5-32 倒立前転宙返り2
ヒナツの言葉に穴があったのか、ツフユが反撃する。
「いいや、世界は変わらねーな。正確には、いつかは頭打ちする」
「どういうこと?」
「いいか、よく聞け。世界の半分以上は97・98・99レベル以上の高難易度ダンジョンなんだ。これらを攻略できないようじゃ、強くなったとはいえねーよ。きっと今までみたいに戦うことを諦めるのがオチだな」
ツフユのいう高難易度ダンジョンとは、ECと呼ばれるダンジョンだ。
一般的には、ゲームクリアもしくは一定のレベルに達することで入場できるダンジョンなどをエンドコンテンツという。
それとは違って、JAOでは単に97・98・99レベルのダンジョンをECという。公式も使っている正式なJAO用語だ。
ECをひたすら周回し、LIという貴重なアイテムや金を集める。それが多くのユーザーにとってJAOを遊ぶ目的となっているのだ。
JAO運営は数百万人いるユーザーを飽きさせないように、現在は半月に1回ECを新しく実装している。
無限に増え続けるECをいくつも攻略して初めて、JAOという神ゲーを楽しむことができるのだ。
だから、ツフユの言うことは正しい。ECを攻略できないままじゃ、「世界は変わった」なんて、とてもじゃないが言えねぇ。
ツフユの言葉にヒナツが反論する。
「99レベルの高難易度ダンジョンだって、レイが武器を作ってくれたら攻略できる。デルモだって99レベルだけど、レイがU武器を作ったからサエラとフェーリッツの2人で狩りに行けたじゃん」
「U武器やHU武器があれば高難易度ダンジョンでも攻略できるのは、あたしも認める」
「じゃあ――」
「でもな、ヒナツ。あんたは何も分かっちゃいない。レイはいつかU武器を作れなくなる。そうなったら、冒険者の活動は頭打ちさ」
「えっ……!」
「それが1年後なのか明日なのか、そこまではあたしにも分からない。間違いなく、その時はやって――」
「来ねーよ」
俺の居ない所で俺のことをあることないこと勝手に言われちゃぁ、移動工房の看板に傷がつく。そろそろヒナツとバトンタッチしてもいい頃だ。
「聞いてたのかよ」
「たまたまな。ま、そんなことはどーでもいい」
「レイ、U武器が作れなくなるってツフユの話、そんなの嘘だよね!?」
「いや、本当だ。俺たちが何もしなければU武器は作れなくなる」
「ははっ、そうだと思ったよ」
「何笑ってんだ、ツフユ。お前ぇの推論はそこまでしか当たってねーよ」
「どういうことだよ……?」
「言っただろ、『何もしなければ』って。最初から順を追って説明すんぞ」
インベントリからアイテムを取り出して説明する。
最初に取り出したのはミスリル銀とオリハルコンとSS魔石。
「武器製造には金属と魔石が必要だってことくらいは知ってるか?」
「知ってるよ。こいつらを叩いて武器にするんだよね」
「正解だ、ヒナツ。それなりに貴重品だが、まぁなんとでもなる」
ミスリル銀のレアリティはS。オリハルコンのレアリティはHS。この世界の冒険者でも十分産出可能だ。
低ランクの魔石をたくさん集めて魔石屋に持っていけば、高ランクの魔石に精製してくれる。だから、高ランクの魔石といえども問題なく集めることができる。
「問題はこいつだ」
取り出したのはU鎚。
「U武器やHU武器を製造するにはUランクの金鎚が必要だ。しかし、こいつは消耗品。10回使えばポッキリ折れちまう」
「この世界ではU鎚を手に入れるのは事実上不可能なのよ。だから、レイが持っているU鎚が尽きたら、もう2度と新しいU武器は生まれない……」
苦虫を噛み潰したかのような顔でツフユはU鎚を見つめている。さっきまでの虚勢を張った顔とは違い、ツフユも悔しそうな顔だった。
やっぱり本当はこいつだって、この世界に満足しているわけじゃない。サエラやフェーリッツ、ヒナツと同じように、タイランの被害者なんだ。
「事実上不可能!? ってことは、入手方法があるってことじゃん、ツフユ!」
ヒナツの指摘にツフユはしまったという顔をした。
「あるぜ。巨人工房のダンジョンボス【サイクロプス】を倒せばクエスト報酬で必ず手に入る」
ダンジョンボスとは各ダンジョンで一番強いボスだ。
「でも、そこは高難易度のダンジョンの1つ……。雑魚狩りをするならともかく、ボスを倒すなんて……」
「はっ、サイクロプスごときに俺が負けるかよっ!」
ECのダンジョンボスの戦闘力だけ考えれば、サイクロプスは下から数えたほうが早い。
「ツフユ、お前ぇは知らねえかもしれないけどよぉ、ちゃんとした武器を用意すれば、武器と同ランク帯のボスは攻略できるようになっているもんだ。覚えとけ」
「…………」
ツフユは唇を噛み、俺の言葉に何の反論もしてこなかった。
「心配しなくてもU鎚のストックはまだまだ十分ある。サイクロプス攻略のU武器くらい用意してやんよ」
