7-21 背中
ヨトゥンを倒したことをサエラとヒナツに連絡した。
サエラ、ズニックと一緒に居るアニルたちや、ヒナツと一緒に居る村人たちにも勝利の一報を知らせてぇ。
サエラとアニルたちが先にやって来た。
「さっすがー、ターキン様! 俺たちがターキン様にお願いしたからだぜ!」
開口一番にイキりだすアニル。
ま、今回ばかりかはガキどものおかげだな。
こいつらがターキンを呼ばなかったら、ターキンが村人たちと一緒に戦ってくれたかどうかまでは分からない。
村人冒険者と子どもたちを優しい眼差しで見つめていたターキンが、温和な口調で諭す。
「これからも大変なことが多々あると思います。つらいと感じたときは今日のことを思い出しなさい。心を強くもって戦えば、きっと道は開けると――――」
ターキンの体の色が薄くなり、霞のようにすうっと消えていった。
「レイ、今回も楽勝みたいだね!」
続いてヒナツと村人たちがやって来た。
ヨトゥンの被害を受けた建物は村の出口の柵と物置小屋2軒と門番の詰所だけだ。当然死者は出ていない。
完全に村人たちと俺たちの勝利だ。
「ヒナツ、入山許可書はもらってきたか?」
「バッチリ!」
得意顔で入山許可書を見せるヒナツ。後ろで長老がうなずいている。
あぁ、これでようやくフィルンに登れる。
そう思ったとき、村人の一人が俺に話しかけてきた。
「悪いことは言わん。今日はフィルンに登るのはやめとけ」
「どうして!?」
悲鳴にも近いメマリーの叫び。
「フィルンの頂上付近にうっすら霧みたいなのがかかっているだろ。ああなっているときは山が怒っているんだ。行ったところで――」
「問題ない」
そう言い切ったのは村一番のシェルパ、クマールだった。
「正気か、クマール!? 山が怒っているときのソードステップがどうなっているのか、お前なら分かるだろ。いくらお前でも死ぬかもしれないぞ!」
「俺は俺の判断でいけると言っている」
「でも!」
「ウミール、レイさんのガイドはお前じゃない。俺だ」
クマールに言われて男はこれ以上何も言わなかった。
ウミールというこの村人もシェルパなのだろう。プロとプロの会話。おそらくどちらの言い分も正しい。
だったら――、
「クマール、ガイドとして俺たちを山頂まで連れて行ってくれ」
より信頼できるプロの言葉に従う。
「クマールさん、お願い!」
メマリーも涙ながらにクマールに頭を下げる。
俺たちはこれ以上立ち止まっているわけにはいかない。
「俺とレイさんたちなら大丈夫だ。村ナンバー1のシェルパが保証する!」
クマールは自信たっぷりに胸をドンと叩いた。
すっかり自分を取り戻している。
こうなってしまえば、一つの道を極めたやつは強ぇ。
安心して命を預けられる。
「そうと決まれば、天候が悪化しない限り30分後に出発する。その間に準備と休息を済ませてくれ。いいか?」
「「「了解!!」」」
クマールの号令で俺たちはいったん解散。
「…………死なせるもんか」
誰かがぼそっと呟いた気がしたが、
「村を救った勇者たちに山の神の祝福あれ!」
長老の万歳三唱で聞こえなくなってしまった。
30分後、俺たちは霊峰フィルンの入り口に集まった。村人たちもたくさん見送りに来てくれている。
「ったく、大袈裟なんだよぅ。ちょっくらダンジョンを攻略しに行くだけじゃねーか」
「いやいや、レイ=サウスさん。村に正しき道を示してくださったあなた方の無事を皆祈りたいと思っておるのですぞ」
長老の言葉に村人たちが「頑張れ!」と口々に応援する。
「言われなくても頑張るっつーの」
こっ恥ずかしいけど、声援を送られるのは嫌いじゃねえ。村を吹き抜ける風は冷たいけれど、体はエネルギーが満ちていて温かい。
メマリーがきょろきょろ辺りを見回している。
その様子に気がついたサエラがメマリーに声をかけた。
