6-8 仲間のミス
悪魔の食卓に到着。
ガサガサの唇のように乾いてひび割れた大地。所々になだらかな台形状の低い岩山があるだけの殺風景なステージ。
予想外の光景だったのか、ジデたちとアリスは黙って目の前の光景をぼうっと眺めている。
「アリス、サーチングアイ」
サーチングアイとは隠密状態を見破るスキルだ。
俺に指摘されて、アリスはハッとした顔になる。
「しまった! サーチングアイ!」
しかし、スキル名を口にしても、サーチングアイのエフェクトは出なかった。
「あっ……! すみません、装備の選択を誤っていました。すみません……」
きっとアリスは、サーチングアイが内蔵された武器を装備しているつもりだったのだろう。
別の武器を装備していては、サーチングアイが発動しないのも当然だ。
ゴッヘムがアリスを罵倒する。
「装備を間違えるとか、どうしようもないのう。下手くそ!」
「すみません、すみません、すみません」
平謝りするアリス。
「レイさん、何でサーチングアイなんかするんだ?」
「良い質問だぞ、ガボン。Uランクのダンジョンでは、デスっていう超やべぇMobが出ることがまれにある」
「へぇー、どうヤバイんすかぁ?」
「デスは隠密状態から奇襲してくる。そいつの攻撃をくらったら、お前らみたいなvit型でも一発であの世行きだ」
デスはアサシネイトとエグゼキューションという超高火力スキルを使用する。
しかも、クローキングとアサシネイトの効果で隠密状態になっていることが多い。
「新しいUダンジョンに行くときは、常にそいつに備えなくちゃいけねぇんだよ」
さすがにECとはいえど、デスが出現するマップは極めて少ない。しかも、2、3体しか配置されていないのがほとんどだ。
だからといって、いや、だからこそ、デスに気をつけないといけない。
ましてや、ここは異世界。
死んでも、石を使って復活なんてことはできないのだ。
「それに、隠密状態で行動するMobはデスだけじゃねえからな。用心するに越したことないだろ」
「さすがだぜ、レイさん! おい、お前も覚えとけよ!」
ガボンがアリスに向かって怒鳴った。
多分アリスは知ってると思うぞ。
いつの間にか先に行っていたジデが俺たちに向かって号令する。
「ギヒヒヒッ、あっちにデカいのがいるぜぇ! 野郎ども、俺様に付いて来いやぁ!」
ジデの指差す先には巨大なスライム娘がいる。
知らないMobだ。
「「おう!」」
ガボンとゴッヘムが走り出す。
俺も走り出そうとして、ふとアリスの様子を見る。
「もう行っちゃった! どのワンドにしよう。えっと、でも、サーチングアイが切れると怒られそうだから……」
アリスは装備をどうしようか迷っていた。
「ヒーラーが遅れてどうするんだよ!」
アリスの腕を無理矢理引っ掴んで、俺たちもジデたちの後を追った。
ジデは先に戦闘していた。敵は巨大スライム娘1体だけだ。
「ギヒッ! 死ねぇ!」
ジデがサーベルで巨大スライム娘の足首を斬りつける。
黄色いスライム状の肉片が飛び散るが、本体は消滅しなかった。
「わしにも暴れさせろおおお!!」
ゴッヘムがクレセントアックスを振り上げ、スライム娘の太ももを斬りつけようとする。
ぐにゃり。
巨大スライム娘は地面すれすれまで大きく体を後ろに倒し、これを回避。
そのまま、腕を鞭のようにしならせ勢いをつける。
「マイティビート!」
背後からジデに強烈な平手打ち。HPが4割以上削られる。
「ヒールよこせやぁ!」
ジデがアリスに命令する。
「は、は、はいっ!」
アリスが杖を掲げる。ヒールをここから撃つ気だ。
おい、サイズ巨大相手に、それは悪手だろ!
