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1-24 勘違い

 超大規模モンハウを一掃した後20分ほど狩りを続けてSAセイフティエリアに到着。ここでしばらく休憩を取ることにした。


 SAはダンジョンの中にある、休憩やログアウトを目的としたマップだ。SAではMobは出現せず、侵入もできないので、安心して休憩が可能だ。


 心理的にもリラックスが可能なようにデザインされている。

 湧泉洞のSA内には木でできた東屋あずまやが5つあって、そこで休憩することができる。日本人好みの総檜造りで、いかにも温泉街の休憩所といった感じだ。

 側には小川が流れている。美しい澄みわたるような静寂の中、川を流れるせせらぎだけが心地よく聞こえてくる。ここだけは、湧泉洞全体にたちこめている硫黄の臭いも湯気もない。気温も涼しく、まるで風呂上がりのような良い気分になる。

 SA内ではFPを回復するために飲食用のテーブル席がある。湧泉洞のテーブルは落ち着いた木の席だ。キャンプ場みたいな雰囲気で楽しい。


 今は俺たちの他には誰もいない。狩り中誰にも会わなかったから当然か。

 川のほとりの東屋で、一息つくことにした。



 全ての武器の研ぎが終わったところで休憩。木のベンチに腰を下ろす。


「とりあえず渡しておく」


 取引要請を飛ばしてピートハイプラスターとサブウエポンのワンドをサエラに渡す。その時にサエラからクッキーを20個渡された。


「研ぎ代は狩り終わった後にまとめて払ってくれ」


「ううん。これは私からのお礼です」


「礼……?」


「さっきアイスをもらいましたし、それに……、さっき助けてもらったお礼もあります。少ないとは思いますけど、受け取ってもらえませんか?」


「少ないってことはねーよ。あんたの気持ち、遠慮なくもらっとくぜ」

「本当は、おやつにアイスもあったんですけど、溶けちゃったから~。う~、やっぱり私の分のクッキーも渡します!」


 思いつめた顔でサエラは取引要請を飛ばす。


「だから少なくねーよ! クッキー20個でも十分多いんだって!」


 女子ってほんと甘い物好きだよな。20個もクッキー食うわけねえだろ。



 クッキーを食べようとしたら、サエラが話しかけてきた。


「そういえばレイさん。三節棍使えたんですね。あんなに使えない武器だって言ってたのにー」


「扱いにくい武器だっていう評価を取り消すつもりはねえよ。やみくもに振り回すくらいなら使わないほうがましだ。だけど、俺が三節棍を使えない、とは一言も言ってねーからな」


 実は、俺は三節棍を使っていたことがある。『黒龍街』というマイナーなVRMMOで、メイン武器として使っていた。黒龍街では「三節棍の南神」とかいう、だせぇ通り名がついてしまったほどの、三節棍の使い手だった。

 黒龍街はもっとめちゃくちゃなアクションVRゲームだったので多少の仕様は違っていたものの、JAOでも三節棍の大まかな特徴は変わっていなかった。


「三節棍って、通常形態はどういう風に使えばいいんですかー?」


 三節棍の通常形態というのは、3本の短い棒が鎖でヌンチャクみたいに繋がっている形態だ。


「三節棍はよぉ、通常形態と棍形態の性質を知ることが第一歩だ。通常形態はリーチが短いが、左右両方の手で扱うことができる。ってことは、左右別の行動をとることや連撃を与えるのに向いている」


「なるほど~」


 サエラはメモ帳のアプリを呼び出し、俺の言葉を記録し始めた。


「特に優れているのは、懐に入り込んできた敵の攻撃を防御できることだ。二刀流が仕様上できない他の武器と違って、唯一両手で防御ができる武器だ。ただし、鎖に繋がれているから可動域を知っておく必要があるな。こればっかりは、体で覚えるしかねえ。あとはこういう風に振り回せば、鞭のようにしなる動きをする。これも覚えておいたらいい」


 動きを実演しながら説明する。


「私もレイさんみたいに上手くなれるかなぁ……?」


「武器の性質を理解したうえで、実際に戦場で練習する。そうすれば、あんただって、1流の三節棍使いになれると思うぞ」



「それでも、レイさんみたいに今日のモンハウを片付けることなんてできませんよー」


「まーな。今日のモンハウは熱かったな。右から左から、前から後ろから、次から次へスパモンが来たからな。あれはねーわ。でも、あんただって金色の閃光って言われているんだろ。練習したら何とかなるって。俺だって、ここでよく『転んで』いたんだし」


