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1-19 異世界で温泉

 入口でモンハウを片付けた後、俺たちは湧泉洞で狩りを続けた。


 ゲームのときよりもモンハウの数が多い。ここで狩りをしている冒険者が少ないせいだ。

 結果、俺の印象よりもワンランク上の難易度になっている。


 しかし、特に危ない場面はなかった。むしろ、サクサク狩れてちょうどいいくらいだ。

 サエラのプレーヤースキルは高い。モンハウに出くわしても、何の苦もなくMobの大群を処理している。しかも、サエラの剣、ピートハイプラスターもこのレベル帯のMobを相手にするには十分すぎるくらい優秀な武器だ。

 高いプレーヤースキルと強い武器。JAOでは、この2つがそろって初めて効率を出すことができる。きっとサエラは今までの人生の中で、最高効率を叩き出しているはずだ。



「次の広くなっている場所で休憩しましょう~」


 狩りを続けて1時間ほど経ってサエラが休憩を申し出た。


「はぁ!? 休憩は、いったん街に戻るか、SAセイフティエリアでだ。それ以外とかありえねーよ」


 SAというのは、Mobが侵入できない場所だ。休憩はSAで行うのがJAOの常識となっている。


「ちょっと遊ぶだけですよ。FP回復はちゃんとセイフティエリアでやりますよ」


 FPというのは、疲労ポイントだ。

 戦闘や長時間の移動などを行うと、FPが溜まっていく。そして、FPが上限値まで溜まると行動不能になる。FPは休息や食事を取ることで少し回復する。

 FPはだいたい2時間くらいで上限値まで溜まってしまうので、長く狩場にいるときは適度に休憩をとる必要がある。もっとも、課金アイテムの『ヴァリュアブルストーン』を使えばFPが全快するので、俺みたいなゲーム廃人は休憩をとらないことも多かった。


「そうは言ってもよぉ……」


 俺が小言を漏らす前に、サエラは前方へ走り出した。



「うわ~。ここ久しぶりだなぁ~」


 サエラは目的地に着くなり、はしゃぎ始めた。


 壁際に小さな池があった。広さは畳3畳ほど。光が紫色の岩に反射して、薄紫色の水面がぼんやり光っている。


「この池か?」


「ここは池じゃなくて、温泉で~す。お猿さんやゴブリンさんも時々気持ちよさそうに入ってるんですよ」


「スパモンとスパゴブが池で定点湧きするのか?」


 定点湧きというのは、Mobが決まった位置に出現することだ。


「湧いているのは温泉ですよー」


 紫石の湧泉洞には、温泉が何カ所かで湧いている。

 実際、ここは他の場所よりも蒸し暑く硫黄の臭いが強い。だからサエラに言われるまでもなく、この池が温泉だということくらい分かる。



「んなこと分かってるよ。でも、温泉熱くて入れねえだろ」


 湧泉洞の温泉は熱湯だから入れないという設定になっている。

 たとえ無理に入ろうとしても、温泉は背景扱いとなっており足を踏み入れることはできない。そういう仕様だった。


「うん、そうですね。とっても熱いです。何もしないで入ったら大ダメージです。でも――」


 サエラは得意げな顔をして魔石を俺に渡した。渡されたものは耐火の魔石HN。その名の通り火属性攻撃を軽減する効果を持つ魔石だ。


「耐火を填めれば入れますよー。まだちょっと熱いけど」


「それは分かったけどよぉ……。何で俺に渡すんだ?」


「レイさんも一緒に入りませんか……」


 上目づかいで、はにかむサエラ。


「て、てめぇ! 何考えてんだよ! そんなことできるわけねーだろ!!」


 恥ずかしさのあまり、サエラから顔をそむけ、温泉とは反対側を向く。


「あれ……? どうして顔が赤いんですか?」


「湯あたりしたんだよ!」


「温泉入ってないのに? よく分からないけど、まぁ、いいや~。先に入ってますよー」


 ピーンという高い音が聞こえた。サエラが服の装備を解除したのだろう。JAOでは水に濡れても数秒で乾くから、服のまま湯に入ることもできるのによぉ。


 心臓がバクバク鳴っている。温泉が波立つ音がやけに大きく聞こえてくる。

 くそっ、いきなりこんな展開になっても困るっつーの! JAOは18禁ゲームじゃねえんだよ!


「ふぅ~~。気持ちいいなぁ~~」


 俺は振り向かねーぞ。


「レイさんも一緒に入りましょうよ~」


 無視だ、無視。


「温泉好きじゃないのかなぁ~」


 集中だ! ゲームをやってる時みたいに集中!


