5-31 倒立前転宙返り1
楽しかった打ち上げも終盤。ヒナツは席を立ったきり戻ってこない。いなくなったヒナツの分まで、俺とサエラは心ゆくまですき焼きを楽しんだ。
「いや~、食った食った」
腹を押さえて便所から出る。腹がいっぱいすぎて、もうポーション1瓶も飲めそうにない。こりゃ、今日はさすがに狩りに行けねえな。
自分の席に戻る途中、廊下の曲がった先から声が聞こえてきた。
「いちいち後でああだこうだ言うの面倒だから、結論だけ先に言っとく。――あんたを元冒険禁止区域には行かせない」
粘っこいハスキーボイス。ツフユの声だ。その声を聞くだけで、心底うざそうに半眼で睨むツフユの顔が思い浮かばれる。
「アタシの話を聞くのが先でしょ。結論出すのはそれからで」
ヒナツの声だ。俺たちと一緒にいるときのようにふざけている感じでもなく、偉大な姉ツフユに畏れたり怒ったりしている感じでもない。きっぱりとした短い返事。
いい調子だ。強い意志を芯にした鋭い言葉で斬りこまなければ、ツフユの濁流のような暴言に呑み込まれるだけだ。
「チッ……分かったよ……」
刺々しい沈黙が俺の居る場所まで押し寄せる。2人の姿は見えていないが、鬼も逃げ出すような修羅場であることは想像に難くない。
けれども、俺は便所に引き返すようなまねはしない。ヒナツが冒険に出るということは、武器屋である俺にとっても重大な問題だ。
俺の出番は必ずやって来る。息を潜めて耳をそばだて、チャンスを狙う。
「ツフユ、アタシは元冒険禁止区域で修行する」
「…………」
「アキ海中社殿だけじゃないよ。いずれUマップにも行こうと思ってる」
「…………」
「これは宣言だ。ツフユが止めても、アタシは行く」
力強く言い切った後、ヒナツはすぅっと深呼吸。落ち着いた口調で再び語り出す。
「アタシは今回のイベントで自分の成長を初めて実感できたんだ。巫として人々を守るというのはどういうことなのか、そのためには何をしなければならないのか。たくさん考えたし、たくさん実行したよ」
ヒナツはイベントの実行委員長として本当によくがんばった。俺には思いつかないようなアイデアを出したり、参拝客や冒険者たちの相手をしたり、次々と起こるトラブルを解決したり――連日朝から晩まで走り回っていた。
「やっと巫としての道が見えた気がする。その道を追えそうな気がする」
巫の先輩としてツフユは、ヒナツの言葉をどう思っているのだろうか。
「アタシはもっと成長したい。たくさん巫技能を取って、いろいろなことをできるようになりたい。レベルを上げて、困っている人を助けられるようになりたい。だから――――」
ヒナツは大声を張り上げた。想いを全てツフユにぶつけるように。
「元冒険禁止区域に行くことを認めて!!」
再び沈黙が訪れる。ヒナツとツフユ、2人の想いが、がっしりと組み合っているかのような緊迫した沈黙だ。
煙草の煙を吐き出すような長い溜息の後、ツフユが口を開いた。
「節分イベントを通じてヒナツが巫として成長したのは、あたしも認める。巫としてのヒナツの成長を、あたしも応援したい。でも――」
ツフユの言葉が重くなっていく。
「あんたは何も――分かっちゃいない」
以前と変わらないツフユの言葉。ツフユはさらに言葉を続ける。
「あたしが言ったこと、もう忘れたのかよ。この鳥頭」
「ちゃんと覚えてるよ」
「いいや、忘れてるね。絶対忘れてる。いいか、未熟な巫に世界一の巫がもう一度説法してやる。ありがたく思えよ。冒険禁止区域っていうのはな――」
ツフユの言葉をヒナツがさらりと遮る。
「HSランクよりもずっと危険な場所なんでしょ。もちろん分かってる。今回だって、タイラン製の武器を使ったPTが死にそうになったからね」
中堅はおろか底辺でも行けるアキ海中社殿でも、一歩間違えれば――死ぬ。
「冒険禁止区域はフェーリッツが命懸けで調べた場所。準備不足や油断、ミスが命取りになる。アタシも痛感した。甘い考えで行っていい場所じゃないって」
「分かってるんだったら、高ランクのマップで狩りをして一気にレベルアップなんて甘い考えは今すぐ捨てろ。命を落とす危険がある場所で狩りをするなんて、そんなの馬鹿げた自殺行為だ」
「馬鹿げてなんかない。ザフィールも言ってたよね。『この世界を救うものは――困難と闘う意志だ』って」
節分祭に乱入してきたときにザフィールはそんなことを言っていた。
「命を落とすかもしれないから戦わない。それって、困難と闘わずに逃げているだけだよね。そんなんじゃ、いつまでたっても立派な巫になれるわけない」
「はぁ!? 1歩歩けば全て忘れる鳥頭のヒナツなんかに、あの言葉の重みが分かるわけねーだろ! あんたは何も分かっちゃいない!」
怒っているときでも怒鳴らずにねちっこく煽るだけのツフユが、珍しく声を荒げた。
「ザフィールがヒナツの解釈を聞いたら、さぞ落ち込むだろうな。あの言葉の意味はな、強いMobと戦ってレベルを上げれば立派な巫になれるとかいう、自己満足的で安っぽいもんじゃない」
「じゃあ、どういう意味なのさ?」
「教えてやる、絶対忘れんなよ。ザフィールが言いたかったってことは、『困難に立ち向かう意志がないと世界は何も変わらない』ってこと。強くなったくらいじゃ、世界は何一つ変わんねーんだよ」
ツフユは吐き捨てるように言った。
「違う、ツフユ。強くなったから、世界は変わった」
「何にも変わってねーよ」
「ううん、確かに変わったんだ」
ツフユの威圧的な態度にビビることなく、ヒナツははっきりと自分の意見を貫く。
「去年は鬼に立ち向かえる人なんて特選騎士団しかいなかった。冒険者はみんな無理だと諦めていた。一般人は、家の中でも夜中でも暴れまわる鬼に迷惑していた。アタシたち神官連は謝ることしかできなかった――でも、今年はどうだった?」
「…………」
「楽勝で豆集めできるくらい強い武器をレイが作ってくれた。そのおかげで、トップ冒険者だけじゃなく、中堅冒険者や底辺の一部も勇気を出して戦うようになった。レスターンの人々も安心して眠れるようになった。神官連も人々の役に立つ活動ができた。レイの強い武器があったから、アタシたちは戦えたんだ。――ツフユ、世界は変わったんだよ!」
熱っぽいヒナツの演説に、ツフユは「それは……そうなんだけどさぁ……」と悔やしがることしかできなかった。
「強くなれたら、本気で闘う意志が生まれる。本気で闘う意志が生まれたら、世界は変えられるんだよ!」
ヒナツの言葉に俺は1人黙ってうなずく。
俺もそうだった。ゲームを練習して、練習して、練習したから、強くなれた。強くなったからこそ、もっと強くなりたい、強くなろうという気持ちが湧き上がった。そして、ゲームはもっと楽しい世界を俺に見せてくれた。
俺が今までのゲーム人生で歩んできた道を、この世界も進もうとしているのかもしれない。そう感じた。
次回は10月28日の12時頃に更新の予定です。
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