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1-28 奪われたピートハイプラスター

(注意)難解な考察・胸糞展開がある話です。苦手な方は最後だけ読んでください。

 突きで攻撃したとき低確率で、武器が相手に刺さったまま抜けなくなることがある。その現象を『ファンブル』という。



 武器が刺さっている間は1秒ごとに1回ダメージを与えることができる。普通に攻撃するよりもDPS(秒間ダメージ)は大きく上昇する。

 しかも、サエラは心臓を貫いた。心臓を貫けばクリティカルになる。クリティカルは通常攻撃よりもダメージが大きい。このまま刺し続ければ大ダメージが期待できる。


 このシチュエーションは、ファンブルを利用して一気に大ダメージを与えるチャンスだ。

 いくらチャーリーのATKが激減したとはいえ、まだHPは50万弱もある。タフな戦いであるボス戦ではチャンスを逃してはいけない。そう考えるやつも多いだろう。



 だが、俺はそうは感じねえ。

 一波乱あるぞ。ゲーマーとしての勘が、そう強く警告している。



 対戦ゲームにおいて、ただ漫然と戦いをこなすだけじゃ、いつまでたっても勝ち星を増やすことはできない。常に色々なパターンを頭に思い浮かべ、最高の勝ち方を目指す必要がある。これは何もゲームに限った話じゃない。スポーツでも仕事でもそうだろう。


 俺は5才の頃から対戦ゲームで修羅のように戦いまくってきた。その経験から分かったことがある。

 優勢の状態を維持し何の波乱もなくゲームエンドを迎えるのが最も安定した勝ち方であり、優勢の状態から予定外のラッキーが起きた場合は安定して勝てないということだ。

 前者は、ゲームの流れを俺が完全にコントロールできているので安定した試合運びをすることができる。

 一方後者は、ラッキーが起きたということは俺がゲームをコントロールできていないともいえる。だから、その後の展開がどうしても安定しない。もちろん、ラッキーがダメ押しとなり勝利することのほうが多い。しかし、ラッキーのせいで緊張が途切れたり慢心が出てきたりして、ペースが崩れることも少なくないのだ。



「サエラ!」


 俺の頭にまとわりついた悪い予感を払うように、必死にサエラに呼びかけた。


 普通に考えれば、サエラに圧倒的に分がある。

 サエラのほうがステータス的にディレイ(攻撃を行った、もしくは、受けたことによる硬直時間)が解けるのが早いし、武器の取り合いまでもちこまれても、サエラが相手に奪われることはないだろう。

 だが、これは単なるステータスの数値の比べ合いじゃねえ。ゲームなんだ。ありとあらゆる要素が複雑に絡み合う、ガチの勝負なんだ! 



 両者のディレイは0コンマ何十秒にしか過ぎない。だが、その刹那の時間が、今はいやに長く感じられる。

 先に動いたのは緑のごつごつした手だった。チャーリーだ。早く動き出したのはディレイ乱数のせいだろう。スローモーションの映像のように、ゆっくりよどみなく前方へと手を伸ばす。

 それを見たサエラが青ざめた。不意に背後から致命的な一撃をもらったかのような呆然とした表情。ディレイが解けてもいい時間のはずなのに、サエラは石化したかのように止まっていた。


「引き抜――!!」


 俺の言葉が終わらぬうちに、チャーリーはピートハイプラスターの刀身を刃の上からぐわしと掴み、そのままあっさり引き抜いてしまった。



 ファンブルのデメリットはいくつかあるが、なんといっても深刻な点は武器を奪われることだ。

 武器が奪われると、奪われた武器を相手に使用されてしまう。相手を追い詰めていたはずの武器で、こっちが逆に追い詰められることになる。


 そして、サエラの持つピートハイプラスターは、今日の狩りのメインウエポンだ。これに対抗できる武器なんて持ってきていない。



 あ、だが、待てよ。あの剣はSSランクの武器にしては高ATKだが、DRAは素のブロードソードと同じ4400しかねえ。チャーリーのショーテルよりも、折るのはずっと簡単だ。

 このゲームは武器破壊が強すぎるわ。やっぱ今回も、防御は最大の攻撃だな。楽勝楽勝。

 俺は鼻歌を唄いながら、外付けの準備に取り掛かった。



 俺が三節棍に魔石を外付けしている間、チャーリーは持っていたシャムシールを消し、奪ったばかりの得物に持ち替えた。黄色い目をらんらんと輝かせ、涎まみれの汚い舌でおいしそうにピートハイプラスターをべろ~んと舐める。