「足だけでもぽっかぽっか~」


「足湯かい!」


 思わずサエラのほうを向いてつっこんでしまった。



「気持ちいいですよ~」


 俺の気持ちも知らずサエラは無邪気に手を振っている。どうやら温泉は浅いようで、サエラのワンピースがぎりぎり湯につからない程度の深さだった。


「足湯なら足湯と最初から言えよ」


 足湯くらいなら何の問題もねえ。俺も温泉に近づいた。


「靴は外したほうが気持ちいいですよ」


 どうやら、さっきサエラが装備を解除したのは靴だけらしい。


「めんどくせー。そのままでいいだろ」


 サエラの言うことは無視。耐火の魔石HNを外付けし、靴のまま湯の中に足をつける。


「熱っつー!」


 思っていたよりも熱い。親父が入った後の風呂よりも熱い。


「すぐ慣れますよ。もし熱かったら、もっとランクの高い火耐にすればいいですよー」


「そんなもったいないことできるか。俺は熱い風呂にも慣れてるから問題ねーよ」


 そうは言っても、かなり熱い。

 だが、足を湯から出すのは何か負けた気がする。我慢してやらぁ。


「熱いお風呂にも慣れてるなんて、さすがレベル99ですねー」


「いや、そこ関係ねーから」



 足湯につかってしばらくすると、さすがに熱湯に慣れてくる。温かさが足からだんだん上へと伝わり、やがて体の芯から温まってきた。体中から汗がじんわりとにじみ出る。


 そういや、こんなにゆっくり風呂に入るのも久々だな。3年前に家族で行った温泉旅行以来か?

 JAOに1分1秒でも長くログインするために、いつも風呂はさっさと済ませていた。俺の中じゃ、圧倒的に風呂よりゲームだった。昔の廃人も、風呂は5分で済ませていたとかいうしな。


 でも今はこうして、JAOとほとんど同じ世界でのんびり足湯につかっている。自分でもなんだか信じられない光景だ。

 今も昔もJAOをとにかく楽しみたいっていう気持ちは変わらねえ。

 でも、こういうプレイも悪くねえな、と思い始めている。

 らしくもねえことを考えているのは、きっと足湯のせいで頭がぼうっとしているからだろう。



 体も温まったので、そろそろ足湯から出ることにした。サエラにも声をかける。


「サエラ、そろそろ行くぞ」


 だが、返事がない。……さては、気持ち良くなって、立ったまま寝てるのか。

 しゃーねーな、起こしてやるか。


「サエラ起き――」


 サエラの肩を揺さぶると、サエラはふらふらっとよろめきながら俺に向かって倒れこんだ。


「レ、レイさ~ん」


「意外。起きてたか、しゃんとしろ」


 よく見ると、サエラの顔は真っ赤で汗をびっしょりかいている。熱かったとはいえ足湯で湯あたりってするのか?

 とりあえず、よろめくサエラをひっぱって足湯から出た。



「私、頑張りましたぁ~」


 サエラはぐったりとしながらも、Vサインを右手で作り嬉しそうに笑っている。


「好きだからって、そこまで頑張らなくてもよかったんじゃねーの」


「私はですねぇ~。あつ~いお風呂の後でつめた~いアイスを食べるのが好きなんです~」


「そ、そりゃあ気持ちは……まあ、分かるけどよぉ……」


 嫌な予感がしたせいで、言葉がしどろもどろになってしまう。

 サエラはウインドウをタップしている。おそらくアイスを探しているのだろうが……。


「な、無いよ~。アイスがな~い! まさか、溶けちゃったの~!」


「溶けてるのは、あんたの頭だろ」


 JAOでは、食料アイテムや薬品アイテムは一定期間が経過すると消滅する。詳しい仕様は不明だが、大体現実に近い雰囲気だ。

 ということは、熱いマップにアイスなんか持っていったら溶けるに決まっている。


 サエラは溶けたアイスのようにだらしなく、その場に倒れこんだ。こいつ自体がアイスでできているとかねーよな。


「アイス~。アイス~。アイス~」


 よっぽどショックだったのか、頭が完全にのぼせているのか、うわ言のようにアイスと呼び続けている。


「ああ、もう見てらんねえ!」


 インベントリから1つのアイテムを選択しサエラに渡す。

 サエラはそれを見ると、たちまち顔に生気が戻り、瞳が輝きだした。


「あ、アイスだぁ!」


 俺は『保存魔法の瓶』というアイテムを持っている。食料アイテムなどが消滅するまでの期間を大幅に延ばすアイテムだ。

 予めその中にアイスを入れて持ってきていた。温泉が湧いているダンジョンなので暑いから食べたくなるだろう、と思ったからだ。


「えっ、でも、これはレイさんのでしょう。食べるわけには……」


「黙って食え! 勘違いすんなよ! そこでいつまでも湯あたりしてたら、俺の仕事に支障がでるからだ。食ったら、さっさと行くぞ!」


「うん。ありがとう。食べたら頑張ります!」


 サエラは立ち上がり頭を下げて礼を言った。


 少しばかり道草を食ったが、ここからは再び本気の狩りだ。

 気合いれて攻略するぞ!

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