6-15 私はヒーラー2
6-14から6-17までは3人称アリス視点で話が進みます。
「また独りになっちゃった……」
アリスは転生してからずっと、異世界で独りだった。
狩りに行くにも、まともに戦える人がいない。
趣味のことを語るにも、知っている人がいない。
友達を作ろうとしても、自分に興味を示してくれる人がいない。
時には馬鹿にされ、時には冷たくされ、時には逃げられる、毎日。
いつしかアリスは前を向くことができなくなってしまった。
内気なアリスではあるが、生前の生活は充実していた。
おしゃれなコーデで街へ繰り出したり、大学のヲタ友とミュージカルに行ったり、JAOでは廃人プレイヤーとしてショッピングとボス狩りを楽しんでいたりしていた。
きらめいていた昔の自分を思い出しては、アリスは毎晩涙していた。
引きこもっている自分が惨めでしかたがなかった。
今の私は死んでいる。そう感じていた。
そんなある日、アリスはレイのことを知った。
異世界の強固な常識を破る行動。そして、チートスキル【移動工房】の存在。
アリスはレイが転生者だと確信した。
この人と一緒に居れば、今の死人同然の私を変えられるかも。
アリスは勇気を出して、レイに会いに行ったのだ。
(でも、ダメだった……! 変わらなかった。私は異世界が怖い!)
「ぎゃぁぁぁ~~!」
ガボンの絶叫でアリスは我に返った。
いつの間にか3人とものHPバーが真っ赤になっている。
戦線は崩壊寸前だったのだ。
「アリス、なぁぁにやってんだよぅ! さっさとヒール撃てやぁ!!」
ジデがヒールを求める。
「は、はい! ヒール!」
ジデの求めに応じて、アリスはヒールを放つ。
しかし、ヒールはジデに当たる前に消滅した。ジデではなくエンヴァのHPが回復。
「よぉぉく狙えやぁぁ、ボケカス!!」
ジデがアリスを大声で責める。
「そんなこと言われても……」
巨大Mobの20%エリアの空間に回復・支援魔法が命中し効果を奪われてしまう現象、「TDS(立っているだけでスティール)」が起きたのだ。
いくらしっかりエイムをしてもTDSは防げない。そういう仕様なのだ。
TDSされないよう前衛に支援する方法は2つある。
1つは、相手の20%エリア外に前衛が位置取ったタイミングを見計らい、魔法を飛ばすという方法だ。
だが、相手が積極的に前衛との距離を詰めようとしている場合は難しい。
もう1つは、ヒーラーが前に出て杖先を前衛に当てて支援するという方法だ。
後衛から支援を飛ばすだけでは満足に支援できない。
理性では、前に出て直接支援をすればいいのは分かっている。ヒーラーとして、迷うまでもない当然の判断。
それでも、アリスの足は地面に縫い付けられたように動かない。
「痛ってぇよおおおおお!」
「死ぬんじゃねぇぞ、ガボン!」
「くそったれぇぇぇっ!」
死亡寸前のダメージを受け断末魔の叫びを上げるガボン。そんな彼を必死に鼓舞するジデ。当たらない攻撃を懸命に繰り返すゴッヘム。
命知らずと呼ばれた3人ではあるが、彼らからは絶体絶命の状況に対する悲壮感が感じられた。
絶望がアリスにも伝染する。
(そんな……、ガボンさんたち……、ううん、それだけじゃない。私も、ここで死ぬの……!?)
アリスには死亡した瞬間の記憶がない。前世の最期の記憶はエスカレーターを駆け上がっていたということだけだ。自分が一度死んだという実感はない。
だから、レイと違って死とは何なのかというイメージがつかめなかった。
そんなアリスが初めて感じた死のイメージ。
それは異世界に対する怯えよりも、ずっと恐ろしいものだった。
アリスは反射的に下を向き目を閉ざす。
全てを諦めようとしたその時、アリスはレイの言葉を思い出した。
『前に出ろ』
アリスはハッと目を開けた。
レイは教えてくれた。
前に出ようとする姿勢――それこそが、この『無い無い尽くしの異世界』で生き抜く秘訣。
(この世界で上手くやっていく自信なんてない。それでも――)
ヒナツは言っていた。チャンスはそこらに転がっている。前を向けば、チャンスはつかめる。願いは望みのままに叶うんだと。
「この世界でも生きたい!」
死中に活。
心の奥に残っていた勇気とプライドをぎゅうぎゅうに振り絞って、アリスは前に出た。
「ガッ! ガッ! ガッ! ガッ!」
エンヴァが吼えて、上空から滑空する。
「狙うならタンクの俺様にしやがれぇぇぇ!」
ジデがエンヴァの行く手に立ちふさがるが、エンヴァは少し高度を上げることでジデを無視。
「一撃かまして死んでやらあああ!!」
ガボンはバスタードソードを斬りつけるが、ダメージは与えられなかった。
またしてもエンヴァの足に当たり、回避になったのだ。
鎌ほどもあるエンヴァの鋭い爪。
それがガボンの体を切り裂く前に、アリスのワンドがガボンの背中を押した。
「ヒール!」
間一髪のところでアリスのヒールが間に合った。
エンヴァの攻撃はかわせなかったため大ダメージは負ったが、ガボンが死ぬことはなかった。
「2撃目来るぞぉ!」
ゴッヘムが吼える。
エンヴァは空中で旋回。そのままガボンに向けて急降下。
ガボンは逃げるが、アリスは動かない。
アリスはワンドをサッとエンヴァに向け、エイム開始。
