1-29 俺にしかできないこと
(注意)非常に難解な考察・胸糞展開がある話です。苦手な方は最後だけ読んでください。
まず現状を整理しよう。
俺の見立てでは、HPは50万ほど残っている。生半可な攻撃じゃ長期戦になってしまう。
ここで問題になるのは、ピートハイプラスターのDRAだ。
ピートハイプラスターは耐久の魔石が1つも組み込まれておらず、DRAが4400しかない。
さらに厄介なのはスキルの仕様だ。JAOではMPの概念がない分、DRAを消費してスキルを使用する仕様になっている。
長引けば長引くほど、チャーリーはスキルを濫発しDRAを減らしていくだろう。短期決戦が望ましい。
チャーリーのATKは7000を超えていると思ったほうがいい。この程度のATKなら本来なら俺が死ぬことはない。ラグナエンドをまともに受ければ別だが。
調子に乗ってDEFを上げ過ぎると、ATKがDEFを超えてDRAが損傷する。そのあたりの見極めが大事になるだろう。
ピートハイプラスターには命中の魔石HSが2個と回避の魔石HSが1個内蔵されている。相手のDOGは高くないので、命中面は問題ない。
ただ、回避面はそうもいっていられない。HS魔石の効果は1個で1050だから、チャーリーのHITは少なくとも2100はある。いや、元のステータス分の上乗せがあるから、3000はあるとみていい。決して低くはない数字だ。回避の魔石でしっかりケアする必要がある。
サブウエポンの三節棍で、ピートハイプラスターを折らずにチャーリーを倒せるかどうかを考える。
三節棍のレシピ。
種類:SS三節棍
ランク:SS
内蔵魔石:命中の魔石HS×1
命中の魔石S×2
威力の魔石HR×2
命中の魔石HR×1
これで、HITが2250上昇する。もう命中について検討する必要はないな。
ATKの計算は非常に複雑なので、HITやDOGみたいに簡単には分からない。だが、チャーリーを倒すには全く話にならないのは確かだ。
ウインドウを操作し、電卓のアプリを呼び出す。電卓を必死に叩いて、この状況を打開できる解を探す。
外付けできる魔石の数は7個。
JAOでは、ATKがDEFを下回った場合だけではなく、攻撃が命中しただけでもDRAが減少する。
三節棍のDRAは1900しかねえ。耐久の魔石がないと、相手のHPを削りきる前に三節棍が折れちまう。
というわけで、SSを填める必要がある。耐久の魔石SSを2個填めればなんとかなるな。
DOGを確保すると必中エリア以外当たらなくなり、とれる行動に幅が出る。
それに、攻撃が命中するとDRAが減少する。チャーリーの攻撃を避け続けることで、ピートハイプラスターのDRA減少を少しでも抑えることができる。だから、DOGは十分に確保しておきてぇ。
チャーリーの想定HITを仮に3000とする。SS魔石の効果は1個で2300だから、回避の魔石SS1個ではほとんど効果がない。やはり2個必要だろう。
DEFはチャーリーのATKを7600と仮定して計算すると、――2番目に威力の高いスキル、ヴァーティカルムーンのATKは10582~17883か。ここから防御の魔石SSを2個填めると4600減少するから、被ダメの最低値が5982になる。
って、俺のHP4370しかねえし。死んじまうじゃねえか! こりゃ、スキルは一発ももらえねえなぁ。3番目に威力の高いジェットスラストでもやべえかも。
通常攻撃はどうだ。防御の魔石SS2個填めだと、被ダメが最高5280になる。通常攻撃でも上振れしただけでも死ねるぞ……。
じゃあ、防御は3個にしよう。それなら、通常攻撃で即死しねえ。運が良ければ、ジェットスラストやヴァーティカルムーンも下振れしたら耐えることができるようになるしな。
これ以上防御を増やしてしまうと、DEFが上がりすぎてピートハイプラスターが折れてしまう。防御3個でも心配なのに……。
って、ダメだダメだ! 防御3個と耐久2個と回避2個って、外付けの7枠全部埋まっちまうじゃねえか。威力の魔石を填められねえ。やり直し!
回避を捨てて防御に振るか。いや、本末転倒だ。回避を捨ててしまったら、ダメージを受けるリスクは跳ね上がる。
いっそのこと、防御0個にしてATK3個で考えてみるか。防御1個も0個も、即死という結果は変わんねえからな。
防御を捨てるとなると、三節棍の通常モード(3つの短い棍をヌンチャク状にして戦うモード)じゃ危なすぎる。射程の長い棍モードでいくしかねえ。
チャーリーのDEFを1000と仮定すると、与ダメは平均9673。――52回突けば倒せるのか……。
はぁ!? 敵の攻撃を全てかわしながら、52回も攻撃を当てなくちゃいけねーのかよ! 無茶だろ、それ!
