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1-30 44.3%に命運を託す

説明が多いです。苦手な方は、焼入れまでは読み流してください。

 サエラにピートハイプラスターを取り返すと俺が言い切った後、サエラは「信じます」とだけ言って、再びチャーリーに向かって行った。



 武器製造には5分ほどかかる。その間、俺は武器製造に集中しなければならない。


 ダメージを受けても作業は中断されないが、製造中は武器を持つことはできない。つまり、一撃でもチャーリーの攻撃を受ければ即死だ。

 もちろん、サエラはチャーリーのタゲを抱えようとする(チャーリーの攻撃対象になるように行動すること)だろう。しかし、チャーリーのタゲが外れてしまうことだって十分にある。


 そもそも、サエラが5分間チャーリー相手に持ちこたえることができるかどうかは分からない。スキル、いや通常攻撃でさえもサエラのHPでは即死する可能性がある。逃げ回る用のワンドを渡しておいたとはいえ、サエラにとって分が悪い。


 そして、サエラが最大限の仕事をしても、武器が製造できる保証なんて、どこにもない。製造が成功する確率は44.3%。この44.3%に、俺たちは全ての命運を託さなければならねえ。



 体中がビリビリと震える。さっきまでの震えとは全く違う。

 ゲームの全国大会の決勝戦の席に着いたとき、こんな感じの震えが起こったっけ。いいや、違うな。その時よりも、ずっと体の芯から湧き起こる熱い震えだ。


 今、俺ははっきりと感じている。俺が転生してきたのは、ピートハイプラスターを取り返すため、サエラの未来を繋げるためなんだと。


 両手で頬を思いっきり叩く。バシンッという快音。叩かれた頬にも叩いた手にもヒリヒリとした痛み。

 間違いない。この世界はリアルだ。


 ――さあ、製造開始といくか。



 まずは、サブ技能ウインドウを起動し『武器製造』のアイコンをタップ。ここから武器製造の工程が開始する。


 JAOでは、全ての武器は日本刀と同じ方法によって製造される(棍のような木の武器でも!)。JAOのキャッチコピー、『日本人の日本人による日本人のためのVRMMO』ってやつなのだろう。だが、あくまでゲームなので複雑な工程は省略され単純化されている。



 最初の工程は火起こしだ。


 火の魔石を発動させて火を起こす。風の魔石を発動させ種火に投げ入れると、ぶわっと風が巻き起こる。小さな種火は炎へと変わった。

 ここは工房ではないので炉はもちろん無い。だが、この炎が炉の代わりとなる。

 火起こし完了。



 次に、積み沸かしを行う。


 武器の材料となる金属と魔石を取り出して、和紙に包む。

 使う魔石はもちろん12個フル。レアリティもゲームの頃の相場で換算すると適正なものばかりだ。タイラン商会で売っているような粗悪品とは訳が違う。


 土の魔石と水の魔石を同時に使って泥を作り出し、さっきの包みに振りかける。泥を振りかけたら、包みを炎の中に投げ込む。

 十数秒後、地面に置いた金敷の上に、熱された金属塊が出現した。沈む直前の夕日のようにオレンジ色に輝いている。これだけでも目が奪われる。だが、こんなのは本当の姿じゃねえ。完成品は比べものにならないくらい美しい。


 金属塊は金属と魔石が微妙に溶け合った状態なので、まだいびつな形をしている。金属塊を鎚で叩き続けると、ごつごつした形の物体が、美しく整った直方体へと姿を変えた。

 金属と魔石という異なる物の寄せ集めが一つに混じり合っている。いうなれば、この状態の金属塊は武器の赤ん坊だ。これを鎚によって一人前の武器へと鍛え上げる。それが武器製造だ。



 次の工程は鍛練だ。


 熱された金属塊を鎚で叩く。そのたびに、金属塊の表面から垢のようなものが現れ、そして剥がれていく。リアルの日本刀製作だと、垢のようなものの正体は玉鋼に含まれている不純物らしい。