「させない」
今のアリスは落ち着いている。
魔法の照準を濁った深緑の目に合わせ――発射。
「ブラインド!」
漆黒の魔法弾がエンヴァの目に命中。
ボスの頭上にサングラスのアイコンが現れる。
エンヴァは暗闇の状態異常にかかった。
「ゴワア゛ッ!!」
視界が奪われた怪鳥の攻撃は、誰もいない空間を斬り裂いただけに終わった。
「サークルヒール」
サークルヒールは範囲回復魔法だ。
これで3人のHPは全快。ひとまずこれで安心。
「くぉぅらぁぁぁっ、アリぃスぅぅ!」
ものすごい巻き舌でジデが怒鳴り出した。
「なぁ~~にぃ、前ぇ出てきてんだよぉ! お前ぇ後衛だろぅがぁっ! 後ろすっこんでろっ!」
今にも人を殺めそうなくらいヤバい、ジデの剣幕。命の危機に瀕して余計にいきり立っているのだろう。ボスとの戦闘中でなければ、何をしでかすか分からないキレっぷり。
ジデたちにからまれるのは怖い。
それでもアリスは――
「うるさい! このハズレーーーーー!!」
自分の思いを全部ぶちまけた。
「前に出るなっつっただろうが!」
ジデがアリスを乱暴に突き飛ばす。アリスは尻もちをついた。
アリスは落ち着いた様子で土を払うと、何事もなかったかのように立ち上がる。
「レイさんが戻って来るまで私が指揮を執ります。皆さん、まずはモーション避けに専念してください」
アリスは3バカに自分の指示を聞いてもらうよう説得することにした。
幸いエンヴァはターゲットを見失っている。空中を旋回するだけだ。襲われる危険性は少ない。たとえ襲われても避けるのは簡単だ。
「お前ぇの言うことなんてよぅ、だぁぁれが聞くかぁっ!」
「私はヒーラー。私がこの状況を立て直します。指示を聞いてください」
「お前ぇは後ろからヒール飛ばしてりゃいいんだよぅ、ボケェ!」
「私はヒーラー。何と言われても、私は前に出ます」
「俺様の指示に従えや!」
「下手くそのあなたたちの言うことなんか聞いてたら、みんな死にます」
「言ってくれるなぁ、このくそアマぁっ!」
ジデがアリスの胸倉を掴んで脅す。
アリスとジデがやり合っている頃、ゴッヘムはエンヴァの様子を見るのに飽きていた。
「どうせ、相手は暗闇じゃあ。何もできんわい。ジャンプ!」
ゴッヘムがバトルアックスを肩にかついで飛び上がった。
「マイティビート!」
ゴッヘムの攻撃が翼の付け根にジャストミート。
そのままゴッヘムはエンヴァの背中に飛び乗った。
「ここなら攻撃され――のわっ!」
エンヴァが空中で一回転。ゴッヘムはあっさり振り落された。
「ガッ! ガッ! ガッ! ガッ!」
エンヴァの鳴き声を聞いて、ジデはアリスを掴んでいた手を離す。
エンヴァが落ちるゴッヘムに攻撃を仕掛けようとしていた。
暗闇中ではあるが、ゴッヘムが落ちるタイミングと軌道を見計らえば、攻撃は当たる。
「あの鳴き声は――デカい攻撃が来るぞ! ゴッヘムのDEFじゃ死んじまうって!」
ジデは慌てて外付魔石の交換を始める。
だが、それでは間に合わない。
「パワーダウン」
アリスのワンドから白いもやが発射された。ゴッヘムを攻撃する前に、パワーダウンはエンヴァに命中。
ゴッヘムは最大HPの5割強のダメージしか受けなかった。
「PTを活かすも殺すもヒーラー次第」
これはJAOでは常識中の常識。
ヒーラーが機能しなければ、場合によっては1時間半超というボス戦を続けることは不可能だ。
「私はヒーラー。あなたたちがどんなに下手くそでも、私の指示を全然守らなくても、どんなひどいヘマをやらかしても――私が、あなたたちを生かしてみせます!」
アリスの言葉を聞いて、ジデがニヤリと笑った。
「いいぜぇ――あんたの話ぃ、のぉっってやるよぉ!」
「本当ですか……!」
「レイさんが言ったんだ。『仲間がひでぇミスをしても、そいつに背中を預けられるやつ――それが、一流の冒険者だ』ってな。それができる――アリスさん、あんたは一流の冒険者だ。一流の冒険者の言うことなら、俺も信じられる」
「ジデ……さん……」
「俺からも言わせてくれや。あんたがひどいミスしても、俺はあんたに背中を預けることにした。なんたって、俺様も一流の冒険者だからなぁ!」
「任せてください!」
アリスは胸を張って答えた。
「お前らはどうするんだぁ!?」
「ここまで結果を出したんじゃ。文句などない」
「あんたの支援のおかげで助かった。聞いてやるよ」
ゴッヘムとガボンもアリスを信任してくれた。
全員がお互いの背中を預けて戦う気持ちになれた。
これでようやくボスとも戦うことができる。
眩しい太陽が遮られた。巨大なモノが上に居る。
「離れて!」
「ンゲァ゛ァ゛ッッ!!」
エンヴァが垂直に急降下。拘束攻撃、チェーンホールドだ。
だが、アリスの指示で全員避けるのに成功。
エンヴァの暗闇アイコンが消えていた。
「ここからです。みんなで協力して、レイさんが武器を作ってくれるまで持ちこたえましょう!」
アリスの号令にジデ、他の2人も答える。
「やぁぁぁってやろうぜぇぇぇ!」
「「おう!!」」
次回は2月24日の12時頃に更新の予定です。
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