じゃあ、ATKを最低限にして、あとは防御全振りにするのは?
チャーリーのDEFはおそらく1000前後だ。威力は1個あれば足りる。
こうすれば、耐久2個回避2個威力1個になる。外付け魔石は残り2枠。全部防御にすると、通常攻撃を受けても死なない可能性がでてくる。奇跡が起きればなんとか……。
いや、無理だ。威力SS1個じゃ、DPS(秒間ダメージ)が低すぎる。倒しきるまでに時間がかかりすぎて、それまでにピートハイプラスターが折れるのがオチだ。
奇跡すら起きねえのかよ……。
サエラと協力するのはどうだ?
……いや、ダメか。サエラが持っている武器はワンドのみ。攻撃系の魔法スキルの魔石は持ってきていないので、状況は何も変わらねえ。
くそっ! こんな弱っちい武器じゃ、どうしようもねえ!
SS武器なら、HS相当の魔石がフルで12個組み込まれているのが普通だ。だが、この三節棍はHSが1個、Sが2個、HRが3個しか組み込まれていねえ。サエラの持つワンドだってそうだ。
一方、ピートハイプラスターの魔石のランクは、SS武器らしく全てHS。数は当然12個。レアリティのことも考えたら、標準的なSS武器よりも絶対強い。どうがんばったって、性能差で押し込まれちまう。
ダメだ……。
どこをどういじっても、どこかのステが足りなくなる。これじゃあ、どうやっても詰んでるじゃねえか…………。
いつしか電卓アプリを叩くのをやめ、装備ウインドウにある三節棍の表示をただただ見つめていた。
三節棍を見ていると、タイランのにやけ面や店長のむかつく笑みを思い出す。
この三節棍を作ったのはあいつらの一味だ。同じように金のことしか考えていないクソなのだろう。そんなやつらが作った武器なんて、しょせんは粗悪品。作った職人の魂が何も込められていねえ。
それに対して、ピートハイプラスターはサエラの先祖代々に伝わる名刀だ。サエラの御先祖たちの思いが積み重なっている。端っから勝負になるわけねえ。
そのことに気づいてしまった時、理性じゃ抑えられないほどの震えが襲ってきた。
ちくしょう! 人一人、剣一本も救えねえで、俺は何のために、この世界に転生したんだ!
絶望と無力感が体を震わせる。立っているのもやっとなくらいに。
そんな状況の中、最後の希望を心の底から求め、天に向かって叫んだ。
「何か、何か、俺にしかできないことはねえのかよ!!」
――――いや待てよ。ある。あるじゃねえか! たった1つだけ、俺にしかできねえことが、ある!!!
再び電卓アプリを叩き始める。もう迷いはねえ。解を見つけるためにひたすら叩く。
「最適解見つけたぜ」
計算終了。あとはやるだけだ。
サエラはまだ諦めずに組打ちを仕掛けようとしていた。チャーリーが剣をぶんぶん振り回しているので、なかなか間合いに入れずにいる。
サエラのほうに向かって走り出す。まずはサエラに伝えないといけない。
「サエラ! ワンドを貸せ!」
サエラから5mのところまで近づいて取引要請を行う。手渡しだとチャーリーにワンドを奪われるかもしれないからだ。
サエラはしばらくチャーリーと対峙していたが、チャーリーがジェットスラストをスカしたところで応じてくれた。
ワンドの外付けを変更してサエラに返す。
「組打ちはもうするな。5分、こいつで時間を稼げ」
ワンドに填めた魔石は、ヘイストの魔石S1個、ダッシュの魔石SS1個、防御の魔石SS3個。あとの2つはサエラに任せる。もちろん、もう1セット分の魔石も合わせて渡した。
ヘイストは速度を上げる魔法スキルで、ダッシュは走るスピードを上げるアクティブスキルだ。
サエラは囮となって逃げ回ってくれさえすればいい。
「でも、それじゃあ、ピートハイプラスターを取り返せないよ」
「はぁ!? 俺は無謀な組打ちなんてするんじゃねぇつったんだ。チャーリーをぶっ倒す。俺のチートでな」
俺の言葉でサエラの表情に希望が戻った。
「今から俺は最高の剣を打つ。その剣であの馬鹿面を倒し、ピートハイプラスターを絶対ぇ取り返してやる!」
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