1-3 プラチナムストリート
しばらくランキングを見ていたが、大切な事を思い出した。
23時に大事な取引の予定があったんだった。急がねえと約束の時間を過ぎちまう。
大急ぎで時計アプリを起動して現在時刻を確認する。10:38。
どうやら大幅に時間を過ぎていたらしい。がっくりと肩を落とした。
そして、ここが現実世界のサファイアサーバー(俺がプレイしていたサーバー名)ではなく異世界だということに気づいた。それじゃあ、そもそも取引自体が無いってことになる。
もう少しで手に届きそうだった俺の悲願はあっさりと、手の届かないところに行ってしまった。
取引の内容は、プラチナムストリートの建物つき土地だった。もちろん建物の種類は工房つき店舗だ。
工房とは、武器を製造する設備だ。ここでしか武器は造れない。
店舗とは、製品を売り買いする設備だ。
銀座や麻布に店を構えることがステータスになっているのと同様に、JAOでも店の場所が店舗のステータスとなっている。
JAOで最高の店が集まる場所――それが『プラチナムストリート』だ。
ほとんどのプレーヤーは『レスターン』という街に拠点を構えている。
レスターンは全プレーヤーのスタート地点に設定されている場所であり、便利なNPCのほとんどはここにいるからだ。他の地域に冒険したくなったら、セーブポイント兼テレポーターの『メテオジャム』で全世界を飛び回ればよい。
レスターンから拠点を移す必要なんてないのだ。
ほとんどのJAOプレーヤーが集まるレスターンの中でも、プラチナムストリートはメテオジャムに近いため、街の中で最も人通りの多いエリアだ。ここに店を構えればかなりの売上が期待できる。
だが、現実世界同様、立地条件の良い物件は高い。その結果、しがない商店は淘汰されて、コアゲーマーの商店だけがプラチナムストリートに店を構えるようになった。
プラチナムストリートの土地が出品されるなんて滅多にないことだったんだが、愚痴を言っても仕方ねえ。一から出直しだ。
とりあえず、以前のようにオークションハウス通いから始めるとするか。もしかすると、異世界だから更地になっているかもしれないしな。
壁も床もピカピカに光る大理石でできており、あちらこちらに立派な調度品が置かれている。高い天井に、キラキラ光るシャンデリア。ゲームのときから立派だったオークションハウスは、異世界でさらに立派に思えてくる。
見たところ、オークションハウスには数名の係員とスーツを着たやせ型のサラリーマン風の男しかいない。
サラリーマンというのはファンタジーの世界観には合っていない。しかし、JAOでは色々な衣装がある。むしろ、いかにもRPGといった格好のプレーヤーのほうが少ない。ただし、NPCはいかにも中世ファンタジー風の格好が基本だ。
ダークグレーのタキシードを着た初老の執事風の係員から出品カタログを受け取った。
ふかふかのソファーに腰を下ろしてカタログを開く。
だが、記載されていたのは『現在、出品されておりません』という見慣れた文言のみ。
がっかりしたのでカタログをソファーに放り投げた。
「くそっ! プラチナムストリートの工房つき建物なんて、そうそう手に入らねえよなぁ……」
目を閉じて大きな溜息をつき、倒れこむようにソファーにもたれかかった。
「プラチナムストリートの工房を探してるのかい?」
気さくで爽やかな声。
目を開けると、スーツの男が俺の顔を覗き込むようにして立っているのが見えた。ウェーブのかかった長い金髪のイケメンだった。細くて優しい目をしている。乙女ゲーとかにいそうな感じだ。
「ああ」
「何なら、考えてもいいよ」
男の方に向き直り、目一杯深くお辞儀をする。
「助かりました! 本当にありがとうございます! これで念願の鍛冶屋ができます!」
「はっはっはっはー。そうかー、君は鍛冶屋を目指しているのかい?」
「はい! 俺の夢は、世界一の鍛冶屋になることです!」
「なるほど。実にいい夢だ。私も鍛冶屋だからね。君の気持ちはよく分かる。若いって素晴らしいー」
感心したようにうなずく男。男も見た感じは若々しいのだが、実は20代後半くらいなのかもしれない。
「早速、取引をしましょう。20Gでどうですか?」
Gというのは、MMO全般で使われている桁数だ。Kが1000、Mが100万、Gが10億、Tが1兆となっている。GやTなどは桁が多すぎて普通の取引では使用しない。
20Gというのはゲームでの落札価格だ。
俺の提案に一瞬男の顔が強張る。まさかこれほどの大金を用意しているとは思わなかったのだろう。だが、すぐに動揺の色を消す。
「……すごい大金だね。でも、私はね、そんなものよりも君の決意を見たいんだ」
男は首を横に振って、落ち着いたトーンでそう答えた。
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