6-7 怯え
前回は評価をいただきました。ありがとうございます。
マッチングでやって来たのは、まさかのアリスだった。
アリスは1年近くずっと引きこもっていた。
今になってどうして?
「アリス!」
アリスを見てヒナツが叫ぶ。
あいつ、何でアリスを知ってるんだ? 昨日ヒナツはフォーリーブズにいなかったのに。
……分かった。犯人はコプアさんだな。
アリスが俺のことを好きだと、コプアさんは勘違いした。俺とアリスをくっつけようとして、ヒナツをけしかけたにちがいない。
サエラも誰かの指令を受けている感じだったから、きっとグルだろう。
とはいえ、そんなことはどーでもいい。
アリスはHUワンドを何本も持っている。アリスが来てくりゃ百人力だ。
アリスの顔が突然ピシリと強張った。
その様子を見て、ジデがニチャァと嗤う。
「ギヒヒヒィ~、久しぶりだなぁ~。いつぞやのちゅお~~~うヘッタクソ女じゃねぇかぁ~~」
「え……あ……は……」
悪意たっぷりのジデの煽りに、アリスがガタガタ震え始める。
「お前ぇ~さぁ~。みゃぁ~だ、冒険者辞めてなかったのかよぉ~~。んんんん~~」
「……」
バジリスクのように眼をギョロつかせているジデに対して、アリスは石のように固まってしまった。
「せっかくよぅ~、お前ぇみたいなヘッタクソじゃ冒険者なんて無理ってことを、俺様が優しぃ~~く教えてやったのに。まぁだ冒険者を続けていたなんてねぇ~」
「うぃ~。そういや、こんな底辺以下のクソ雑魚いたなぁ~」
「わしは覚えとったぞ。ジデに説教されて泣いて帰っとったからのう!」
ジデ・ガボン・ゴッヘムの3人が爆笑する。
「…………」
アリスは唇を噛み、泣くのを懸命にこらえている。
「俺様はトップ冒険者様だ。お前ぇみてぇなヘッタクソが俺様の時間を無駄にするんじゃねぇーよ!」
「失礼しました……」
アリスがその場を立ち去ろうとする。
「待って!」
ヒナツがアリスの腕を掴んだ。
「ここで逃げてちゃ、ダメ」
「でも…………」
ヒナツに一喝されてもアリスは弱々しくうつむいている。
「はぁ……これだから、下手くそは困る……」
あまりのレベルの低さに自然と溜息が出た。
「ギヒヒッ、そうっすねぇ。俺たちとは住む世界が違いますからねぇ」
「だな。――俺やアリスと、お前らトップ冒険者とじゃな」
「ギヒッ!? どういう意味っすか?」
「そのまんまだ。お前ら、どうせ今でも【前衛】【後衛】とか言って、PTプレイをした気になってるんだろ」
この世界のPTロールは【前衛】【後衛】しかない。
前衛は、Mobと対峙するロール。後衛は、Mobから距離を取って長柄武器による攻撃や魔法を使用するロールだ。
武器の違いはあれど、前衛も後衛もただ殴るだけ。ヘイトコントロールも、メンバー間の連携も、バフやデバフによるサポートも、自陣の構築も、何も考えちゃいねえ。
向こうの世界でも、前衛・後衛という区分は使われていた。でも、それはあくまで立ち位置、HP管理の話。
やはり、【タンク】、【アタッカー】、【ヒーラー】の3種のロールを意識して戦うことが最強なのだ。
「ギヒ、そりゃあ、そうでしょうよ」
「やっぱりな」
JAOのヒーラーの立ち回りと、この世界の後衛の立ち回りは全く違う。
おそらく、アリスはヒーラーとして立ち回ったが、後衛の立ち回りを求めたジデたちに下手くそだと怒られたのだろう。
けれども、間違っているのはジデたちだ。
「よく覚えとけ。俺から言わせれば、お前らの立ち回りは全然なってねぇ」
「うええっ! 見なくても分かるんすか!?」
「当たり前だ、ガボン。どうせクソ雑魚のお前らのことだ。魔法主体の後衛が前に出たら危ないとかアリスに言ったんだろ」
こういう低レベルな考え方は、この世界に来てからうんざりするぐらい聞いた。この世界の冒険者はJAOの戦い方というものを、まるで知らない。
そもそもジデPTだってそうだ。
こいつらと最初に出会ったのは節分イベントのときだ。1確必中なんてこだわらないから、命中の魔石を減らして防御の魔石をもっと内蔵しろ。そんな雑魚丸出しのクレームをつけてきたのだ。
アタッカーが使う雑魚戦用武器は、1確必中にこだわらなければならない。
ジデたちはそんな基本中の基本も分かっていなかった。
「アリス、お前は本職のヒーラーだろ。この勘違いどもに、何か言ってやってくれ」
俺の言葉にアリスは首を横に振った。
「私、下手くそですから……」
「下手でもヒーラーはヒーラーじゃねえか。基本的な立ち回りぐらい理解してるだろ。こいつらはヒーラーのいろはも知らねえんだよ」
アリスはさっきよりも強く、首を横に振った。
「私からは言えることはありません」
アリスにヒナツが強く抗議する。
「ねぇ、言われっぱなし、やられっぱなしで悔しくないの!? 下手でもいいじゃん! 胸張って、自分はヒーラーだって言わなきゃ、何も変わらないよ!」
「そうだ。こいつらが間違ってるんだから、間違ってるって言えば済む話じゃねえか。こいつらがお前に何かムカつくことを言ってきたら、今度は俺がきつく説教してやる」
アリスが消えりそうな程のか細い声で呟いた。
「違うんです。この世界で私がすべきことは、求められたことを求められたように支援する。ただ、それだけなんです……」
アリスはガクガクと震えていた。冷や汗が頬をつたい、視線は完全に下に向いている。
昨日俺に見せた楽しそうな表情からは程遠い顔だ。
アリスの言葉を頭の中で復唱する。
「なるほどねぇ……」
アリスはジデたちを怖がっているのは間違いない。
だが、問題はそこじゃねえ。
アリスはもっと大きなものに怯えているのだ。
アリスがどんな人生を送ろうが、俺には関係ねえ。
でも、昨日の楽しそうな顔を見ちまったからなぁ。
俺が大好きなJAOのことで嘘をつくやつなんて、黙って見てらんねえよ!
