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9-5 7つの不足1

(注意)胸糞展開がある話です。苦手な方は最後だけ読んでください。

 レイド対決が決まった翌日。

 朝からレスターン神宮に集まって打ち合わせだ。

 もちろん議題はレイド対決についてだ。


「今日の新聞見たぁ!? 『タイラン商会と移動工房の直接対決開幕!』だってぇ! めちゃくちゃ盛り上がってるよ!」


 興奮しているメマリーの手には新聞が握られている。

 ヒナツがそれを手に取って読み始める。


「何々……。『【世界を救う6人】、王国最強の騎士団に挑む。【世界を救う6人】の1人メマリーのロングインタビュー……』メマリー、なに勝手に単独インタビュー受けてんのさ! ずーるーい! あたしも受ければよかった!」


 そう言ってメマリーの脇をくすぐるヒナツも、「やめてぇ~!」と転げ回るメマリーも楽しそうだ。


「【世界を救う6人】か……。良い二つ名じゃん!」


 フェーリッツがあごに手を乗せ、ニッと笑う。

【世界を救う6人】とは、ルシファーを倒した俺たちのことだろう。

 ルシファーなんか、放っといても何もできなかった引きこもりなのによぅ。救うなんて、大袈裟すぎだろ。



「レイさん、俺たち【世界を救う6人】の新たな戦いの始まりなんだ。そんな厳しい顔をしないでくれよー。笑顔~、笑顔~」


 フェーリッツが俺にからんでくる。


「今日の主役に比べたら、まだマシだと思ってんだけどな……」


「今日の主役って誰っすか? レイさんより怖い顔をしているやつなんて……」


 フェーリッツが辺りを見回す。


 この場に居るのは5人。

 俺、フェーリッツ、メマリー、ヒナツ、サエラ。

 だが、主役はまだ到着していない。

 ルシファーを倒した6人目といえば……。


「すみません、遅れました」


 ふすまが開いて1人の長身の女性が入ってくる。



「遅ぇぞ――アリス」



 本日の主役はやはり固い顔をしていた。




「これで全員そろったし、攻略検討始めるぞ」


「レイさん……、私に話をさせてくれませんか?」


 アリスが挙手をした。

 その手は震えている。


「いいぜ。お前が話をしなきゃ始まんねえからな」


「……まずは遅刻してごめんなさい。昨日……といっても、今朝5時まであれこれと考えていたもので……、寝過ごしてしまいました。ごめんなさい」


「平気、平気~。遅刻ぐらい誰も気にしないよ~」


「サエラ、あんたはもうちょっと気にしようよ……」


 マイペースなサエラに、ヒナツがつっこむ。


「俺たちの参謀ポジのアリスがそこまで考えてくれたんだったら、めちゃくちゃ心強いっていうかー」


 フェーリッツも無邪気に喜んでいる。



 異世界人は何も知らない。

 知っているのは転生者である、俺とアリスだけだ。


「アリス、お前の意見を聞かせてくれ」


「はい。通常武器のみレイド攻略、この難行をどうやって達成できるのか。私なりに一生懸命考えてみました。結論は……」


 みんなの視線がアリスに集まる。


「…………」


 アリスの口元がわずかに動いたが、言葉は出てこない。

 残酷な現実を告げるのを躊躇ちゅうちょしているんだ。


 気持ちは分かるぜ。

 純真な期待を裏切るってのは胸が苦しいんだ。

 でもな――、



「教えてやれ。レイドの常識ってやつを――」



 現実を知らなければ未来の話はできねえ。


「……分かりました。伝えます」


 唇を噛み、意を決してアリスが告げる。






「私たちにレイドを攻略することは――できません」






 夢も希望もない結論に異世界人全員の顔が曇った。

 そして、すぐにフェーリッツの目尻が吊り上がる。


「レイさんの武器でレイドに挑戦する。これは俺の夢だ。つまんねえこと言うんじゃねーよ!」


「本当にごめんなさい……。でも、1人の夢を叶えるために、無茶な攻略はできませんから……」


 怒りの感情剥き出しのフェーリッツに、アリスがひたすら謝る。


「アリス、これを見ろ!」


