8-9 終わらない不幸
前回は評価をいただきました。ありがとうございます。
そして、ブクマが800を突破しました!
私たちの物語を多くの方に読んでいただけて、とても幸せです。
皆様のブクマ、評価、感想。とても励みになります。力になります。
読んで楽しかったと思っていただけるよう、これからも頑張っていきます。変わらぬ応援をどうかよろしくお願いします。
アニバパッチが当たって6日目の夜。
俺とサエラ、スクルドの3人で晩飯を食べることにした。行先はいつも通りフォーリーブズだ。
「コプアさん、メシにしてくれー」
着いた時間は閉店時間ギリギリ。
客は1人しか居ない。女の子がカウンター席にぽつんと座っているだけだ。
「あれって……」
サエラはテーブルに座ることなく、客の隣に立った。
「アリアさんですよね。お久しぶりです!」
その名前を聞いて、俺も女の子のところに行った。
金色に近い薄い栗色の髪。幸薄そうな色白で華奢な体。憂いを帯びた目つき。
間違いねえ、こいつはアリアだ。
「サエラ……さん……。お久しぶりです」
「サエラちゃん、このお客さんと知り合い?」
カウンターの向こうからコプアさんが声をかけてきた。
「うん。前にクエストで助けたことがあったんだよー」
アリアはJAOのメインストーリーに登場するNPCだ。
サエラにはメインストーリーを最後まで進めさせた。
だからサエラとアリアは面識がある。
「その時はどうも……ありがとうございました」
「こっちの男の子はレイ=サウス。あっちの女の人はスクルドだよ」
「初めてだったな。よろしく」
メインストーリーは向こうの世界で進めた。
この世界でアリアに会うのは初めてだ。
「初めまして、スクルドよ」
スクルドもこっちにやって来てアリアにあいさつした。
「初めまして……アリアです」
アリアは俺たちに丁寧に頭を下げあいさつした。
アリアの目の前に置かれているものを見て、サエラが目を輝かせた。
「すご~い、ショートケーキのホールだぁ~」
切り分ける前のどデカいショートケーキが、カウンターの一角をドンと占拠している。
「いいなぁ~。私もホール丸ごと食べたいなぁ~」
こんなの1人でどうやって食うんだよ。
「ホールに顔をつけて、ぐっすり寝てみたい~」
それ、ケーキじゃなくて枕でよくね?
コプアさんが困った顔をしている。
さすがのコプアさんも、サエラの眠り姫っぷりにはドン引きだよな。
そう思っていたら、コプアさんがアリアに声をかけた。
「あのー、ケーキをお出ししてから1時間になります。一口も召し上がれないというのなら、切り分けいたしますが……?」
1時間だと……!?
ケーキ丸ごと食べたいって注文したのはいいものの、いざ食うときになったらビビって食えなくなったってことか。
やっぱり食える分だけ注文するのが1番だな。
枕にするとか論外。食い物で遊ぶんじゃねえ。
コプアさんの申し出を聞いて、なぜかアリアは涙を流した。
「すみません……。もう結構です。最後の晩餐にしようと思っていたのですが……いざ死ぬとなると、何も口に入らなくて……。すみません……」
「「「死ぬ!?」」」
全員が一斉に驚いた。
サエラがまず声をかけた。
「死ぬなんて絶対ダメだよ! どんなにつらいことがあっても生きていればいいことあるよ!」
「いいこと……」
アリアの曇った顔がさらに陰る。
「私が死ななければ、世界が滅亡する――それでも、ですか?」
「世界が滅亡……?」
アリアの言葉にサエラが困惑している。
当然だ。話が大きすぎる。
「でも自殺だなんて――そんなの――!」
「サエラ、落ち着け。とりあえず説明を聞こう。話はそれからだ」
アリアが自殺しようとするストーリーなんて、俺は知らねえ。
俺が前の世界にいた頃には存在しなかった話だ。
アリアの悩みを解決するには綺麗事を並べても無駄だろう。
一体何が起きたのか。
それを知ることが冒険者の活動の第一歩だ。
「5日前、私の頭の中だけに声が聞こえるようになったんです」
5日前ということはアニバパッチが当たった日。
アリア絡みのメインストーリーがJAOに実装されたのは間違いなさそうだ。
サエラがアリアに質問する。
「声は何と言っているんですか?」
「『我は魔神ルシファー』」
ガシャン!!
