9-49 レイドボス、クタマ戦5
今回(9-49)から9-51までは3人称アリス視点で話が進みます。
フェイズ5が始まって20分経過。
クタマのHPバーは黄色。つまり半分を切っている。
だがここまできて、アリスたちは最大のピンチを迎えようとしていた。
「来ました! ゾンビの数は――数え切れません!」
アリスがいつもよりも大声を張り上げる。
嫌でも高まる緊張感。
避けタンクがたまらず叫んだ。
「おいおい! 俺たち完全にゾンビに囲まれちまったよ!」
ゾンビがこんなに押し寄せているのには訳がある。
フェイズ5開始直後5分間で、なんと8回も開門があった。
そのうち2回分のゾンビは遊撃部隊によって処理済み。2回分のゾンビはボスと既に合流し交戦中。
残りの4回分のゾンビが今やって来たところだ。
アリスも手をこまねいていたわけではない。
開門ラッシュが始まるとすぐに第3PTにも遊撃に行かせた。これ以上ゾンビを召喚されないように、封印で巨大ゾンビのサモンスレイブを使用不可にし、クタマの行動をアタッカーたちに妨害させた。
それでもゾンビは増え続ける。
これはフェイズ5、最終フェイズ。
敵の攻撃やダンジョンギミックは最も苛烈だ。
しかも課金武器が使えないという縛りまである。
細かい不安要素まで挙げればキリがない。
(やはり楽には勝たせてくれないか……)
分かりきっていたことだ。
常識的に考えて課金武器無しで勝てるわけがない。
それでもアリスは信じている。
この1か月に及ぶ戦いの記憶がアリスを奮い立たせる。
(今の私たちなら、常識を超えられる!)
レイドメンバーを生かすも殺すも、総指揮次第。
愛用のワンドを握り、指示を飛ばす。
「今です! 守護霊一斉解放!!」
守護霊5柱が一斉に姿を現した。
アリスの守護霊エリノーラ、そして、第2PTのヒーラーであるアディナの守護霊はとっくに顕現済みだ。
(次にすることは……)
一瞬でも気を休めることはできない。
アリスは通信ウインドウに手を伸ばす。
『第4PT、西門はどうなっていますか?』
第4PTリーダーのヒナツが返事する。
『こっちはもうすぐカタがつく。次はどっち行けばいい?』
『すぐに私たちの所に戻ってください。ゾンビが多すぎて手が回りません』
一時的に遊撃に行かせていた第3PTはとっくに戻している。それでも全然人手が足りない。正直第4PTを戻しても足りないくらいだ。
『了解! すぐ戻るよ!』
ヒナツとの通信を切り、アリスは時計ウインドウに目をやる。
後3~5分はゾンビの追加は来ないだろう。
その間にやるべきことをやって、ゾンビを減らしておかないと。
周りの状況を確認。
ボスの周りにゾンビが押し寄せたせいで、パイク部隊が散り散りになっている。
これではクタマを抑えることはできない。
(苦しいけど、第2PTにクタマの相手をしてもらって、その間に第1PTと第3PTは魔法連打でゾンビを減らしにかかろう)
ピンチの原因は大量のゾンビ。
ゾンビは魔法に弱い。
ゾンビの数を半分程度減らせば戦況は好転する。
アリスが指示を飛ばす。
「パイク部隊はいったん散開。元のPTと合流しゾンビと相対してください。アディナさんとプレイデルさんはパイク部隊の救援。他の第2PTメンバーはボスのタゲ取りをお願いします」
さらにアリスは自分を警護しているPTメンバー2人に声をかける。
「私たちも打って出ましょう。前に出たいので――」
その時、アリスは見た。
アディナとレイが何やら言い争っている。
(レイさん、あんなに血相を変えて……何が起きた?)
そういえば守護霊セーラの姿が見当たらない。
セーラはアディナの守護霊だ。
――まさか!