 フェーリッツが新聞をテーブルに叩きつける。


「俺たちの肩には大勢の人の期待がかかっているんだ! 今さら引き返せるわけねーし!」


「いつでも引き返せます。レイドメンバー全員死亡エンドが訪れる前ならば――」


「何だよ、それ。本気で戦わないわけ。俺は、あんたみたいに後ろ向きな気持ちで戦わないし」


「ごめんなさい。そういう問題じゃないんです。通常武器縛りのレイドなんて、常識的に無理なんです」


「レイさんの武器が信じられねーわけ!」


 食って掛かるフェーリッツにアリスの目がうるむ。


「私だって信じていますよ! でも、常識的に考えて無理なんです……」


「常識、常識って……! つまんねえこと言うんじゃねえよ!」


「私だって、どうすれば攻略できるのか考えました。それこそ朝までずっと。……でも答えは見つからなかった。常識は覆せないから、常識なんです」


 涙をぬぐい、アリスはフェーリッツを睨む。


「私はヒーラー。命を預かる仕事。むざむざ仲間を死なせるわけにはいきません!」


 涙目になりながらも、一歩も引かないアリス。

 夢を否定されたフェーリッツも、アリスのヒーラーとしてのプライドを感じたのか、口をつぐんだ。


「フェーリッツ、アリスの話を聞け。文句はそれからでいい」


 俺の言葉でいったん場が収まった。




 落ち着きを取り戻したアリスが説明を始める。






「今回のレイド攻略が失敗する理由。それは――『7つの不足』です」






「7つもあるんだ……」


 サエラが肩を落とすのも無理はねえ。

 劣った点を1つ、2つでも挽回するのだって大変だ。

 7つだとどれぐらい苦労するのか分からねえ。



「通常武器縛りのレイド攻略が抱える『3つの不足』について説明します」


 レイドにおいて課金武器が通常武器よりも圧倒的に有利な点を説明するのだろう。


「まずはDRA不足。レイドDのボスのHPは真ECのダンジョンボスと比べても桁違いです。通常武器ではボスのHPを削り切る前に、こちらのDRAが無くなってしまいます。一方、課金武器のDRA・SDRAは通常武器の50倍。DRAが尽きることなく戦えます」


 物理攻撃をすると、わずかにDRAが損傷する。

 普通のボス相手だと無視できるほどの小さな数値なのだが、レイドDのボス相手ではそうもいかない。

 DRA不足は、通常武器縛りによるレイドD攻略が不可能だとされる1番の理由だった。


「でも、DRA不足ならレイ君の研ぎで問題ないよね?」


「はい。これに関してはサエラさんの言う通りです。DRA不足で詰むということはありません。ただ、研ぎに多くの時間を割かれるので、タイムアタックという点では大きく後れをとることになります」



「アリス、課金武器の最大の利点について教えてやってくれ」


「課金武器にはレイド特効が付いています」


 アリスの説明にサエラが質問する。


「レイド特効?」


「威力、命中、回避、防御の内蔵魔石の効果がレイドMob相手だと1.2倍になります。これも非常に強いのですが、もっと重要な効果があります」


 レイドMobとは、レイドDのみ出現するMobだ。

 レイドMobには課金武器のレイド特効が乗る。

 課金武器はレイドMobに極めて有利をとれるのだ。



「――それは耐レイドの魔石です」


『耐レイドの魔石』という存在を知って、異世界人たちの顔が曇る。

 レイドは素人でも、彼らもECや真ECをいくつも攻略しているゲーマーだ。JAOがどんなゲームなのかはもちろん理解している。

 JAOはワンパンゲー――たった1撃もらっただけで死ぬこともあるということを。


「レイドMobの攻撃力は雑魚Mobでさえ滅人の魔石込みで設定されています。つまり、ECのMobと比べると、はるかにATKが高いです」


 みんなアリスの説明を食い入るように聞いている。


「特にボスのATKは高く、耐レイド無しで防ぐことはできません。もちろん耐レイドの魔石が内蔵されているのは課金武器だけ。つまり、通常武器を使っている限りボスの攻撃を耐えられません。基本、余裕でオーバーキルです」