「決めた」
そう言って、俺は椅子から立ち上がった。
「おい、お前ら。ボスをぶっ殺しに行くぞ」
「わしらは全員前衛。後衛はどうするんじゃ?」
ゴッヘムの質問にジデが答える。
「ギヒ。レイさんとヒナツだろ」
「アタシは行かない」
ヒナツの返答に、ジデたちだけでなくアリスも驚く。
「でも、ヒーラーだったらヒナツさんのほうが――」
「アタシが行っても仕方ない。アリスが行かなきゃ」
ヒナツの言葉にジデが蛇のような眼を剥いて怒る。
「おい、ヒナツぅ! お前ぇの意見なんて聞いてねーんだよ! 俺様が行けっつってんだから、行けやコラァ!!」
「――おい、ジデ。それは俺の台詞だ」
荒ぶるジデを目で殺す。
「俺が行くって言ったら、行くんだよ。ヒーラーはアリス――決定事項だ」
ジデは不服そうに舌打ちした。アリスは相変わらず怯えている。
「アリス一人来るぐらいでガタガタぬかす雑魚に、俺と遊ぶ資格なんてねえ。どうする?」
ちらりとジデを見る。
「やぁっってやりますよぉ! 俺様は、命知らずのジデ! 雑魚じゃねぇですからねぇぇ! お前ぇらも行くぜぇ!」
よし。これでピースの1つが填まった。
アリスを元に戻すには、こいつらが必要だ。
後はアリス自身だ。
「アリス。お前の間違い、1つだけ教えてやる」
壁に右手をドンと突きつけ、アリスに迫る。
「この世界でお前がやるべきことは、言われたとおりに支援することなんかじゃねえ。ヒーラーとしてPTメンバーの命を守ることだ」
「命……」
かすれるようなアリスの小さな声。けれども、今までよりもほんの少しだけ生気を感じた。
「それをあのアホどもに教えてやれ。――実戦でな」
そう言って、アリスから離れた。
ヒナツがアリスに声をかける。
「チャンスだよ! アリス!」
「チャンス……?」
「どれだけひどい失敗してもいい。どんなに自信がなくたっていい。アタシは前を向き続けることで神様からのチャンスを活かせた。今度はアリス、キミがチャンスをつかむ番だよ!」
ヒナツの言う通りだ。前を向け、アリス!
アリスはそれでも怯えている。震えている。
それでも彼女は小さな声を上げた。
「わ、私でよかったら……、ヒールくらいは……善処します」
まだアリスは立ち直ったわけじゃない。まともな立ち回りは期待できないだろう。
でも――
「それでいい」
焦らなくても大丈夫。
ほんの少しでも前を向こうとする意志が残っているのなら、どうとでもなる。
「ヒナツ」
ヒナツとアリスがどんな話をしていたのかまではわからない。
でも、1年近くも引きこもっていたアリスをここまで引っ張ってきたのは彼女のおかげだ。
「後は任せろ」
「頼んだよっ☆」
ヒナツが人差し指を振ってウインクを飛ばす。
ジデたちに声をかける。
「待たせたな」
ジデが悪魔的な笑みを浮かべる。
「さっさとボスをぶっ殺しましょうや!!」
「行くぜ!!」
「「「おう!!」」」
俺の号令でジデたちも立ち上がった。不安そうな顔のままアリスも続く。
悪魔の食卓は新しく実装されたEC。ダンジョンボスのデータはおろか、雑魚の名前すら分からねえ。
苦しい戦いになるだろう。
攻略するには――ヒーラーの力が必要だ。
次回は1月27日の12時頃に更新の予定です。
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