7-15 帰ってきた山男
1時間近くの激戦が終わった。
全員が余韻に浸っていると、虚空からターキンの声が響いた。
『求める者よ。あなたたちは心の強さを示しました。受け取りなさい』
祭壇が神々しく光る。
光が収まると祭壇の上に何かが出現した。
「「「大月経だぁ!」」」
現れた巻物を見てアニルたちが一斉に歓声を上げた。
無理もねえ。これはアニルたちにとって念願のアイテム。自分たちの勇気と力を示すもの。
ターキンがアニルたちに話しかける。
『子どもたちよ。忘れてはいけません。英雄になるとか、認められるとか、それらはただの結果でしかありません。大切なことは、愛するものを護りたいと願う心なのです。それが分かっていれば、いつかは結果も付いてきます』
アニルたちには難しい話だろうが、3人はちゃかすことなく真面目に聞いている。
この戦いであいつらも大人になった。
神様のおかげだな。
『男冒険者よ。あなたは何故笑っているのですか?』
ターキンから俺へのまさかの質問。
「気持ちが顔に出てたのかよ。くそぅ……」
ま、気分は悪くねぇ。ここは素直に答えておくか。
「さすが神様。戦いを通して子どもたちを成長させるなんて、ちゃんと神様してるじゃねーか。山頂から見下ろして何もしないトカゲと大違いだ――ってな」
ターキンは最初からアニルたちに危害を加えるつもりはなかった。
危ない場面はいくつもあったが、攻撃はいつもすんでのところで外れていた。当たっていたのは睡眠魔法のスリープくらいだ。
俺たち全員を本気にさせるために、攻撃するふりをしていたのだろう。
まったく、神様ってやつは大したやつだよ、ほんと。
外に出ると辺り一面真っ暗だった。
行きの時点で夕陽が差していたから当然だといえば、当然なんだけど。
「遅くなっちゃったね。早く帰ろー」
「そうだな」
たいまつに火をつける。少しだけ周囲が明るくなった。
歩き出そうとしたその時、
「アニルどこだーーー」
間違いねえ。クマールの声だ。
他の2人も名前を呼ばれている。
夜になっても戻らない3人を探しているんだろう。
「たいまつをつけたことだし、向こうも気づくだろ。お前らも――」
俺が後ろを振り向くと、アニルたちは近くにあった岩の陰に隠れていた。
「何で隠れるんだよ?」
「だってぇ~。俺たち勝手に石窟寺院に行ってさぁ……。ばれたら絶対怒られるって……」
怯えた様子の3人。
こういうところはまだまだガキだな。
メマリーが3人に元気よく声をかける。
「大丈夫だよ~。みんなターキン様にも認められたんだもん。パパやママだって絶対認めてくれるよ。それに――」
「誰か、そこに居るのかーーー!?」
メマリーの言葉は、探しに来た大人たちの呼びかけにかき消された。彼らはすぐにやってくるだろう。
「ヒーローになるんだろ。弱ぇ心なんかに負けんなよ」
それだけ言い残し、「おーーーい、ここだーーー」と呼びかけながら大人たちに合流した。
探しに来ていたのはクマールと、アニルの友達の両親だった。事情を簡単に説明し、アニルたちの所に戻った。
「アニル!!」
「ひっ……!」
息子を見るなり大声を上げたクマールを見て、アニルたちは顔だけでなく全身カチコチに強張らせ立ちすくんだ。
クマールが肩をいからせ大股歩きで息子に近づく。
クマールはガタイがいい山男。迫力がある。
3人が縮こまるのも無理はねえ。
「父ちゃん……」
アニルが一歩前に進み出た。
そして、深々と頭を下げる。
「危ないことして――ごめんなさい!」
あんなにオヤジのことを馬鹿にし、ヒーローになるとイキっていたクソガキのアニルが謝っただと!
オヤジにビビるだけでもなく、オヤジに反発するだけでもねえ。アニルはアニルの意志でオヤジに謝罪をすることを選んだのだろう。
かっこいいヒーローかどうかはともかく、アニルは自分の意志を示した。
へっ――やるじゃねえか!
