9-23 踏み出す時2
暁光のホームに行くと、角刈りの中年冒険者が案内してくれた。
現在はリビングルームでレイド対決の編成を決めなおす会議中だという。
「失礼します……って、えぇっ!?」
アリスはその光景に驚いた。
小さな酒樽がテーブルの真ん中に鎮座している。そして、全員の手にはジョッキが握られているではないか。
案内してくれたメンバー以外の顔が赤い。酒を飲んでいる証拠だ。
「ようこそ、暁光の剣の飲み会へ~。さ、じゃんじゃん飲もうぜ~」
「飲め」
女スカウトのニーネと女魔法使い風ギルドメンバーそれぞれが、ジョッキをアリスに押し付ける。もちろん中身は満タンだ。
「か、会議中ですし……」
「そんなの気にすんなって~」
「飲め」
「ビール好きじゃないんで、ほんと勘弁してください……」
「ちぇ~、せっかくカワイイ女子と飲めると思ったのによ~。ノリ悪ぃ~」
「残念」
押しの強い2人の誘いをアリスはなんとか断った。
この圧倒的なウェ~イ感。
非リア充のアリスにはつらい。
(というか、ちゃんと会議やれてるのかなぁ……?)
アリスは周りを見渡した。
一応、ホワイトボードには大勢のトップ冒険者の名前が書かれている。そして、ホワイトボードの前でペネストラとティルが、アリスそっちのけで議論している。
一応会議はしているようだ。
ペネストラがアリスに気づいてこちらにやって来た。
「アリスさん、ちょうどいいところに」
「どうしたんですか?」
「ジデたちにもう一度戻ってくるよう、説得していただきたいのです」
「ええ。そのお話をしに戻ってきました」
「その必要はない」
ティルがずいっと出てきた。
ティルはビールを一気に飲み干すと、壊れたレコーダーのように語り出す。
「どれだけプレイヤースキルがあろうともしょせん彼らはチンピラ6人の少人数ならともかく24人の集団行動なんてできるわけがないいや実際できていなかったこんなことアリスさんに説くまでもありませんがPTプレイで大切なのはチームワークしかもどんな敵が出てくるかもわからない危険な場所に俺たちは(ぶつぶつ)……」
騒がしい室内では、ティルの早口は聞き取れない。
ただでも声が小さいというのに。
「とりあえず、私の話を聞いてくれま――」
「大体彼らの頭の中は攻撃一辺倒彼らが無理をすることでDPSは上がるかもしれないがその分ヒーラーとタンクの負担は増えるヒーラーとタンクの負担を減らし最大パフォーマンスを維持するのが重要指揮PTの第3タンクにジデを任命したのもそのためだだがこれに関しては俺も間違いだったと言わざるを得ないなぜなら(ぶつぶつ)……」
「えっと……ジデさんたちは暴れたいだけじゃありません。3種のロールについての理解も……」
「暁光の剣は~、量より質重視だぁぁ~!」
泥酔した暁光メンバーが叫ぶと、
「俺も賛成だ! あいつらの勝手っぷりは、臨時で組んだこともあるから、よく知っている!」
「ジデ、キモい」
他のメンバーも賛成する。
ザディウェックは黙って酒をあおるだけだ。
ペネストラが助け舟を出す。
「アリスさん、俺たちは臨時に行かないから昔のジデのイメージが抜け切れていないんです。今のジデについて語ってください」
「む、昔とは違います。ジデさんたちは周りを見ずにスタンドプレイなんて……」
「今日の行動はどう説明するんですか?」
「そ……それは……」
ティルの投げかけた問いに、アリスは言葉が詰まってしまった。
(確かに最初にキレたのはジデさんたちだよ。ジデさんたちのほうが悪い。でも……、)
「彼らはチンピラ。常識的に考えて話が通じるわけがない」
(話が通じなかったのは、あなたたちが聞く耳を持たなかったからじゃない!)
