1-18 立派なゲーマー
俺とサエラは狩りの準備のためにいったん別れた。急いで準備を済ませ集合場所に到着。
集合場所はメテオジャム前だ。メテオジャムは虹色に光る巨大な魔石で、JAOにおけるテレポーターだ。JAOの世界各地にメテオジャムがあり、メテオジャムから別のメテオジャムに瞬間移動することができる。そのためメテオジャム前は、俺みたいなパーティーの相方待ちの人でごったがえしていた。
遅えな……。時計アプリを呼び出して時刻を確認。16:32、集合時刻はとっくに過ぎている。一度呼び出しをかけてみるかと考えた時、前方から声が聞こえてきた。
「お待たせしました~」
サエラが息を切らして、人ごみをかき分けやって来た。
「レイさんって、いつも早いですね。カフェ出るのも早かったですし」
「準備はいいか?」
「いいですよ~。実はここに来る途中でおやつを……」
俺はサエラの話をよそにして、輝く巨大な魔石に手をかざした。
着いた場所は、ごつごつした紫色の岩肌がむき出しの山だ。俺の後ろには、王都レスターンにあるものと同じメテオジャム。そして前方には大きな洞穴。この洞穴こそが、今回の俺たちの目的地、紫石の湧泉洞だ。
「やっぱり、レイさんってせっかちだよ~」
少しむくれながらサエラも転移してきた。
「うるせえ。さあ、着いたぞ。ここからは気合入れていくぞ!」
俺が発破をかけると、いつもぬぼーっとしているサエラの顔にも緊張が走る。
「絶対効率出すぞ!」
先祖代々伝わるピートハイプラスター。そして何より、工房なしで鍛冶スキルを使用できるチートを持った俺がいる。
この世界がどれだけ低レベルな世界だか知らねえけど、湧泉洞くらいあっさり攻略してやるぜ!
知っているようで知らない暗がりの中へ、俺たちは足を踏み入れた。
ゲームよりも強い硫黄の臭い。目に飛び込んできた光景に、思わず目を見開いた。
入口付近にスパモンキー15、ドゥームズフライ2。どいつも、入口から3mもいかない距離にいる。しかも、通路の奥の離れた所にはサルファーギズモ1までいやがる。
ドゥームズフライはテニスボール大の黒い蝿で、サルファーギズモは黄色の筋斗雲だ。
いきなりモンハウかよ。
モンハウとはモンスターハウスの略語で、特定のエリアにMobが大量に密集している状態のことだ。
確かに、湧泉洞はそこいらにモンハウができる。1回狩りをする間に、20体程度のモンハウに5、6回ぶつかることは覚悟しなければならない。だが、まだ体が慣れていない入口でのモンハウはきつい。準備運動なしで激しいスポーツをするようなものだ。
獲物を見つけたスパモンとドゥームが一斉に襲い掛かる。
だがサエラは避けない。素早く屈んで足元の小石を拾い、俺に向かって来たスパモンに投げつけた。武器による攻撃ではないためダメージこそ入らない。それでも、攻撃されたと思ったスパモンたちはサエラに向かっていった。
どうやら、サエラはこのモンハウを一人で処理するつもりらしい。面白ぇ。金色の閃光さんよぉ、ここは一つお手並み拝見といこうじゃねえか。
スパモンの爪とドゥームの吻が届く前に、
「ミラージュアボイド!」
サエラがスキルを発動。
おっ、このタイミングでミラージュアボイドか。
ミラージュアボイドは被弾した時に一定確率で幻影を作り出すスキルだ。幻影が発動している間は本体を視認することはできない。幻影は一定時間が経過すると消滅する。サエラのステだったら4、5秒は持つんじゃないか。
Mobの注意が幻影に集中。その隙にサエラは慣れた手つきでウインドウをタップし、魔石を外付けする。その間1秒。
サエラは周囲のMobには目もくれず、大きく地面を蹴った。
「ダッシュ!」