 次から次へと垢が現れ剥がれていく様子は、まるで金属塊が武器へと脱皮していく過程のようにもみえる。


 ダンジョン内に金属塊を叩く金鎚の音が響き渡る。澄み切った心地よい音色が奏でるメロディーは優れたBGMだ。


 何回か叩くと、金属塊の真ん中に切れ目が出現。切れ目が出現すると、金属塊は作りたての飴のように真ん中でぐにゃりと曲がるようになる。

 切れ目が金敷のふちにくるように金属塊を移動させる。金敷からはみ出したほうを叩くと、金敷に対して金属塊が垂直に折れ曲がる。そして、金属塊をひっくり返して、上を向いている金属塊を下の金属塊とひっつけるように叩く。そうすると、金属塊が半分に折り重なる。

 この作業を5回行えば鍛練の作業は終了。



 鍛練が終わったら、火造りだ。


 火造りとは金属塊を叩くことで武器の形状にしていく作業だ。もちろん、ゲームなのでただ叩いているだけで自動的に形は変わっていく。

 そうはいっても、鎚で叩くごとに四角い金属塊が武器の形になっていくのは、やっぱり心が躍るもんだ。


 金属塊を何度か叩くと、直方体が三角柱に少しずつ変化していった。そして、鎚で叩くたびに、三角形の1つの頂点がだんだん伸びていく。叩けば叩くほど伸び、やがて長細い三角形となった。さらに叩くと、三角形の広がっていた部分が、柄やつばへと変化していく。

 もう、外見だけなら立派な剣といえる。いい出来だ。数分前までは金属塊と魔石の寄せ集めだったとは思えない。


 こんなの見たら、テンションが上がっちまうじゃねえか。早く、こいつを振るって活躍させてやりてぇ!

 だが、まだだ。まだ武器製造が成功したわけじゃない。余程のへまをやらかさない限り、火造りまでは100%成功する。

 こいつはまだ剣とは呼べねえ。今の段階じゃ、剣の形をした金属塊でしかない。



 さあ、いよいよ焼入れだ。


 武器製造の成否判定は焼入れで行われる。失敗すれば、これまでの苦労が水の泡だ。


 ペンチで剣状の金属塊を持ち、これを再び炎の中に入れた。

 数十秒経てば金敷の上に赤く熱された金属が出現する。その前に水の魔石を使用して、刀身を冷やす船(水槽のこと)を作っておく。何もない空間に炉ができたように、何もない空間に水が集まり船になった。

 はやる気持ちを抑えて、ただじっと炎を見つめる。炎が激しく燃える音と火花が弾ける音しか聞こえない。全神経が武器製造に集中している。今は、それ以外のことなど、もはや何も考えられない。全身が汗だくになっているのも、火を使っているという理由によるものだけではないはずだ。



 赤く熱された剣状の金属塊が金敷の上に出現。すぐさまこれをペンチで掴み、船の中に差し入れた。

 目を見開き、船を見つめる。緊張で瞬きもできない。全ての命運を決める一瞬が、間もなく訪れるのだ。


 失敗なら、金属塊が消滅する。

 成功なら、剣が水色に輝く。

 はたしてどっちだ!?



 水中から燦然さんぜんと輝く、ライトブルーの光。船から剣をすっと引き上げた。


 柄にも鍔にも刀身にも何一つ無駄な装飾が施されていない、戦うための剣。細くて長い刀身はどんな固い敵でも貫けそうだ。細い刀身が水に濡れて美しく光っている。


 ――よし。


 低い感嘆の声が思わず漏れた。

 まだピートハイプラスターは取り戻せていない、チャーリーも倒せていない、それどころか、まだ武器製造の工程さえ残っているというのに。


 剣を握り、インベントリを確認。『エストック(Uランク)』の記載有り。

 武器製造は――――成功した。



 だが、これで全ての工程が終了したわけではない。製造直後の武器はDRAが最大値の10分の1になっている。これじゃあ戦えない。

 そこで最後の仕上げとして、研ぎを行う必要がある。


 研ぎにかかる時間は普通の研ぎと同じで30秒だ。普段なら大した時間じゃないといえる。

 目の前に出来たての新武器があるのに使えない。そんな状況で30秒は気が遠くなるほど長く感じられる。

 早く振るいたい誘惑に耐えながら、懸命にエストックを研ぐ。その一研ぎ一研ぎが運命を切り開く力になることを信じて。



 やっと30秒経過。研ぎが完了したという内容のメッセージウインドウが空中に出現。これをさっとスワイプして消し、エストックをぐっと握る。

 武器製造を開始してから初めて遠くを見る。サエラは――まだ戦っていた。


 さぁ、反撃開始だ。



 外付けの魔石を填め、チャーリーに向かって一直線に走り出す。


 相変わらずチャーリーは新しい玩具をぶんぶん振り回していた。攻撃は当たっていないが、愉しそうに笑っている。だらしなく緩んだ頬はとても戦闘中だとは思えない。


 その剣は魂のこもった武器なんだ。そうやって遊ぶもんじゃねえんだよ!