「転ぶ?」


「ああ、よく死んでたってことだ」


『転ぶ』という言葉はMMO界隈でよく使われる『死ぬ』のスラングだ。

 ゲームは転んで覚えろというのは有名な言葉だ。俺だって最初からゲームが上手かったわけじゃない。何度も何度も転んで動きや立ち回りを体に染み込ませたからだ。


「…………」


 サエラは少しうつむいて押し黙ってしまった。


「ん、どうしたんだ?」


 俺に様子を尋ねられて、サエラはゆっくり顔を上げぽつぽつと話し始めた。


「あ……。いえ、ごめんなさい……。やっぱり私じゃ、レイさんの高みにはいけないんだろうなって……」


 サエラは遠い目をして川をぼんやりと眺めている。

 大して長くないはずの沈黙が長く感じられ、辺りは耳が痛いほどしずかに思われた。


「私、あの時、怖かったんです……。死のイメージが、頭を支配して。レイさんに言われるまで、私、何もできなかったんです。ピーハイを握るくらいしか……」


 サエラの眼には涙が浮かんでいた。



 ああ、俺は勘違いをしていたのか。


 ゲームだった頃はHPが0になっても、所持アイテムの半分と装備武器をドロップし、所持金の20%をロストし、セーブポイントに強制帰還されるだけのペナルティしかなかった。もっというなら、課金アイテムの『ヴァリュアブルストーン』が1個あれば、その場で即時復活も可能だった。わずかなペナルティでさえも容易にチャラにできる。たった100円ぽっちの安い命。

 だから、「転ぶ」ことが怖いと本気で思っているプレーヤーなんて誰もいなかった。いるはずがなかった。



 でも、ここはゲームじゃない。

 ここはゲームに似た異世界だったんだ。



 サエラの口ぶりからして、HPが0=死だ。

 サエラに無情な世界の理を語られても、それでも俺はまだ実感できなかった。


 この世界はゲームそっくりの世界だ。現実世界と同じ残酷な法則が働いているといわれても、事実を受け入れることなんて簡単にできるはずがない。


 だけど――、



「俺も一度だけ『死んだ』ことがある……」


「えっ……?」


「本当に突然で、何が起きたかも分からないまま――死んだ。それまでに何もできなかったことがさ、すげぇ悔しかった。これから何もできなくなることがさ、すげぇ怖かった……」


 死んだときの忌まわしい記憶を思い起こしながら、一言一言噛みしめるように言葉を発する。


「そのとき、どうせ死ぬならゲームの世界で死なせてくれよって思ったんだ。ゲームの世界で死ぬことなんて慣れっこだ。それなら、後悔もないし、怖くもないって」


 サエラも黙って俺の話を聞いていた。


「でも、現実はそうじゃない。ここは俺がよく知っているゲームの世界だけど、リアルなんだ。だから今でも……。俺だって、死ぬのは怖えよ……」


「レイさん……」


「だから、すまねえ! 無神経なことを言った俺が悪かった!」


 テーブルに両手をついて、サエラに向かって頭を下げて謝罪する。


「えっ、えっ!? レイさんは何も悪くないですよ!?」


「いいや、悪かった! 『転ぶ』なんてふざけたことを言って、すまねえ」


 サエラは『転ぶ』という言葉を聞いてショックを受けた。HPが0になったら死んでしまう自分はこれ以上強くなれないと思ったのだろう。

 知らなかったとはいえ、向こうの世界の価値観を得意げに語った、俺に非がある。謝るのは当然だ。


「えっ、でもレイさんはここでよく『転んだ』んでしょう? だから別にレイさんは……」


「あぁ、もう! とにかくなぁー、俺だって死ぬのは怖ぇんだ! だけど、冒険者なら戦え! 死にたくないって気持ちを力に変えろ! あれくらいの死線は超えてなんぼだ!」


「がーん! 私がなぜか怒られちゃったー!」


 サエラは、俺の言った意味が分からないという感じでうろたえている。

 正直、自分でも何を言っているのかよく分からねえ。話してる内容がめちゃくちゃだ。



 この世界はゲームそっくりの世界だ。現実世界と同じ残酷な法則が働いているといわれても、事実を受け入れることなんて簡単にできるはずがない。


 だけど、ここはゲームじゃなくて、リアルなんだ。

 だから、この世界をリアルとして生きていこう。そう、心に決めた。

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