6-9 無い無い尽くしの異世界で
前回は評価をいただきました!
本作を評価して頂いた方、ブクマして頂いた方、大変感謝しております。
これからもどうか宜しくお願い申し上げます。
狩りを始めて15分が経過。
相変わらずアリスはテンパっており、まともな支援はできていない。
ジデたちもそんなアリスに怒鳴りっぱなしだ。
「お前ぇはヒールさえ撃ってりゃいいんだよ! 余計なことはするんじゃねぇって、何回言やぁ分かんだよぉっ!」
「でも……ガボンさんが、ヒールだけじゃなくてバフもしてほしいって……」
アリスの弁明にガボンがキレる。
「なんだと、それは俺が悪いっていうのか!」
「いや、そんなつもりじゃ……」
「おい、お前ら。さっさと行くぞ」
悪かった点を指摘するのは大切だが、ジデたちがやっていることはただの吊るし上げ。これ以上続けても時間の無駄だ。
アリスが俺に話しかけてきた。
「あ、ありがとうございます」
アリスは俺が助けたと思ったのだろう。でも、それは勘違いだ。
「礼を言う暇があったら、ヒーラーとしてどう動けばいいのか考えろ」
足を速めて先に進む。
立ち止まっている暇なんてない。
アリスに怒鳴るなとジデたちを叱るのは簡単だ。ジデたちにヒーラーの動きについて教えるのも簡単だ。
でも、そんなんじゃアリスの怯えは解決しない。
自分から前に出なかったら、いつまでも経っても、前に進むことなんてできるわけがねえ。
まだ春先だというのに夏のように暑い。強い日差しが容赦なく肌を焼く。喉はカラカラだ。
皆黙って殺風景な荒野を歩く。
……PTの空気が悪ぃ。
暑いうえに、ジデたちやアリスがストレスを溜め込んでいる。
Mobの数が少なめだから暴れ足りない。
正直俺もイライラしている。
この澱んだ空気を吹き飛ばし、ジデたちの、アリスの、そして何より俺のストレスを減らしてぇ。
話はそっからだ。
「キャッキャッキャッ」
前方に1m30cm程の黒いひよこ、ベイビーエンヴァが現れた。
よしっ! お目当てのMobキタ!
「行くぜぇぇぇ!」
ジデたちがすぐさま走り寄る。
ベイビーエンヴァは息を大きく胸を膨らませると、
「ンキャーーー」
火炎を吐いた。辺り一面が火の海になる。
「ひるむんじゃねぇぇぇ!」
ジデたちは構うことなく、そのまま炎の中に突撃。
「ンクヮ」
ジデたちの連続攻撃をくらって、ベイビーエンヴァは倒れた。
前方のジデたちに呼びかける。
「よし、お前らここでストップだ!」
「ギヒ、どうしたんすか?」
「今からお前ら3人に、悪魔の食卓雑魚戦用特化武器を作ってやる。これはあくまで遊び――お代はまけといてやるよ」
ジデたちがアリスの支援にイラついているのは、アリスが本気を出せていないからだけではない。
武器が力不足だということもある。
アリスの支援が不要になるくらい強くなれば、自然にアリスへの罵倒は減るはずだ。
アリスには怯えを克服してもらいたい。
そのためにはジデたちの存在は必要だ。
だからといって、戦闘のたびにジデたちがギャアギャアわめくのを聞かされていては、俺のテンションまで落ちてしまう。
そもそも、ここには遊びに来た。
ストレスを溜めてちゃ、何のために来たんだよって話だ。
「うおおおお~~っ! 最初に貸してもらったブロードソードでも戦えているのに、さらにタダで武器を作ってくれるなんて、さすがはレイさん!」
ガボンが両腕をぐっと引き、喜びを爆発させた。
「今から作るのは、お前ら専用の特化武器。使いやすさが段違いだぞ」
「特化っていっても、レイさん。あんたが知ってるバトラーとブラックノーマッドはともかく、他のMobどものステは知らねえんだろ。どうやって作るんだ?」
「甘ぇな、ジデ。大体のステは戦いながら調べた」
ステの調査はさっきのベイビーエンヴァ戦で完了した。
「ギヒッ! さすがはレイさん。マジですげぇ……」
「そうと決まれば、今からここで鍛冶を始める。その間、お前ら4人でここを守れ」
こうして、製造を開始した。
30分後。3本の武器が完成。
ゴッヘムには火力バトルアックス、ガボンには超火力バスタードソード、ジデにはタンク用レイピアを渡した。
せっかくの高性能武器を装備しても使い方が分からなければ意味がねえ。
ゴッヘムとガボンにはアタッカーの、ジデにはタンクの立ち回りを教えた。
「今までのもすごかったけど、何だよこのバスタードソード……CATが5万7千もあるぜ! これならあのタフなスライム女も楽勝でぶっ殺せるぜえええ!」
「ほざけ! わしのアックスでもマイティビートを使えば、お前さんのバッソに引けは取らん。ぶっ殺すのはわしじゃぁぁ!」
ガボンとゴッヘムのテンションが爆上がりしている。上がりすぎて今すぐリアルファイトに発展しそうな雰囲気だ。
一方、ジデはというと、それほど興奮している様子もない。むしろ、ビミョーとでも言いそうな雰囲気だ。
「不満か」
「レイさん、これ火力低くねぇっすか?」
これまで装備していたサーベルのATKが17359。レイピアのATKが13310。
ほぼ4000ATKが下がっている。
「これはタンク用武器。火力を下げた分、防御性能は段違いだ。見ろよ、回避や防御は比べものにならねえだろ。敵の攻撃は全部お前が止めるんだ」
「全部俺様が止める……。ゲヒャァァッ! 数々の修羅場を生き抜いてきた俺様のタフさ、雑魚どもに見せつけてやらぁ!」
ジデが眼を剥き、舌を出し吼えた。相変わらずキモい。