 意志のないかかし同然に立ち尽くしていたサエラは、目の前で行われた下品な挑発を見て、



「返してえええええ!」



 信じられないくらいの怒りをむき出しにして叫んだ。持っていたワンドに魔石を外付けし、チャーリーに向かって行った。


「それは、それは! 私のずうっとご先祖様から受け継いだものなの!」


 チャーリーに向かって一直線に走るサエラ。剣撃を華麗にかわし、懐に入り込もうとする。


 サエラのやつ組打ちを仕掛けるつもりかよ……。


 敵の武器を取り上げる手段として考えられる方法は、組打ち状態から武器を引きはがすことだ。

 組打ちとは、敵の懐に入り締め上げることだ。要は格闘技の関節技をかけることをいう。

 関節技をかけ武器を取り上げることは、それほど難しくなさそうにみえる。



 だが、現実は厳しい。



 チャーリーが「ゲギャア!」と一啼きしたその一瞬、鋭い一閃が虚空に閃く。剣閃が三日月状の円弧を描いた。ピートハイプラスターのスキル、『ヴァーティカルムーン』だ。

 サエラもとっさに大きく側転をして回避しようと試みるが、足先を剣の先端がかすめてしまったのか、サエラのHPバーが一気に減少する。残ったHPは50にも満たない。生きているのは奇跡ともいえるだろう。


 サエラはチャーリーから距離を取り、ワンドの外付けを入れ替えようとする。

 そこに突然、チャーリーが遠くから跳んできた。ダッシュしながらの猛烈な突き。『ジェットスラスト』だ。

 間一髪その場を跳び退いて、事なきを得る。



 その後、サエラは逃げ回るだけで、回復すらままならない状態が続いた。


 そりゃ、そうだ。ピートハイプラスターはショーテルの火力を上回っている。つまり一撃もらえば即死の可能性大。

 組打ちから武器を取り上げるのが難しい理由は、敵の強力な攻撃をかいくぐって関節技を極めるチャンスはそうそうないことだ。現実の戦争でも、剣や槍相手に関節技が無双したなんて話は聞いたことがない。プロの海兵隊でさえもナイフの相手をするのがやっとだというのに。



 こりゃ、俺の出番だな。組打ちなんて、無理無理。武器破壊で俺TUEEEしてやるか。

 そう思って、サエラに声をかけようとした時、


「ギャッギャッギャッギャァァァ~~」


 チャーリーの不快な濁声がそこら中に響き渡り、チャーリーの体が金色に光った。

 この金色の光――、超レアスキル、ラグナエンドのエフェクトだ。ラグナエンドHSはATK2.11倍の3連続攻撃。絶対にもらってはいけない。ここはいったん退くのがセオリーといえる。


「はああああっ!」


 だが信じられないことに、サエラは喚声を上げながらチャーリーに向かっていった。その表情には恐怖も迷いもない。

 何で、何で、そこまで無茶なことができるんだよ! 一歩間違えたらオダブツじゃねえか!


 チャーリーが持っている得物をサエラに振り下ろそうとした瞬間、


「その剣はあなたの玩具じゃないのっ!」


 サエラがチャーリーに強烈なタックルをかまし、突き飛ばした。攻撃モーションを潰されたのでラグナエンドは不発となる。



 ほわほわでぽわぽわのサエラからは考えられない、鬼気迫る様子。今、サエラの頭の中にはピートハイプラスターを取り返すことしかないのだろう。

 サエラにとってあの剣は、単なる電子上のデータではなく、先祖から受け継いだ剣なんだ。ピートハイプラスターとは、武器であり、誇りであり、想いであり、希望なんだ。



 そのことを意識した時、



 ここはゲームじゃなくて、リアルなんだ。

 だから、この世界をリアルとして生きていこう。



 ――忘れてはいけない大切なことを思い出した。



 危ねぇ、危ねぇ。もう少しで、とんでもないプレミをするところだった。

 ピートハイプラスターを折るだぁ?

 馬鹿言ってんじゃねぇよ。そんなことして、誰が喜ぶんだ。サエラにとって命より大事な剣が折れて、めでたしめでたし。なんて話、あるわけねえだろ。



 倒れこんだチャーリーに対してサエラはそのまま関節技に持ち込もうとするが、チャーリーは剣を振るいサエラを追い払った。

 チャーリーは起き上がるとすぐさまギャギャギャ~と嗤い、目が光った。ピートハイプラスターのスキル、『マインドアイ』だ。マインドアイはHIT上昇と低確率の必中を付与するスキルである。今、使用しても意味がない。


 チャーリーはさっきからスキルを使いまくっている。

 それも、ほとんど無意味なタイミングで使っており、目的があって使っているとは思えない。頭が悪いAIのMobなので仕方ないのだが、それにしてもスキルで遊んでいるようにしかみえない。頬を緩ませ下品な嗤いを繰り返しているチャーリーは、まるで新しい玩具を与えられたエテ公のようだ。ピートハイプラスターを玩具にしているというサエラの言葉は満更間違いとはいえない。


 ピートハイプラスターは、あんな下等生物に相応しい物じゃねえ。

 ピートハイプラスターを取り返す。それ以外の選択肢なんてねえ! 絶対やってやる!

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