7-8 奪われた誇り2
(お知らせ)
今週と来週は週2回更新します。
次回の更新は5月2日の12時頃に更新予定です。
クマールが話を始める。
「その日は雲一つない絶好の登山日和だった。日課である早朝ランニングをしようと家を出て、何の気なしに空を見上げた。その時俺は見たんだ。巨大な竜神がフィルンの頂上に向かって飛んでいくのを」
「グレイシアドラゴンだな」
「そう。その日から霊峰フィルンは変わった。おとなしかった精霊が暴れ狂い、ソードステップは常に嵐が吹き荒れるようになった」
10月2日は確か霊峰フィルン実装日だ。
この日を境に様子が一変したというのは納得がいく。
「フィルンがおかしくなったことで俺たちの生活も変わった。登山客や学術調査を行っていた学者が来なくなり観光産業が死んだ」
霊峰フィルンは真EC。誰も来ないのは当然だ。
「村の日常も変わった。ヤクの放牧もできなくなった。村も雪崩に脅かされるようになった。食べる物が無くなったイエティが村を襲うようになった」
雪崩とイエティはクエスト絡みの話だ。
覚えていないが、放牧もきっとそうだろう。
「このまま村はどうなってしまうんだ。誰からの助けもないまま、そんな不安に夜も眠れない日が2か月以上も続いたんだ……」
ここまで話したところでクマールの顔色が曇った。
きっと本当の悪夢はここからだ。
「そして、あいつが村にやって来た」
「ムルドナシャルか」
「ああ。あいつは竜神の使いだと名乗った。フィルンに変化をもたらしたのは全て竜神。竜神はゴブリンが山を荒らしたことに怒って山を変えたんだとさ」
「ムルドナシャルからも聞いたよ。人間がフィルンに登るようになったから、ゴブリンがそれを真似た。だから、人間も山に登るなって言ってるんだよな」
「そうだ。俺たちが山に登ったから、ゴブリンが大量に押し寄せるようになったんだ」
「どうして、みんなムルドナシャルの言うことを聞くようになったの?」
「それか……」
メマリーの質問にクマールがぎりりと歯ぎしりする。
「あいつは不安を煽りに煽った。そして、竜神に対して祈り信じればいつかは祈りが届き、元の生活に戻ると吹き込んだ」
「ありえねえ……」
JAOはゲームだ。
ゲームが続く限りフィルンが元に戻ることはない。
「そして、邪宗を信じる者として長老や学僧を、そして山に立ち入り山を穢した者として俺たちシェルパを、猛烈に攻撃し始めたんだ。敵を作ることで、やつは味方を作った。こうして、竜神信仰が完成した……」
「えっと、ゴブリンが山に入ってきたから竜神が怒ったんだよね。じゃあ、ゴブリンを全部倒せば竜神の機嫌も直るんじゃないかな。ムルドナシャルもそう言ってたし」
メマリー、それは不可能だ。
そう言おうとしたが、先にクマールが語り出した。
「俺たちも戦おうとしたさ。でも、無理だったんだ!」
拳をテーブルに叩きつけ、クマールが怒鳴った。
「あいつらは強すぎる! シェルパ9人がかりでも、たった1人のゴブリンに手も足も出なかった。涙と鼻水をズルズルズルズルみっともなく垂れ流しながらさぁ……、俺もなぁ、命からがら逃げだしたんだよぅ。情けねえったら……」
言葉を詰まらせながら、つらい思い出を語るクマール。
何があったかまでは知らねえが、こんな思いは終わらせないとな!