「どうしたの?」
「アニルが居ないの……」
確かにさっきから見当たらない。
「どうせ、秘密基地で遊んでいるんじゃねーの」
「そうかもしれないけど……」
「居ないやつを気にしても仕方ねえだろ。それよりクマール、天候のほうはどうだ?」
「大丈夫。山の神様の気が変わらないうちに行きましょう」
「よーし。それじゃあ、しゅっ――」
「待ってくれよ!!」
群衆の後ろから大きな声がした。
甲高い子どもの声――アニルの声だ。
「山の神様が怒ってるんだろ。山の神様が機嫌直すまで待ってくれよ!」
「あのね、アニル。私たち急がないと――」
サエラがやんわりと断ろうとしたが、アニルは叫んだ。
「俺、聞いたぞ! 今、山に登ったら死んじゃうって! いくら村一番のシェルパだからって死ぬかもしれないって!」
アニルの目からは大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちている。
「俺がまた戦って、山の神様にも認めてもらうからさ! だから――」
「急ぎましょう。無駄話をしている時間はありません」
クマールは振り返ることもせずに、フィルンの入り口に向かって歩いていく。
「死にに行くなんて、バカだろ! バカ、バカ、バーーーーカ!!」
話を聞いてくれなかったクマールに、アニルは大声で悪態をつく。
「クマールさん、ちゃんとお子さんに話をしないんですか」
「…………」
ズニックがクマールを非難するが、クマールは黙って歩き続ける。
「行くなって言ってるだろーー!」
悲痛な叫び。
アニルがクマールの元に向かって走り寄ろうとする。
そんなアニルを俺は途中で捕まえた。俺の腕の中でアニルが振りほどこうと暴れる。
「離せ、離せよ!」
アニルが踠けども踠けども、クマールの背中はどんどん遠ざかっていく。
「目に焼き付けておけ」
俺はアニルの頭をがっしりと掴み、言葉をかける。
「あれが戦う男の背中だ」
アニルの力がすうっと抜けた。
広くてがっしりとした背中。飲んだくれていた頃とは違う、山に生きる誇り高い男の背中だ。
今まで何人もの登山者が、この背中に励まされ霊峰の頂上に達したのだろう。
そんな偉大な親父の背中は息子に何かを伝えたはずだ。
「必ず戻る」
そう言って、俺も振り返ることなく村を出た。
歩いて1分も経たないうちに、雪と氷の真っ白な銀世界に変わる。
ついに俺たちは真EC【霊峰フィルン】に入山した。
先頭を進むクマールにズニックが話しかけた。
「あんなひどい別れ方をするなんて……。せっかく息子さんとの仲を修復したのに……」
クマールは歩き続けながら、ズニックの言葉に返答した。
「息子相手だと感情的になる……。どうしても……な……」
足元が滑りそうな山道を歩く。ゆるやかな傾斜があり、足元を一歩一歩踏みしめて歩くたびに息が切れる。
「結局俺は、あいつに言うべき言葉もかけられねえ、へたれの駄目親父なのさ……」
「大丈夫! 言葉なんていらないよ!」
重苦しい曇り空を吹き飛ばしそうな程の明るい声。メマリーだ。
「アニルはパパのこと大好きなんだもん。アニルに心配をかけたくないっていう気持ち、何も言わなくたってアニルに伝わっているよ」
クマールの部屋で見た、クマール親子の写真。
2人とも笑っていた。晴天の青空よりも晴れやかな笑顔で。
「息子を信じろよ」
立派なザイルより太い親子の絆は、きまぐれな山の神様の怒りなんかじゃ切れやしない。
メマリーと俺の言葉にクマールは一言だけ呟いた。
「ありがとう」
クマールは脇目も振らずに山道を歩く。
その背中はどこか優しくみえた。
次回は7月28日の12時頃に更新の予定です。
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