突然、皿の割れる音がした。
「嘘……で……しょ……」
コプアさんが顔面蒼白で呆然と立っている。
「……続けてください」
サエラも動揺を隠している。
魔神ルシファーとは、JAOのメインストーリーの大ボス的存在だ。
JAOでは非常に恐れられている。
「『汝、覚醒せよ。汝は我と成りて世界に滅びを齎さん』私をそそのかす声が朝も昼も晩もずっとずっと鳴りやまないんです……」
「つまり、ルシファーがアリアさんを復活のよりしろに選んだということですか?」
ルシファーは強大な魔神だが封印されている。
そこでルシファーは復活しようと、様々な悪事を起こしながら復活の素体を探しているのだ。
ルシファーの復活を阻止することがメインストーリーの大きな流れとなっている。
「……はい。私は魔人。ルシファーの力を引き出すには、私の肉体が一番適しているそうです」
「魔人って何かしら?」
スクルドの質問にサエラが答える。
「アリアさんは隣の国のゼーテブルム帝国に改造されて魔人になったの」
サエラの言葉にアリアがうなずく。
「魔人とは人を超越した存在。神にも等しい程の恐ろしい力を秘めています」
かつて帝国はその力を悪用しようとした。
その企みは失敗に終わったが。
「強大な魔力を持つ私の肉体にルシファーが乗り移れば、世界が破滅する。そうなる前に――私は死ななきゃいけない」
自分の両手を見つめ、わなわなと震えるアリア。
青白く痩せた両腕が痛々しい。
「アリアさん、あなたが死ぬ必要なんてないわ」
スクルドにアリアが食って掛かる。
「ルシファーは諸悪の根源なんですよ! ルシファーが私の肉体を得てしまったら、もう誰にも止められません!」
「分かった。じゃあ、調べてあげる。ちょっと待ってて――」
スクルドの額に銀色に輝く目の文様が出現する。
スクルドのチート「千里眼」だ。
千里眼を使うと、遠く離れた場所でも瞬時に見ることができる。
「ふむふむ、なるほどね――」
スクルドは優しい口調でアリアに話す。
「大丈夫よ。ルシファーが肉体を乗っ取っても、世界にとって何の脅威にもならないわ。だから、アリアさんが死のうとする必要なんて――」
「あなたは何も知らない、何も分からない! 私の力をみんなが狙っているの! これ以上邪悪な存在に利用されるくらいなら、今ここで!」
アリアはテーブルの上に置いてあったナイフを掴み取る。
それを見て、俺は慌てて立ち上がった。
「おい、バカ! やめろ!」
俺がナイフを取り上げるより早く、
「つらかったわね……」
スクルドが優しくアリアを抱きしめた。
「私は見守る神。あなたのつらい思いを見守るわ」
「できない!」
スクルドの腕の中でアリアが暴れる。
「あなたが笑えるようになる日まで、私はあなたを見守る。支える」
「無理よ! 何度助けられても、そのたび拉致された。何度も何度もその繰り返し。ルシファーだって、きっとそう! たとえあなたたちがルシファーを倒しても、またルシファーが復活し私を狙う。帝国だってまた狙ってくる」
残念だが、これはアリアの言う通りだ。
アリアはNPC。
冒険者がクエストを始めるたびに、定められた運命のロールをNPCは演じなければならない。
たとえ本人がどれだけ嫌がろうとも。
「私は魔人。世界を破滅させる力は消えやしない」
アリアの肌の色が紫色に変わる。額からは角、背中からは羽が生えてきた。
まがまがしい悪魔の体。
これが魔人アリアの真の姿なのだ。
「だから――」
アリアはスクルドの腕を乱暴に振り払う。
「私の不幸は終わらない」
そう言って、アリアはフォーリーブズから走り去ってしまった。
「待って!」
サエラがアリアを追いかけ外に出る。
が、すぐに戻ってきた。
アリアはどこかへ飛び去ってしまったのだろう。大きすぎる蝙蝠の翼で。
「返事してください、アリアさん! 返事してください、アリアさん! ねえ、返事して!」
サエラが必死に通信をつなごうとする。
「あなたが手を離したままじゃ、戻れないんだよ!」
サエラがどれだけ叫んでも返事はなかった。
「たとえこの世の全てが見捨てたとしても――」
スクルドは両手をぎゅっと握りしめる。
「私は絶対に見捨てたりしない」
いい面じゃねーか。
さすがは神様。
「おいおい、俺も入れてくれよ」
「私も!」
アリアを見捨てないのはスクルドだけじゃねえ。
俺とサエラもいる。
諦めの悪さは、この世界一だと思うぜ。
「レイ君、サエラ……」
「俺たちは冒険者。困っているやつがいたら放っておけるわけねえよ」
「だね」
俺たちは冒険者。
助けを求める手は絶対に掴んでみせる!
次回は1月26日の12時頃に更新の予定です。
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