「ゴブリンか……。そんな雑魚、いくら相手してもつまんねえ」
「えっ……!?」
「山の頂上でふんぞり返っているグレイシアドラゴンを倒してやらぁ!」
俺の啖呵を聞いてクマールの顔が青ざめる。
「相手はドラゴンだぞ、神だぞ。ゴブリンなんかとは格が違う。戦えるわけがねえだろ!」
「違うな。戦えなかったのは武器が弱かったからだ」
「うん」
俺の言葉にメマリーもうなずいてくれた。
「俺は武器屋だ。ドラゴンにでも勝てる武器を作ることができる」
「武器屋といってもな。タイラン商会とかいう世界一の武器屋だって、この村に出店したが、3か月もしない間に撤退したんだ。誰も歯がたたねえんだよ!」
「タイランはプロじゃねえよ。武器屋の面汚し。登山でいうならゴブリンアルピニストみたいなクソ野郎だ」
本当はゴブリンと比べるのも失礼なんだけど。
「だがなぁ、俺はプロフェッショナルだ。本物の武器しか作らねえ。グレイシアだって討伐できる最高の武器を!」
俺たちのインベントリにはもう既に眠っている。今か今かと出番を待っているフィルン特化武器たちが。
「あんたは登山のプロフェッショナルだ。頼む――」
俺はクマールにバッと頭を下げた。
「俺たちと一緒に霊峰フィルンに登ってくれ!」
いくら俺たちが強くても、シェルパなしじゃ大雪渓の前半にあるデカいクレバスすら越えられるかどうか分からねえ。シェルパの力が必要なんだよ!
だが、クマールはがくりと肩を落とした。
「俺じゃあ、駄目なんだ……」
「そんなことないもん!」
メマリーが励ますが、クマールの態度は変わらない。
「俺なんかが山に登っても、山を穢すだけなんだとさ……」
「それはあいつが勝手に言ってることだろ。あんたは命をかけ誇りを持って仕事をしてきた。違うか!?」
「俺は金のために聖なる山を売ったクズさ……」
生気の抜けたクマールに俺は掴みかかった。
「ふざけんじゃねぇ! 周りを見ろ!」
この部屋はきっとクマールの自室なんだろう。
壁いっぱいにスクリーンショットが張られている。
目を奪われるような絶景、登山家たちの誇らしい笑顔。これらは全て、霊峰フィルンとそこに挑む登山家たちの気高き姿を収めた物なのだろう。
クマールのシェルパ人生が詰まった写真。
これを見れば、クマールがどんな仕事をしてきたか一目で分かる。
「客のため、自分の家族のため、あんたは最高の仕事をしてきたんだろ。あんたのやってきたことって、そんなちっぽけなもんだったのかよ!」
ちっぽけな誇りしか持っていないやつが撮った写真なんかじゃ、こんなにも人の心を打てるわけがねえ。
「あんたが山と家族を護ってきたみてぇに、俺たちにも護りたいものがある。そうだよな、メマリー」
「わたしはママを護りたいんです。だから――」
「てめぇらなんかに何が分かる!!」
クマールの目から涙が、鼻から鼻水が、みっともないくらいにあふれだす。唇はぶるぶると震えている。
「ヒッ、護り……たくてもな……。む、む……無職の俺じゃ……家族を護れやしねえんだよ!!」
クマールは吐き捨てるように叫び、テーブルの上に置いてあった酒瓶を地面に払い飛ばす。
俺たちがそれに気を取られた隙に、クマールは出て行った。
「無職の俺……か……」
俺の呟きにメマリーは何も答えなかった。
「メマリー、行くぞ」
そう言ってメマリーの顔をのぞき込む。
メマリーは泣いていた。
俺が少しの間黙っていると、メマリーは腰をかがめ、写真立てを地面から拾い上げる。
それはさっきクマールが暴れて地面に落ちた物だ。
「ママを助けなきゃいけないって分かってる……」
写真立てには男の子とクマールが一緒に写ったスクリーンショットが飾られていた。登山客にしては幼すぎる。きっとクマールの息子なのだろう。
「でも、お兄ちゃん! わたし、クマールさんも助けたいの! 助けさせて!」
涙を流しながらも、メマリーは自分の気持ちをはっきり口にした。
クマールはムルドナシャルに誇りを奪われた。
無職という言葉をためらいながら口にする様子は、正直見ていてもつらかった。
誇りを奪われた人間がどうなってしまうのか――何となく分かる。
かくいう俺もゲーマーという誇りを核にして、この世界を生きているからな。
だからこそ、答えは1つ。
「当然だ。俺たちは冒険者だからな――」
奪われた誇りは取り戻してみせる。
たとえどれだけ難しかったとしても。
――それが俺たちの誇りなのだから。
次回は5月2日の12時頃に更新の予定です。
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