普通の人間じゃありえないスピードで駆ける。アクティブスキルの1つダッシュの効果だ。
ゆるゆる移動していたサルファーギズモの近くまで一足飛びに駆け、一閃。サルファーギズモはあっけなく霧散する。
良い判断だ。サルファーギズモは残しておくとヤバいからな。
それと同時に幻影の効果時間が消え、敵の注意が本物のサエラに向いた。一斉にスパモンとドゥームがサエラのもとに駆け寄ろうとする。
まず襲いかかってきたのは、2匹のドゥーム。吻を伸ばしサエラの心臓と左肩を貫こうとする。
サエラはこれを鮮やかに回避。同時に横薙ぎの一撃をドゥームに与えた。
いくら動きが非常に速いドゥームとはいえ、攻撃をした直後にはディレイ(硬直)がある。避けることはできずに消滅した。
サエラのもとに遅れてスパモンが到着。サエラに攻撃しようと前後左右から次々跳びかかってくる。
必要DOGは十分満たしているが、それでも気は抜けない。
攻撃が必中エリアという部位に当たってしまうと、どれだけDOGが上回っていても命中判定が有効となり被弾してしまうからだ。
10匹以上同時に襲い掛かられると普通の人ならパニックになってしまう。攻撃どころか回避すらままならない。
だが、サエラは華麗な足さばきで落ち着いてスパモンの攻撃をかわし、攻撃を繰り出す。結果、被弾は最小限に抑えられている。
スパモンの数を6匹まで減らした時、通路の奥から1匹のスパモンが走ってこちらに向かって来た。早速追加オーダーかよ。
スパモンキーはリンクという性質を持っているので、交戦中に仲間を次々呼び寄せるのだ。
そして、リンクの波及効果は交戦している同じ種類のMobの数で決まる。つまり、戦っているMobの数が多いほど、その呼び寄せる範囲は広くなり、呼び寄せる効果も強くなる。そのため、手早くスパモンキーを処理することが要求される。
サエラは高速でダッシュし、向かって来るスパモン目がけて強烈な突進攻撃をぶちかました。スパモンは回避モーションをとることもできずにキィ~と間抜けな声を上げ消滅した。
良い判断だ。6匹同時に相手している状態で1匹減らすのと、戦闘態勢にない1匹を倒すのとでは後者のほうが、断然楽だ。スパモンキーはリンク持ちなので1匹でも少なくしておいたほうがいい。
その後は危なげもなく、サエラはスパモンの群れを処理した。
「大丈夫でしたか~」
サエラが汗をハンカチでぬぐいながら入口まで戻って来る。さっきまでの素早い戦いぶりが嘘のような、相変わらず間の抜けた声だった。
「けっ。あんなまねしなくても、俺は湧泉洞の雑魚なんかにやられたりしねーよ」
「レイさんからしたら、ここは雑魚なんですねー」
「当たり前だ。俺はもっと難しいダンジョンを攻略してるんだよ」
「すごいなぁ~。私もレイさんみたいにがんばらないとです」
両手を握りしめ気合を入れるサエラ。だが、そのあどけない表情のせいで何となくしまらない。
「お前だって……」
「ん? なんですか?」
思わず漏らした俺の言葉を聞いて、サエラが俺の顔を不思議そうに覗き込んだ。
げぇっ!言葉に出てたのかよ! 全部言ってなくてよかった。この続きは絶対言わねえからな!
「な、何でもねえよ。それより、さっさと行けよ! 狩りはまだ始まったばっかなんだからよ!」
慌てて話を逸らすと洞窟の先へと大股で歩きだした。
入口のモンハウ相手に、かかった時間は1分強。被弾した回数は10回。
そして、俺が受けたダメージは0。お前がモンハウを抱えてくれなかったら、さすがにダメージ0は厳しい。
十分すぎるくらい良い戦果じゃねえか。
サエラ、お前だって、向こうの世界に行ったら立派なゲーマーだよ。
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