 耐レイドの魔石はレイドMobから受けるダメージを大きく減算する。

 タンクはおろか他のロールでも欲しい効果だ。


「以上が2つ目の不足――防御力不足です」



 アリスの解説に皆うつむいてしまった。

 さらにアリスは解説を続ける。


「ここまでくれば3つ目の不足は何か分かりますね。防御力不足と対の存在――攻撃力不足です」


 俺が補足を入れる。


「タイムアタックだから攻撃力不足だと不利をとられるのは当然として、DPSの不足はボスや雑魚レイドMobに押し込まれることにつながる。そこから迎える結末は――全滅だ」


 レイドMob、特にボスのHPは桁違い。

 通常武器だから火力が低くてもしょうがないとか言い訳をしているようじゃ、話にならねえ。




「ここからは、この世界でレイド攻略ができない『4つの不足』について話します」


 JAOはゲームだったから、レイドは攻略できた。

 しかし、ここは異世界。ゲームじゃねえ。

 レイドを攻略できない要因が存在する。


「まずは4つ目。物資不足です。耐久、威力、防御、命中、回避の基本5種はもちろん、各種耐滅の魔石、スキル魔石、状態異常耐性ポーション等の消耗品……。レイド対決までに大量にそろえなければ、本番はどうにもなりません」


「でも、わたしたちはたくさん王様に魔石やお金をもらったよ。それでも足りないの……?」


 メマリーの言うことには一理ある。

 俺たち6人なら自分の物資を余裕で確保できる。

 だが――。


「私たちはそれでも構いませんが……。レイドクエストは24人で挑むものです。他の冒険者は私たちほど資産がありません……」


 他の冒険者は程度の差こそあれ、まだまだ資産は少ない。

 アリスの説明に俺が補足を入れる。


移動工房うちのHU武器すら買えない冒険者だっている。そんな程度じゃ、レイド攻略は厳しい。まして通常武器縛りなんてな……」



「次の説明に入ります。この世界でレイド経験があるのは、特選騎士団を除いて、私とレイさんだけです。あとは全員レイド初心者」


「でも他のECなら戦え――」


 ヒナツが反論しようとするが、


「EC――いえ、真ECと比べても、レイドDは雑魚Mobでさえ強さも数も段違いです。当然ボスは言うに及びません。そんな厳しい狩場でレイドのイロハも分からない初心者が戦えると思いますか?」


 誰も何も言えなかった。

 全員経験豊かなプレイヤーだからこそ、アリスの言葉の重みが分かるのだ。


「――経験不足。これが5つ目の不足です」



「6つ目は情報不足です」


 アリスが次の説明に移る。


「レイド攻略には必要な前提や知識をたくさん知っていなければいけません。情報を集めたうえでなければ、準備もできないですし、上手く立ち回れません」


 前の世界ではインターネットが発達している。

 チーフプロデューサー伊澤星夜のレイドD紹介動画、有名配信者による実況や解説動画、Wikiや掲示板、まとめサイトにSNS……。攻略情報はいくらでも落ちていた。


「しかし、検索不能のこの世界では情報は一切クローズド。レイドボスの名前すら分からない。どうやって事前に対策を立てろというのですか?」


 ゲーム攻略は情報が命綱。

 情報不足は不意の死を招く。


「『情報が分からない』だぁ!? 笑わせんなよ!」


 フェーリッツが立ち上がって反論する。


「俺はレイさんやアリスさんがここにやって来た何年も前から、たった1人で超難易度のダンジョンに潜入し情報を集めてきた。誰もできないっていうんだったら、俺1人で――」