プラチナムストリート1番地を買うために色々な物を換金したが、武器屋の必需品であるU鎚まで換金したわけではない。
「そんなわけで、ツフユ。移動工房はサイクロプスを討伐する。移動工房は止まらねえ! くっだらねえ世界なんて変えてやらぁ!!」
俺の言葉にヒナツが目を輝かせる。
「レイ、連れてってよ! アタシもサイクロプス討伐したい! 巫として、冒険者として、世界を変える手伝いがしたい!」
「はっ、心配すんなヒナツ。お前はもう攻略メンバーに組み込んでいる」
「やったぁ! アタシの槍が――」
「ヒーラーとして世界を変えてくれ」
「ずーん……」
「そう落ち込むなって。サブアタッカーとして攻撃に――」
「行くな!!!」
楽しい流れを止めるほどの悲痛な叫び。
叫びにつられて俺とヒナツはツフユを見る。
泣いていた。
どんな相手でもナメた態度を取り、口を開けば攻撃的な言葉を吐く。たとえコテンパンにやり込められようと、唇を噛み睨みつけ無言で反抗する。
決して弱みは見せない女――それがツフユという人物だ。
そのツフユが顔を歪めて泣いていた。
血を分けた妹であるヒナツでさえ見たことがないのか、彼女も絶句している。
「あたしが、あたしたちがどんな想いであんたを護ったか……」
ツフユは弱さも優しさも包み隠さずに、目をはらして自分の想いを訴える。
「あたしはただ――これ以上、大切な妹に死んでほしくないんだよ!!!」
本音を晒しツフユはヒナツを強く抱きしめようとする。
「ありがとう。今までアタシを護ってくれて……」
ヒナツがそう言った次の瞬間、信じられないことをヒナツはやってのけた。
ヒナツはツフユの肩を掴みグッと地面を蹴り、倒立前転を決めたのだ。
そして空中で2回転して、ツフユの頭上を越えていった。
「とぅ!」
ヒナツが着地のポーズを決める。
ヒナツの奇行にあっけにとられて俺とツフユはその場に固まってしまった。
そんな俺たちをよそに、ヒナツはこちらを振り返ってツフユに呼びかける。
「ツフユ、サイクロプス討伐一緒に行こう!」
「ヒナツ……、あたしの話聞いてたのかよ」
「うん、聞いてた! だからこそアタシは思った!」
ヒナツは無邪気に笑う。
「ツフユは立派な巫としてアタシを護ってくれた、導いてくれた。そのおかげで今のアタシがあるんだなぁって。ツフユが護ってくれた命、絶対に無駄にできない」
ヒナツは胸に手を置き語り続ける。
「だけど、ツフユの後を追うだけの私は、レイが変えてくれた。今度はアタシの番だ」
「アタシの番……?」
「そうだよ、ツフユ。今度はアタシがツフユを変える。アタシがツフユを、みんなを護る。さあ――!」
ヒナツはツフユの手をふんづかまえた。
「アタシがツフユを引っ張っていく! 一緒に戦うんだ!」
ツフユの手を掴んだまま、ヒナツはツフユと踊る。
「このっ、バカっ、ほんとに手を引っ張るなって!」
「ハハハハハハー」
踊りといっても、ヒナツがツフユを力任せに振り回しているだけだ。不格好で酷い有様。
「こらっ、バカっ! 離せ!」
「離さないよー!」
でも、2人は楽しそうに笑っていた。
そのうちツフユがヒナツの手を引きはがすことに成功。
「調子に乗んな」
ツフユの手刀がヒナツの頭に振り下ろされた。
「そもそも、あたしは泣いて引き止めたんだ。それなのに、何で倒立前転宙返りをあのシチュエーションで決めるんだよ。そのせいで全部雰囲気ぶち壊しだ」
「面白かったからいいじゃん」
「はぁ、どこが面白かったんだよ!? なぁ、レイ?」
「見てる俺も、意味不明すぎてドン引きだった」
「ほらな。10人があれを見たら12人が同じ感想を言うと、あたしは思うね」
「10人中12人って、何か増えてない!?」
「あたしを守る、あたしを引っ張る……言うようになったな、未熟者」
「アタシはこれから変わるんだ~」
「はっ、昔はあたしの真似ごとばかりしていたくせに……」
ツフユの言葉は相変わらず悪いが、さっきよりも丸く聞こえた。
ツフユは俺に視線を向けて注文を付ける。
「レイ、約束しろ。巨人工房で誰一人死なないような武器を作れ」
「余裕」
俺の言葉を聞くとツフユは長い溜息を吐いた。
「あ~~~~~、面倒くせー。でも――、」
蒼いイヤリングがキラリと光る。
「冒険者として、巫の先輩として、姉として、ちょっとイイところ見せてやりますか」
次回は11月1日の17時頃に更新の予定です。
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【防御は最大の攻撃】です!~VRMMO初心者プレイヤーが最弱武器『デュエリングシールド』で最強ボスを倒したら『盾の聖女』って呼ばれるようになったんです~
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