「テンパるな、や……」
「ヒール!」
俺が止めるよりも早く、アリスのワンドからヒールが放たれる。
彗星のようにキラキラ輝く光線がジデに向かって飛んでいく。
が、ジデに当たる前に途中で消滅。
そして、回復を示す緑の数字のエフェクトがスライム娘に出現した。
JAOの回復魔法や支援魔法は、攻撃魔法などと同様に、命中させた時点で初めて効果が発揮されるのだ。
命中がトリガーであるため、対象は味方か敵かは問わない。
回復魔法が敵に当たってしまえば、敵が回復するのだ。
この仕様を利用して、敵が放った回復魔法や支援魔法に当たりに行き、効果を横取りするテクニックを「スティール」と呼ぶ。
命中判定が行われるのは体だけではない。体を取り巻く20%エリアの空間でも命中判定が行われる。
巨大なMobは当然だが20%エリアの空間も広い。
プレイヤーが敵に接近している場合、プレイヤーその空間に収まってしまうこともよくあることだ。
巨大Mobの20%エリアの空間に回復魔法などが命中し、効果を奪われてしまう現象。
JAOでは「TDS(立っているだけでスティール)」と呼ばれていた。
「なぁ~に、やってんだぁっ! しっかり狙えやぁ、こるぁぁぁっ!」
攻撃した分を回復されたうえ、自分は回復できなかった。
ジデが怒るのも無理はない。
だがTDSは、サイズ巨大のMobと戦うときにヒーラーが頭を悩ませる重大な問題だ。
エイムをしっかりするとかしないとかそんな単純な話ではない。
ゴッヘムの攻撃が命中。
それでも巨大スライム娘は倒れない。HPバーはまだ緑色のままだ。
一般的にスライムはHPが高い。しかも、サイズ巨大のMobのHPは非常に高い。そして、スライムの特性防御は物理。
そう簡単に倒せる相手ではない。
「俺も加勢する!」
ロングソードを抜いて、巨大スライム娘に向かって飛び出す。
突然、巨大スライム娘から数メートル離れた所に、五芒星の魔法陣が出現。
魔法陣の中央には体育座りしているゴスロリ少女の姿が。
また知らねえやつだ。面白れぇ!
魔法陣が光り始める。魔法の詠唱の合図だ。
詠唱が長ぇ。
範囲攻撃か、範囲状態異常か、召喚か。どんな魔法かまでは分からねえけど、早めに止めるに越したことねえ。
「アリス! ゴスロリを止めろ!」
アリスに指示だけを送り、巨大スライム娘に向かって斬りつけた。
「えっと、えっと、えっと……、インヒビション!」
アリスが放ったのはインヒビション、速度低下の魔法だった。
相手は魔法詠唱しているんだから、殺るか、パラライズとかシーリングとかをかけてくれってことだよ。速低にしてどうすんだ。
「グヘ」
しかも、インヒビはジデに命中。
運が悪ぃな、こいつも。
ゴスロリの魔法陣が激しく光る。魔法がくる!
「主人の私が命じます。戦いなさい……」
タキシードを着た悪魔が2体、ゴスロリの隣に出現した。
……なんだ、インプバトラーかよ。82レベルの雑魚じゃねーか。
楽しみにして、損した。
「ガボン、ゴッヘム。ゴスロリと悪魔やってこい!」
ゴスロリはともかくバトラーとやっても仕方ない。
2人に押し付けることにした。
「暴れてやらぁ!」
「殺るのはわしじゃあ!」
2人は巨大スライム娘を無視して、ゴスロリたちに向かっていった。
「なめてんじゃねぇよぉぉ!」
ジデが懸命にサーベルを振り回す。攻撃は当たるが、その分――
ドンッ!
防御がおろそかになっている。
スライム娘のチョップを避けられず、被弾。
ジデのHPバーは5割を切り、黄色に変わった。
そろそろ俺も本気を出すか。
武器をロッドに変更し、外付魔石を選択。
準備を終え、ジデに向かって走る。
「キュアコンディション!」
ジデに限界まで近づき、キュアコンを使用。これでジデの速低を解除成功。
「レイさん、マジありがてぇ!」
「いいってことよ」
そう言った時、
「し、シーリング!」
アリスが誤射したシーリングが俺に直撃。
シーリングはアクティブスキルを封印、つまり使用不可にする魔法だ。
「あのアマぁ!」
ジデが髪の毛を逆立てて怒鳴る。
だが、味方のミスに対する怒りで我を忘れることなんて、戦いにはクソの役にも立たねえ。
3流プレイヤーのジデに、トッププレイヤーである俺からのレクチャーだ。
「ジデ、覚えとけ」
ジデたちが荒くれ者でどうしようもない冒険者でも、トッププレイヤーを目指すのなら理解しておかなければいけないことがある。
「仲間がどんなひでぇミスをしても、そいつに背中を預けられるやつ――それが、一流のプレイヤーってもんだ」
味方がみんな上手いやつだとは限らない。自分より下手くそと組むことだってある。
だけど、同じチームとして戦う以上は、そいつと一緒に戦わなければならない。
そんなこともできないやつに、勝利の女神は微笑まない。
「でもよぅ……」
「仲間がミスをした分以上に自分が頑張ればいい。――それだけだろ」
そう言って、ロッドからロングソードに持ち替える。
攻撃魔法を撃ちこむつもりだったが、封印にかかっていちゃ仕方ねえ。
作戦変更だ。
「ギヒ、簡単に言ってくれやすねぇ」
「できねぇのか?」
「やぁっってやりますよぉ!」
ジデはサーベルを構えた。
ジデと俺が同時に攻撃。
スライム娘のHPバーが赤くなった。残り2割弱。
「捕まえたわ!」
巨大スライム娘が手を伸ばす。捕縛攻撃、チェーンホールドだ。
ジデの反応が0.08秒遅れた。まずい!