「できませんよ。1度レイドDに入ったら、最初のボスを倒すまで出られませんから……」


 普通のダンジョンは、入口まで戻れば外に出られる。

 レイドDではそうもいかない。

 無事に出られない以上、フェーリッツのやり方では通用しないのだ。



「はぁ!? じゃあ、どうやってアリスたちは情報を集めていたんだよ? 情報があるってことは誰かが集めてたってことだろ!?」


 フェーリッツの疑問に俺が答える。


「トライ&エラー――『死に戻り』だ」


「『死に戻り』だって……? レイさん、いくらあんたでも、そんな人間やめてるようなことができるわけが……!」


「できたんだよ」


 答えたのはサエラだった。


「昔、レイ君から聞いたことがあるの。レイ君が『げえむ』として遊んでいた時は、死んでもすぐに復活できたんだって……」


 当たり前だがJAOはゲームだ。

 ゲームの中で死んでも、現実で命を取られるわけがない。

 しかも、ヴァリュアブルストーン1個を消費するだけで、死亡しても即復活。

 命の重さがまるで違う。


「……レイ君。レイドで何回『転んだ』の?」


『転ぶ』という言葉はゲームでよく使われる『死ぬ』のスラングだ。


「数えたことねーよ。アリス、数えてたか?」


「いえ……。ですが、さすがに100回は超えていないかと……」


 こっちの世界の住人たちはもう何も言えない。

 冷静に考えると俺とアリスの会話はシュールすぎる。


「これが最後の不足――命不足です」




 沈黙で耳が痛ぇ……。


 厳しすぎる現実に、異世界人は何も言えない。

 何も言えないのはアリスも同じだろう。

 押し黙ったままの時間がただただ長い。

 5分? 10分? 15分? それとも、ほんの1、2分?


 アリスが説明した7つの不足――こんなものはレイドを知っているやつから言わせれば常識だ。

 アリスがさっき言っていたように、常識は簡単に覆せないから常識なのだ。



「……帰るわ」


 そう言って俺が立ち上がると、


「聞いてくれ!」


 フェーリッツも立ち上がった。


「アリスとレイさんが、俺たちのレイド挑戦を無理だっていう理由はよく分かった。それでも――」


 フェーリッツが歯をギリッと食いしばる。

 そして、叫んだ。


「レイドDのクリアは俺の夢なんだ! レイさんたちが諦めても、俺は絶対に諦めてたまるもんか!」


 熱く夢を叫ぶフェーリッツに、アリスが目を伏せる。


「精神論ではクリアできません……」


「それも分かってる。冒険は準備が命。足りないものを埋めていくよう、この1か月死に物狂いで努力する。だから、頼む――」


 アリスが「そんなことは……」と制止するのも聞かずに、フェーリッツが頭を勢いよく下げた。




「俺と一緒に攻略検討をやってくれ!!」




「フェーリッツ、お前勘違いしてんじゃねーぞ」


 ドスの利いた声で俺になじられても、フェーリッツは頭を下げ続けている。


「『俺がレイド挑戦を諦める』だぁ!? んなこといつ言ったぁ?」


「レイさん!!」


 フェーリッツが顔を上げた。


「俺は未来の話をしに来たんだ。現実が厳しいからといって、黙ったままのやつなんかと話ができるか!」


 俺はドカッと腰を下ろし畳の上であぐらをかいた。


「通常武器の力不足と、この世界特有の不足――7つの不足をカバーする戦略を立て、実行する力をつける。これが、この1か月の目標だ。達成できなかったら、スッパリ諦めろ。いいな!」


「もちろんっしょっ!!」


 冒険野郎が吠えた。

 いいつらだ。

 俺もがぜんやる気になってきたぜ!


「現実のレクチャーはこれでおしまい。これからは未来の話――7つの不足問題についての検討を始めるぜ!」

次回は9月28日の12時頃に更新の予定です。




この作品を面白い、もっと続きが読みたいという方がおられましたら、下にある★★★★★のところを押して評価していただければ、非常に励みとなります。




こちらも読んでいただいたら嬉しいです。


【防御は最大の攻撃】です!~VRMMO初心者プレイヤーが最弱武器『デュエリングシールド』で最強ボスを倒したら『盾の聖女』って呼ばれるようになったんです~


本作の目次上部にあるJewel&Arms Onlineシリーズという文字をクリックしていただければ、飛ぶことができます。

参考までにURLも張っておきます。 https://ncode.syosetu.com/n6829g

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