慌てて自分の守護霊用ワンドのDRAを確認する。
たった2348しか残っていない。
守護霊顕現中はDRAが急速に消費される。
守護霊エリノーラをずっと顕現していたのが仇となった。
アディナはアリス同様、ずっと守護霊を顕現していた。
DRAが尽きていてもおかしくない。
慌ててアリスはエリノーラの顕現を中止する。
(このままじゃ、巻き返すどころか……)
守護霊は強力な戦力だ。
たった1柱いなくなっても、戦力が激減する。
レイたちが戻ってきた。
「さっきアディナさんと何を話していたんですか……?」
アリスの質問にレイとサエラは深刻な表情を浮かべる。
レイは1本のスタッフを取り出してアリスに見せた。
このスタッフはアディナのものだ。
「セーラが使えなくなった」
予想通りのレイの解答。
こんな予想はできれば外れてほしかった。
セーラもエリノーラもヒーラー役だ。
ヒーラーの守護霊2柱が使えない。
防戦一方のこの苦しい局面で、それは致命的だ。
「なぁ、アリス」
この絶望的な状況でレイが一つの作戦を提案する。
「【セイクリッドフィート】を使え」
【セイクリッドフィート】はアリスのユニークスキル。
PTメンバーのリキャストタイムを一定時間0にする。
つまりDRAが許す限りスキルが打ち放題になる。
「セイクリッドフィートは1回しか使えません。どういう運用をしますか?」
アリスの問いにレイが答える。
「俺とサエラがマナストリーム連打でゾンビを殲滅する」
マナストリームは広範囲攻撃魔法。攻撃判定は使用者の周囲10m。威力も高い。上手く運用できれば、ゾンビの大群も一掃できるだろう。
「それは……危険すぎませんか……」
レイの作戦にアリスは反対する。
「硬直中に襲われたら死にますよ」
マナストリーム使用直後は2.5秒以上動けない。ゾンビの大群に殴られてHPを0にするには十分すぎる時間だ。
アリスの心配をよそに、レイは不敵に笑った。
「俺たちならできる」
レイの手に握られているのは、クリスという魔法短剣。ルシファーを倒した逸品だ。
(このピンチを打開する作戦を思いつくなんて、さすがレイさんだ……。レイさんになら全てを託すことができる)
レイの言葉には不思議な説得力がある。
レイができると言えば、本当にできる気がする。
2ndボス、リパルシャント戦でアリスが判断に迷った時、アリスはレイの圧倒的な個人技を信頼した。そして、レイは見事アリスの信頼に応えてくれた。
今回もレイならやってくれるだろう。
(――それでも!)
レイドRTA対決総指揮として、アリスは首を横に振った。
「その作戦は認められません」
「俺たちのことを信用できねえっていうのかよ!」
「逆です。信用しているからこそです。レイさんには――」
アリスが起死回生の作戦を伝える。
「研ぎをやってもらいます」
アリスが作戦の意図を説明する。
「そもそも苦戦の原因はDRA不足です。DRAが減っているから守護霊が使えない、スキルが存分に使えない」
JAOにおいてDRAはいわばMP。
MPを切らして強敵と渡り合えるはずがない。
「各人の守護霊登録武器とヒーラー武器を研ぎ終わったら、全員で一気に攻め立てます。この戦いはRTA。セイクリッドフィートはタイムを削るのに使いましょう」
「研ぎをしろって言ったって、こんな乱戦の中じゃ悠長にできねえだろ!」
レイの言う通り、戦況はますます苛烈になっている。
アリスたちのすぐ側で第1PTのメンバーが必死にゾンビを止めている。
「2ndボス戦で私はレイさんを信じました」
アリスはレイに伝える。
「今度はレイさんが仲間を信じてください」
元の世界のトッププレイヤーにも負けない、仲間の底力。
それを教えてくれたのは他ならぬレイだ。
「分かったっ!」
レイはパシッと膝を打ち、無邪気に歯を見せて笑う。
「その代わり、最速タイム頼むぜ」
「はいっ!」
アリスの想定では研ぐべき武器は10本以上。
研ぎ終わるには5分以上掛かる。
追加のゾンビもいずれやって来る。
持ちこたえるだけでも相当な難題だ。
それでもアリスは総指揮として方針を伝える。
「これから登録武器等の研ぎを行います! 皆さん、何が何でもレイさんを守って、最速クリアを達成しましょう!」
次回は8月30日の12時頃に更新の予定です。
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今回のレイドダンジョンは拙作『将来魔王になって夢の国でハーレムを目指す』とのコラボです。
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参考までにURLも張っておきます。 https://ncode.syosetu.com/n2551dl/