クマールは山で培ったたくましい腕でアニルを抱え上げた。
「よく帰ってきたな!」
クマールは息子を抱きしめながら、声を殺して涙を流した。
「うぅ……うぅ…………うわ~~~~~ん!!」
命のやりとりをしていた緊張から解放されて気が緩んだのか、無謀な挑戦を心から反省したのか、普段は怒鳴り散らしているオヤジから愛情を向けられて嬉しかったのか。
アニルは人目もはばからず感情を爆発させた。
「ごめんなさい!」
「心配かけてごめん!」
他の2人も両親の元へ泣きながら駆け出した。
この場で怒った親は誰もいなかった。
「やっぱり、みんなみんな大好きなんだよ」
メマリーが涙を拭きながら笑った。
「俺はあいつら、嫌ぇだな。ガキくさくてうっせぇし」
でも、あいつらのことは認めてやるよ。
本当に大切なものに気づいたしな。
他の家族と別れた後クマールの家に戻り、ターキンの試練について詳しく話をした。
俺たちの話が終わると、クマールは俺たちに深く頭を下げた。
「レイさん、メマリーさん。アニルのバカな戦いに付き合ってくれて、本当にありがとう!」
「俺たちは武器屋として冒険者として、当然の仕事をしたまでだ。なぁ、メマリー」
「うん。アニルもね」
「お、俺も!?」
急に話を振られてアニルはしどろもどろになる。
「出会ったときのイキリっぷりはどうしたんだよぉ。お前も勇敢に戦ったじゃねーか。大事な村のために」
「そうだぜ! 俺は村に元気になってもらおうと必死に戦ったんだぜぇ!」
「ちょっと褒めるとすぐこれかよ。今のセリフ、なしな」
相変わらずのお調子者だな、こいつは。
「俺も、俺の仕事をしねえとな……」
話を聞いていたクマールが真剣な表情を浮かべた。
何かを決意した――そんな顔だ。
「レイさん、メマリーさん、俺の話を聞いてくれ」
「何だよ?」
「俺はムルドナシャルに嵌められて、シェルパの仕事を失った。俺から山を取ったら何も残らねえ。もう俺は何もできない。そう絶望して何もしないでいた」
自分の手をじっと見つめて話すクマールの言葉を、アニルは黙って聞いている。
「そんな状況でも動いた人がいた。メマリーさんが体を張って子どもたちを護ってくれた。子どもたちが村のためにと言って勇敢に立ち上がった」
そう言うと、クマールがギリリと歯を噛んだ。
「じゃあ、俺は!? 大切なものを護るために何一つ行動していないじゃないか! 仕事を奪われて、俺は目の前の現実から逃げていただけだ! 何の力を持たないガキどもでも命懸けで戦ったのに……!」
テーブルを両拳で叩き、自分の思いを隠すことなく吐き出すクマール。その姿はまるで懺悔のようだった。
「だから……レイさん、メマリーさん」
クマールは深く頭を下げる。
「俺をシェルパとして雇ってほしい。俺も戦いたい。これからは大事なものを護らせてくれ……」
「『護らせてくれ』ときたか……。どうするメマリー?」
今回のフィルン攻略の主役はメマリーだ。
最終的にはメマリーの判断に従う。
「わたしと一緒にこの村を、アニルを、わたしのママを護ってください! こちらこそ、よろしくお願いします!」
「決まりだな」
「はい! これからは村一番のシェルパとして、レイさんたちの登山――全力でサポートさせてもらいます!」
山に全てを捧げた男が山に帰ってくる。
こんなに心強い味方はいねえ。
ようやくこれで、霊峰フィルンの固い岩壁に、1つ目のくさびを打ち込めた。
「お兄ちゃん、これで明日にはフィルンに登れるね」
「メマリー、もう忘れたか。俺たちはまだ入山許可書をもらっていないだろ」
入山許可書が無ければ、俺たちはフィルンに登れない。
「俺たちは明日必ず入山許可書を手に入れる。それを邪魔するムルドナシャルは――追放だ!」
次回は6月16日の12時頃に更新の予定です。
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