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1-33 開業、移動工房



 しばらく狩りをした後、メテオジャムでレスターンに帰還。

 昼間あれほどごった返していたメテオジャム前には人がほとんどいなかった。プラチナムストリートも灯りがぽつんぽつんとまばらについているだけだ。けれども、空から満天の星と白く輝く月がほんのりと地上を照らしているので、辺りが見えなくなるほど暗いわけではない。


 きれいな空だな……。そういえば、昨日は空を観賞する余裕なんてなかったなぁ。年中光に覆われているゲームの世界も好きだったけど、優しい夜があるこっちの世界も悪くねぇ。



 サエラが遅れてやって来た。サエラはぼーっと立っているだけで何も言ってこない。時計アプリを見ると21:28だった。お子様にはもう遅い時間かもしれねえな。とっとと終わりにするか。


「おい、サエラ!」


「ふわぁ~。おはようございます~」


「こんなところで寝てるんじゃねえ!」


「レイさんが寝てたから、私も寝たんです~」


「お前じゃねーし、寝るか! 星見てたんだよ。それより、今日の研ぎ代払ってくれ」


 取引要請をサエラにとばす。



 取引ウインドウには、今日の研ぎ代だけでなく、三節棍とバスタオル20個、滅ゴブリンの魔石HRも表示されていた。慌てて取引をキャンセル。


「こいつらも研いでほしいのか? バスタオルと魔石は研げねえぞ」


「さすがにそれくらいは分かりますよー。三節棍もバスタオルも魔石も、全部レイさんにあげます」


「悪ぃ、チップは受け取らねえ主義なんだ。研ぎ代だけでいい」


「チップじゃありません。これはね、私の気持ちです」


「気持ち……?」


「ピーハイは代々受け継がれてきた聖剣です。一族の誇り、世界の希望、絶対に折れてはいけない剣なんです。レイさんがエストックを作ってチャーリーと戦ってくれなかったら――きっと折れていました」


 DRAの数値が6まで減ったんだ。折れなかったというほうが奇跡といえる。


「レイさんには返せないくらいの恩があるんです。だから、こんなもので済ますつもりもありませんが、これは私の感謝の気持ちです。受け取ってください!」


 サエラが勢いよく頭を下げる。サエラの気持ちは分かった。俺が逆の立場でもそうするだろう。でも――


「あんたの気持ちは分かったよ。でもな、俺は武器屋なんだ」


「武器屋……?」


「今日作ったエストックはあんたとピートハイプラスターの命を救った。武器屋として、これ以上の報酬はねえ。原価もずいぶんかかっちまったが、おつりが帰ってくるほど十分元は取れた」



「本当に何も欲しがらないんですね」


 俺の話を聞いてサエラはくすくす笑った。


「ボスを倒してバスタオル20個で満足していたやつに言われたくねーよ。それによぉ、俺は無欲でもなんでもねえ。でっかい夢があるんだよ」


「でっかい夢? 巨人のボスでも倒すんですか?」


「なんでそうなるんだ……。いや、ある意味合ってるか。俺の夢はなぁ、この世界での鍛冶屋界の巨人、タイランを倒し、世界一の鍛冶屋になることだ」


 俺の野望を語りきった時、右手の建物の灯りが目に飛び込んできた。それで、重大なことにハッと気がついた。

 ここはタイラン商会総本部前――昨日大勢の群衆相手に夢を語り、そして馬鹿にされた場所。


 い、言っちまった……。別に今更何を言われても、俺の夢を曲げるつもりなんてねえけどよぉ、また笑われるんじゃねぇか……。

 再びやってしまった失敗に顔が赤くなるのを感じた。



「――できますよ」



 思いがけない言葉に、恐る恐る視線を灯りからサエラの顔に戻す。


 サエラは笑っていた。

 でも、それは群衆やタイランのような軽蔑の感情が塗りたくられた醜悪な顔ではない。これから始まる楽しいことに心躍っているような素敵な微笑みだった。


「だって、相手はタイランだぞ。世界一の鍛冶屋で、S武器を広めた男だぞ。無謀だって思わねえのかよ……」


「できますよ。だって、あんなに立派な武器を作れるんです。私はもっと多くの人にレイさんの武器を使ってもらいたい。エストックが私たちを救ってくれたように、レイさんの武器がもっともっと多くの人たちを救ってくれるところを見たいんです。だから――」


 そう言うと、サエラは柔らかく笑って、


「その夢、私にもお手伝いさせてください」


 右手を差し出した。


「お前は簡単に言ってのけるけど、すげぇ大変だぞ」


「そうですか?」


「1テラ貯めなきゃならないんだぞ」


「何とかなるんじゃないですか」


「今日みたいな思いもするかもしれないぞ」


「レイさんがいてくれるなら、大丈夫です」


「まったく、お前は本当に変わりもんだよ――」


 俺は悪態で照れ笑いをごまかしながら、


「今日からよろしくな」


 今度こそ、右手を差し出して握手に応じた。


「こちらこそ、よろしくです」


 サエラがぎゅっと手を握り返す。

 初めて握った女の子の手からは、異性に触れるという体験に心がのぼせるような熱ではなく、心がゆっくり溶けていくような温かみを感じた。



「じゃあ、今日からお友達だね」


 サエラからフレンド申請がとんできた。もちろん、これを了承。


「まぁ、ダチっていうよりかは仲間だな」


「うん。仲間だね~。仲間が増えるのって久しぶり~」


 サエラが楽しそうにニコニコしてはしゃいでいる。



「それじゃあ早速、レイ君のお店に連れて行って~」


「店はねえ」


「がーん」


「どっかの誰かさんが工房を全部押さえてるとさ」


 親指で憎っくきタイラン商会を指差した。


「まぁ、工房が無くても、俺にはチートがあるから製造はできるけどな」


「チート?」


 そっか、ここは異世界だからチートの概念がねえのか。小説や漫画とかだったら、転生するときにチートをもらうっていうのは鉄板らしいから、向こうの世界だとチートっていわれても、イメージしやすいんだが。

 チートといわれても異世界人には何のことだか分からない。分かりやすく説明する方法はないものか……。


「レイ君はどこに移動しても製造できるから、人間工房だね」


 サエラは一人で納得した。

 人間工房か……分かりやすい。だが、何かキモい。絶対この言葉は使わねーぞ。

 何か、他にいい言葉はないか……そうだ!


「ああ、俺は移動工房の力を持っているから、どこでも製造できる」


 俺はチートのことを『移動工房』と呼ぶことにした。

 移動先で自由に製造ができる工房のチート。ってことで移動工房。

 安直かもしれねーけど、俺は昔からネーミングは安直だ。ハンドルネーム、キャラネームのレイ=サウスも本名の南礼をもじったものだし。



「じゃあ、これからは2人で移動工房を盛り立てていこうね~」


 サエラは俺の腕を掴んで万歳した。いつの間にか屋号になってやがる。ま、別にいいけど。



「移動工房、今ここで開業で~す!」



 サエラの開業宣言を受けて、再びタイラン商会に目線を戻す。


 首を洗って待ってやがれ、タイランのクソ野郎。

 魂のこもっていない粗悪品じゃなくて、魂のこもった本物の武器を広めてやる。

 そして、念願の場所、プラチナムストリート1番地に、俺の武器屋を建ててみせる!

1章のストーリーはここで終了です。




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