「おらぁ!」
慌てて横に跳び、ジデに体当たり。
これでジデが捕まることはない。
拳のように太い小指が脇腹をかすめたが、チェーンホールドの効果は不発。
「dex99の俺に、チェーンホールドなんて効くわけねぇだろ!」
返す刀で一撃。
「ギヒャヒャヒャァ!」
続いてジデの攻撃が入った。
あと1、2撃で巨大スライム娘が沈む!
巨大スライム娘が大きく腰を捻り、ぶるんと腕を振った。
「マイティビート!」
スライム娘が最期の攻撃に出た。
まずい! 自由自在にうねる巨大スライム娘の攻撃に、ジデは対応できていねえ。
まだジデのHPバーは黄色のままだ。マイティビートが上振れしたら――死ぬ!
ロングソードを振り上げ前方へ走る。
ジデがマイティビートをもらう前に、俺が巨大スライム娘を仕留めれば勝ちだ。
だが、ダメージ量を考えれば、仕留められない可能性のほうがわずかに高ぇ。
くそっ、間に合ってくれよ――。
「パワーアップ!」
アリスの声。俺の体が赤く光る。
アリスが俺に支援魔法をかけてくれたのだ。
パワーアップは攻撃力増加を付与する魔法。攻バフがかかればATKが1.2倍される。
ありがてぇ。魔法の効果とは別に、体の奥から力が湧いてくる。
思いっきり地面を蹴って、跳ぶ!
「この勝負、もらったぁ!」
ロングソードを思いっきり振り下ろした。
ブシャァッ!
弾け飛ぶスライム片。そのまま、巨大スライム娘は砕け散った。
その後、さらに追加されたゴスロリ少女とバトラーたちを倒して、戦闘は無事終了。
「すみません、すみません、すみません、すみません……!」
アリスは俺たちの顔を見るなり、また平謝りし始める。
「俺たちが攻撃しろと言っても、スカしてばかりでこの役立たずが!」
「そのくせ、わしにはマジックアタックを当ておって!」
ガボンとゴッヘムがアリスを怒鳴りとばす。
「俺はなぁ見てたんだ。レイさんにもシーリング当てただろ!」
「そうなのか!」
ガボンの言葉にゴッヘムが驚く。
「レイさんも言いたいことがあるでしょう、このウスノロに」
ガボンの言う通りだ。俺もアリスに言いたいことがある。
「さっきの、パワーアップ。見事だったぜ。サンキュ」
巨大Mobと戦うときはTDSされないように気を付ける必要がある。
プレイヤーを支援するためには、前に出て杖の先を直接対象に当てて魔法をかけるか、プレイヤーが敵の20%エリアの外に出たタイミングを見計らって魔法をかけなければならない。
アリスはここぞというタイミングでベストな支援をしてくれた。
そんな視野の広いプレイヤーが下手くそなわけがない。
「野郎ども、どんどん行くぜぇ!」
またジデが先に行っている。
あいつ、先走りすぎだろ。臨時だったら、勇者とか呼ばれて敬遠されるタイプだな。
「「おう!」」
ガボンとゴッヘムが走り出した。
「行くぞ!」
「は、はいっ!」
俺とアリスも追いかけた。
次回は1月30日の12時頃に更新の予定です。
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