 チャーリーが大振りの一撃を振るった、その一瞬を狙い、


「お前の相手は――俺だ!」


 鋭い突きをチャーリーの背中におみまいした。



 刺したところから赤いエフェクトとともに、数字のエフェクトが出現する。

 1008――1――そして、8のエフェクト。

 つまり、俺の1突きでチャーリーに与えたダメージは100,818。まあまあだな。でも、残りHPの6分の1以上は削れたはずだ。



 チャーリーが体勢を変えてこちらへ向き直ろうとする。


「おらぁ!」


 胸元に激しい突き。突きとともにエストックから砂が舞い出る。


「グギャッ」


 チャーリーが砂に目を奪われた。その隙に、もう一撃。

 踏み込みすぎてしまったため、チャーリーの剣撃が腕に当たってしまったが、DOGを十分上げていたので被弾せず。


「ゲギャア!」


 負けじとチャーリーはピートハイプラスターで突こうとしてきた。だが、その剣先が届く前にエストックが右手を貫く。剣の差し合いで、エストックが負けるかよ!


 一突きごとに5桁後半から6桁前半までの数字が湧きあがる。チャーリーのHPバーがどんどん削れていき、あっという間に真っ赤になった。さっきまでのサエラの苦戦が嘘のよう。HPが0になるのは時間の問題だ。



 チャーリーの左肩口を、強く押すように激しく突く。威力と比例するように激しい砂嵐がチャーリーを襲う。


 だが、チャーリーは倒れなかった。

 ほんの数秒前までとは顔つきが変わっている。目を吊り上げ短い牙をむき出しにした、憤怒の表情。もう遊びにふける余裕なんてどこにもない。敵を殺す――やつの頭にあるのは、きっとその一点だけ。


 でもなぁ、こっちだって、いやこっちのほうこそ、ムカついてんだよ!

 サエラの誇り、想いの詰まった剣を破壊寸前までもてあそびやがって。てめぇは絶対ぇ許さねえ!



 ピートハイプラスターを正眼に構えて、俺をギッと睨む。その様子を見て俺は警戒度を上げる。

 チャーリーがゆっくりと剣を上段に構えると、体が金色に輝き始めた。

 あいつめ、何が何でも俺を殺る気だな。相手がどんなステータスだろうと関係ない。最強の攻撃ラグナエンドの前では。


「グギャアアア!」


 猛る咆哮とともにラグナエンド発動。命を賭した最後の攻撃。


 だが、この攻撃が最後になるのは、チャーリーだけじゃねえ。俺、そして、サエラにとってもそうだ。ラグナエンドはDRAを600も消費する。チャーリーはスキルを濫発していたので、そろそろピートハイプラスターがポッキリ折れてもおかしくない。

 もうこれ以上は戦えない。ラグナエンドで終わる前に、俺がこの手で終わらせる!


「させるかよ! ――ライトニングスタブ!」


 スキル発動と同時にエストックの剣身が帯電。その刹那、ピートハイプラスターが振り下ろされるよりもはやく、疾風迅雷の一撃がチャーリーの胸に届いた。


 ドゴォォォン! 

 そのまま受け身を取る間もなくチャーリーは洞窟の壁に激突。遅れて159,397というダメージエフェクトが出現。

 ボスの体が3度黄緑色に輝くと、ワイヤーフレームでレンダリングされたグラフィックに変化した。そして、


「ギャギャギャギャアアアアア~~!!」


 ゲームよりも悲壮感のこもった断末魔の叫びをあげ、フレームが大爆発して消滅した。

 ただ一本の剣をそこに残して。


この作品を面白い、もっと続きが読みたいという方がおられましたら、下にある評価をしていただければ、非常に励みとなります。

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