「HP管理ヘイトコントロール物資これらについて円滑なコミュニケーションをとらなければならないそう教えてくれたのはアリスさんだコミュニケーションが取れな……」
「ふわあああああ~~~~~」
緊張感のないあくびがティルの話を止めた。
暁光マスター、ザディウェックだ。
「飽きた」
そう言うと、ザディウェックはテーブルの酒樽を抱えて部屋から出て行こうとする。
それが会議終了の合図だということは、よそ者のアリスにも分かった。
(こんな調子の人たちじゃ、常識的に考えてレイドは無理だよ……)
その時ニーネが立ち上がり、ザディウェックの進路を塞いだ。
「会議、勝手に終わんな。ギルマスだろ。あと、樽、持ってくなよ」
そして、毅然とした態度で全メンバーに注意する。
「アリスさんは口下手そうだから、煽り禁止! 特にティル、お前の話なんてみんな聞き飽きてんだよ!」
ニーネがティルに皮肉を言ったことで、空気が弛緩する。
ティルもアリスに頭を下げて、席に着いた。
ペネストラが麦わら帽子を取ってアリスに礼をする。
「アリスさん、教えてください。どうやってあの荒くれ者をしつけているんですか?」
『しつけ』――違う。
自分とジデさんたちは友達だ。
最初は自分の言うことを聞いてくれなかったけど、きちんと話せば分かってくれた。
「しつけたんじゃありません。私は前に踏み出せたから、私たちはお互いに理解し合えたんです。信じて戦えるようになったんです」
「『前に踏み出せた』……?」
「はい。あの頃、私は――」
アリスはレイと出会ったときの話をした。
常識が通じないことに怯えていたこと。
生き抜くためには『前に出ろ』とレイに教えられたこと。
自分のヒーラーとしてのプライドを示したことで、ジデが協力してくれたこと。
前に出たことで、世界が大きく広がったこと。
いつしか暁光メンバー全員がアリスの話を食い入るように聞いていた。
「エンヴァを倒したことで、支援は前に出てはいけないという常識を超えることができました」
アリスの話を聞いてペネストラがしみじみと感想を述べる。
「常識を超える。いいね。その瞬間を俺たちも味わってみたいもんだ」
ザディウェックがジョッキ片手に豪快に笑う。
「味わいたいじゃねえ、味わうんだよ――いつか俺たちもなあ!」
『常識を超える』
この言葉にアリスはハッとした。
この人たちは本気で常識を超えるつもりだ。
それに引きかえ、私はどうなんだ。
私こそ、ゲームの常識に囚われ続けたままじゃないか!
通常武器のみでレイドDは攻略不能。
前の世界では常識だった。
でも、この世界はゲームと完全に同じというわけではない。
常識に挑みもしないで、何を言っているんだ。
前に出ろ。
常識を超えろ。
今こそ、踏み出す時なんだ。
だったら、まずは――。
アリスはテーブルの上に置かれていたジョッキを手に取ると、ビールを注ぎ、ぐいっと飲んだ。
ビール独特の苦みが鼻に抜ける。
アリスはビールが好きではない。ジントニックやソルティドッグのようなオシャレでスッキリしたカクテルのほうが好きだ。
だけど――
「たまにはビールも悪くないですね」
アリスがそう言うと、暁光メンバーの顔がほころぶ。
いつも気難しそうに見えるティルの顔も楽しそうだ。
「いつかじゃなくて、今踏み出してみませんか?」
アリスの言葉にザディウェックが首をかしげる。
「今って言われてもなあー、何を踏み出すんだあー?」
楽しくてアリスがくすりと笑う。
「PT編成、ジデさんたちと一緒に組み直しませんか? お互いのことをもっとよく知れば――弱いとか、下手くそとか、無理とか、そんな常識超えられますよ。ううん、一緒に超えましょう!」
アリスにつられて、ザディウェックも笑った。
「そうと決まれば、会議再開だなあ! アリスさーん、ジデたちを連れてきてくれえ。ペネストラぁー、セラーからワインも持ってきてくれえー」
「あ、ジデさんたちシャレにならないくらい酒癖悪いんで。お酒はやめたほうがいいです……」
数時間後。
「ギヒ、いいんじゃねぇの」
「この編成ならよおー、どんな強敵でもいけるんじゃねえー」
ジデたちも暁光もみんな納得している。
アドバイスをしたアリスも同じ気持ちだ。
ジデ率いる第3PTのコンセプトは、ジデたち3人に最前線で暴れてもらうこと。
守備力は低いが、タイムアタックを制するにはリスクを避けず前に出るのも悪くはない。
ティルがアリスに頭を下げる。
「俺の編成よりも良いものができました。色々言って、申し訳ありませんでした」
「いや……私はただ常識を超えようと言っただけで……ほとんどアドバイスらしいアドバイスはしませんでしたし……」
ジャッジであるアリスはほとんど口出ししなかった。
作り上げたのは暁光メンバーとジデたちだ。
ペネストラが首を横に振る。
「それこそが最高のアドバイスでしたよ」
最後にザディウェックが音頭を取る。
「常識を超えたあ俺たちに敵はねえー! この勝負、絶対勝つぞおおおおお!」
ザディウェックの誇らしい表情を見て、アリスの胸の奥から熱いものが込み上げてきた。
(たとえレイドDへの油断が生まれたとしても、私たちは絶対に勝ちたい。――それがレイさんが教えてくれた『前に出ろ』ということだから)
次回は2月8日の12時頃に更新の予定です。
この作品を面白い、もっと続きが読みたいという方がおられましたら、下にある★★★★★のところを押して評価していただければ、非常に励みとなります。
こちらも読んでいただいたら嬉しいです。
【防御は最大の攻撃】です!~VRMMO初心者プレイヤーが最弱武器『デュエリングシールド』で最強ボスを倒したら『盾の聖女』って呼ばれるようになったんです~
本作の目次上部にあるJewel&Arms Onlineシリーズという文字をクリックしていただければ、飛ぶことができます。
参考までにURLも張っておきます。 https://ncode.syosetu.com/n6829g




