の笑い声が、聞いたことのないほどの不協和音となって、辺りに響く。


 そりゃあ当然の反応かもしれねえけどよぉ、こいつらぶん殴りてぇ──。自然に顔はこわばり、握った拳に力が入る。

 だが、我慢だ。我慢。同じ鍛冶屋のこの人なら、俺の想いを分かってくれるはず──。


 そう思って、男の方を振り返る。

 しかし、男は長い髪を振り乱し、邪悪な爬虫類のような醜悪なつらをして、群衆の誰よりも嗤い転げていた。



「ヒ、ヒヒャ、ヒャヒャヒャ、ヒャヒャヒャヒャャャャァァァァ~~。ヒッハーヒッハーヒィィィィヒヒヒヒィ~。ハーハー、ハー。あ~ウケる~。あ~おかし~。こ、ここさ~。どこだと思ってんの~~。ここはさー、『タイラン商会』の総本部前だよー。タイラン商会を差し置いて、世界一の鍛冶屋になるとかー、もうね、ギャグ、田舎者のギャグ。一周回って超ハイセンス! あ、タイラン商会は知ってるよね?」


 ガラスを引っ掻いた音よりも甲高く耳障りな声で、男がぎゃあぎゃあわめく。


「──知らねえよ」


 俺の言葉を聞いて、ギャラリーはさらにどっと嗤う。


「田舎者の君にねー、特別に教えてあげようじゃないか。タイラン商会というのは、全世界の武器屋を牛耳る、世界一の鍛冶屋ギルドだよ。この世界の武器屋はね、もちろん、ぜーんぶ、タイラン商会のものさー。あ、それと私、申し遅れました」


 男から名刺を渡された。そこに表示された名前は──。


「お前……!」


「そう、私がタイランです! タイラン商会のマスターを務めさせていただいております。以後、お見知り置きを」


 言葉こそは丁寧だが、ニヤリと裂けた口からは俺を馬鹿にする感情が漏れ出している。



「──おい、タイラン……さん。ちゃんと俺は言いましたよね。プラチナムストリートの建物は、約束通りくれるんですよね……」


 感情を押し殺して話す。今、キレたら何もかも水の泡だ。


 タイランは大げさに耳に手を当てるジェスチャーをする。


「はぁ~? なぁ~に、言ってんの、君ぃ~。私はね『考えてもいい』と言っただけで、売るなんて一言も言ってないよぉー。それをね、君が、叫んだら売ってもらえるって勘違いしただけでしょー。ばぁ~かじゃないの~」


 こ、こいつ……。確かに一等地なんて気まぐれで取引できるようなもんじゃない。それは仕方ねえ。でも、こいつは俺が武器屋にかける想いを知ったうえで、それをもてあそびやがった……。


「それとねー、ここの地価は100ギガだよ。そんなチンケな金で──」




 限界だった。




 気がつくと、俺はタイランのクソ野郎を思いっきりぶん殴っていた。



 不意をつかれたのか、タイランはバランスを崩し、よろけて尻もちをついた。


「この金は、てめえからみたらチンケな金かもしれねえけどなぁ。不正行為にも手を染めず、俺が必死で汗水垂らして稼いだ金だ! 嗤っていいもんじゃねえ!」


 タイランは何が起こったのか分からないというような呆けた顔で、殴られた頬を抑えている。さっきまで馬鹿笑いしていた見物人もただただ唖然とするばかりだ。


「上等だぁ! 100Gとか、チンケなこたぁ言わねえよ。100Gの10倍、1テラだ! いつか1T用意して、あそこをてめえから買い取ってやるよ!」


 指差したのは、プラチナムストリート1番地──タイラン商会の総本部であり、俺が買い取るはずだった場所であり、1年7ヶ月の間ずっとずっと目標にしていた場所。


 俺の啖呵を聞いて、タイランは何事もなかったように真顔ですっと立ち上がった。


「──いいだろう。1Tで1番地の土地と建物を譲渡しようじゃないか」


「絶対ぇ逃げんなよ」


「早急に正式な契約書を作成させるよ。もちろん、書面でね」


 淡々と語るタイラン。冷静に振舞っているが、冷たい眼の奥底には濁った怒りの感情が宿っていた。



「君の名前を聞いていなかったねー。名前を教えてくれないか?」


「レイ=サウス。世界一の鍛冶屋になる男だ、覚えとけ」


「──この世界の武器の支配者は私だよ。このタイランに盾突いたからには、1Tはおろか、1Gさえも君は貯めることはできないね」


「あぁ!? ふざけんな! できねえかどうかは、やってみなきゃ分かんねえだろ! 廃人ゲーマーの底力、なめんなよ!」


 廃人というのはインターネット上のスラングで、趣味に度を越すほど没頭している人のことだ。廃ともいう。


 タイランに大声で啖呵を切ると、後ろを振り向くことなく、さっさとこの場を後にした。


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