「お前ら、この武器でちょっと遊んでこい。俺はアリスと話がある。危なくなっ……」
「「「オッケェェェェェッッ!!」」」
何かやべぇクスリでもキメたみたいにハイになった3人は、俺の話を最後まで聞かずに飛び出していった。
「……向こうの世界だったら、勇者認定間違いなしだな」
勇者という言葉は、進軍ペースを考えずどんどん先に進みモンハウなどに突っ込んでしまうプレイヤーのことをいう。
ゲームでは、下手くそなプレイヤーとして嫌われていた。
「え……まぁ……あ……いやぁ……」
俺の振りに対して、アリスはしどろもどろな返事をした。
「ところでよぅ、臨時っていろんなプレイヤーと組まなきゃいけねーんだろ。ああいうジデみたいなうざいプレイヤーと一緒になったら、お前どうしてたんだ?」
アリスは臨時主体で活動していたと昨日聞いた。
「狩り中の小言は無視してました。後日PTを組んだときにNGプレイヤーがいたら、適当な理由をつけて出発前に抜けるようにしていました」
気の弱いアリスだが、ゲームの頃はちゃんと迷惑プレイヤーの対策はできていたようだ。
「なぁ、アリス」
本題に入る。
「お前、異世界が怖ぇのか?」
アリスの顔がピキリと強張った。
「………………はい」
さっき酒場でアリスはこう言っていた、『この世界で私がすべきことは、求められたことを求められたように支援する。ただ、それだけなんです……』と。
ジデたちだけを恐れているのなら、『この世界で』なんて言葉は付けないはず。
アリスが本当に恐れているのは、異世界だ。
アリスが震える声で尋ねる。
「レイさんは……怖くないんですか?」
「怖くねえ」
胸を張って断言する。
「私は、怖いです……。だって、異世界は前の世界と何もかもが違う。物理法則も、社会も、価値観も、常識も……」
話しながら力なく下を向くアリス。
きっと、ジデたちに正しい支援の立ち回りを説明したにも関わらず、聞いてもらえなかったばかりかボロカスに言われたのがショックだったのだろう。他にも色々とあったのかもしれないが、そこまでは分からねえ。
「それはそうだけどよぅ。でも、JAOそっくりの異世界じゃねーか。まずはJAOをプレイしている気分で――」
「全然違うんです!」
俺の言葉を、アリスははっきりと否定した。
「全てがJAOと同じなら、私だって……怖くありません。でも、異世界の人たちは物の価値も判断できない。あらゆる点でレベルが低すぎて、一緒に狩りにも行けない、話も通じない。私がどれだけ正しいことを言っても、誰も耳を貸してくれない。分からない事があってもネットで調べられないから、今後どうしていけばいいのかも分からない」
アリスは目をつぶって叫んだ。
「異世界は『無い無い尽くしの異世界』なんです!」
確かに、アリスの言うことは間違いじゃねえ。
この世界のやつらは低ランクのものをやたらありがたがる。
99レベルにもなっていないやつらがほとんどだ。
知識も実力も伴っていないのに、ものすごく頑固。
ネットがないから情報なんてほとんど入ってこない。
アリスが言ったこと以外にも、『無い』はまだあるぞ。
タイランとかいうクソオリジナルNPCが偉そうにふんぞり返って武器の販売を独占しているから、武器屋を開店できる店舗が無い。
石も無いから、課金ガチャも回せない。当然、死んだら即ゲームオーバー。
「アリス、無いものを無いと言ってるだけじゃ、何も変わんねえ」
そんなアリスの態度じゃ、引きこもるのも無理はねえな。
「諦めたらダメなんだ」
「諦めたらダメ……」
「そうだ。この『無い無い尽くしの異世界』で生き抜く秘訣――」
アリスがゴクンと喉を鳴らし、俺に尋ねる。
「それは?」
「前に出ろ――だ」
「前に出ろ……?」
「そうだ。異世界のやつらが低レベルなら、根気強く引き上げろ。話を聞いてくれなくても、無理矢理話を聞かせろ。異世界のことが分からないなら、自分で調べろ」
異世界に来たときは俺も苦労した。
俺は移動工房の売り込みを必死で頑張った。トップ冒険者たちに何度断られても、食い下がり説明を続けた。
異世界の価値観や常識がどれだけ意味不明でも理由はちゃんと有る。その理由も考え、調べ上げた。
「異世界はハードモードだ。でも、前に出れば、『無い』は『有る』に変わる」
その積み重ねで、ここまで来れた。俺はそう思っている。
「それができるかどうかは――アリス、お前次第だ」
「…………」
アリスは何も話さなかった。
しかし、さっきまでとは違い、眼は死んでいない。両拳をギュッと握りしめている。
おそらく、アリスは迷っているんだろう。
まだ前に踏み出す勇気はない。でも、自分の現状をなんとかしたいとは思い始めた。
そんなところか。
一歩前進だ。
しかし、ここから先のことまでは俺にはできないし、してはいけない。
だから、俺はアリスのアシストに徹する。
「そう固ぇ顔すんなって。前に出るにも、心の余裕ってもんが必要だろ」
「心の余裕……」
「そのためにも、まずはここ悪魔の食卓、ゲーム感覚でクリアしようぜ!」
昨日見せてもらった見事な装備の数々。JAOが好きなやつじゃなきゃ、あそこまでは絶対に集められない。
JAOに本気で打ち込めば、アリスは絶対に前に出る。
一流のヒーラーは前に出るものなのだから。
次回は2月3日の12時頃に更新の予定です。
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