5-25 ある底辺男の物語2
5-24から5-27までは3人称『ある底辺男』視点で話が進みます。
富くじが終わって数時間が経過。
並み居るライバルたちを押しのけ豆を投げたものの、手元が狂って豆はあさっての方向に飛んでいった。本日最後の豆まきはスカに終わった。
豆が尽きてしまった男はタランバに向かった。タランバとは底辺御用達の金策マップだ。
しかし、タランバは過去最高クラスの混みっぷりだった。きっと今日の富くじでスッてしまった冒険者たちが押し寄せているのだろう。歩けども歩けども、出会うのは人、人、人ばかり。起伏の多いフィールドマップをひたすら歩くだけの無意義な行為。
精神をやられた男は、1時間もしないうちにレスターンに戻って来た。
「所持金は7852マネか……。富くじチケット1枚分にもなりゃしねぇ。とりあえず酒でも飲んで寝るか。まだ昼だけど」
疲れ切っている男は自分の思考が口に出ていることすら気づかない。
「よぉっ! そんな暗い顔してどうした!」
はつらつとした明るい声。男は振り向いた。
声をかけてきた人物は男の友人だった。
彼もまた男と同じ、どこにでもいる底辺――のはずなのだが、いつもと違って金ピカに輝く鎧を装備している。
「……お前みたいな底辺に、そんな豪華な鎧は似合わねーよ」
JAOでは服や鎧はただの見た目装備であり、ステータスには一切影響しない。見た目装備にこだわるのは、オシャレにうるさい女か中堅冒険者以上の金持ちと相場が決まっている。
ましてや、黄金のプレートアーマーなどという成金趣味全開の鎧なんて、底辺が禁酒に禁酒を重ねても装備できるはずがない代物だ。
「おいおい! 反応うっすいなぁー。これSS服だぜぇ、SS」
そう言いながら友人は金ピカ鎧に太陽光を反射させる。眩しい光が男の目に突き刺さった。
「やめろ、こらぁ! お前ぇみたいな底辺に、そんなすげぇ鎧なんて似合わねーって言ってんだろ!」
男のキレ気味の抗議に友人は、待ってましたと言わんばかりに語り始める。
「そうだ。似合わねーよな――底辺にはな。だけど、底辺を脱出した超大吉福男には似合ってるだろ。なにせ俺は、超大吉福男様だからなぁ!」
「超大吉福男だぁー…………って、まさかまさかまさかまさかまさかまさかまさか、まさかぁっ!!」
「そのまさかだ! 成ったんだよ! 今年初めての超大吉福男にな!!」
「はぁぁぁぁぁっ!?」
超大吉福男というのは、今回の富くじの最高賞だ。前半と後半にそれぞれ1人しか選ばれない。
「1等って確かUランクの武器なんだろ。売っぱらえば、そのだせぇ鎧も買えるわな」
「だせぇって……、ま、俺はそんな暴言にキレたりしないな。なんたって、もう底辺は卒業したんだから」
「はぁ……底辺は底辺だろ。武器を店売りして臨時収入得たぐらいでいい気になるなっての!」
男は悪態をついた。完全な負け惜しみ。本心はうらやましくてうらやましくて仕方がない。
「高ランクの武器を使わない。そう考えちまうのが底辺なんだよなー。俺はなぁー、武器を売らなかった」
そう言って、友人はショートスピアーを取り出した。きっとこれが超大吉福男の賞品なのだろう。
「マジ!?」
「ああ。最初はさすがに売ろうと思った。でも、これを作った武器屋がな、ど~~~しても使え使えってうざかったんだよ。あんまりにもしつこかったから、俺は勇敢に使ってみた!」
友人は胸を張り大声で笑い始めた。
「そしたらさぁー、めちゃ旨ぇんだよ! レアドロップであのくっそ高い豆が出るんだぜ。ノーマルドロップだってハチミツより旨いんだ。もう笑いが止まんねーよ!」
豆はマーケットで1発15万マネ以上の価格で取引されていると聞いた。もっと上がってもおかしくない。
それに対して、底辺の稼ぎの源泉であるハチミツは1個300マネだ。豆1発がハチミツ500個分。話にならない。
「アッーハッハッハァァァ~~!! 最高だ! 俺の人生、変わったんだぁぁぁぁぁ~~~~~!!」
友人は笑い続けている。これまでの鬱屈とした底辺生活を清算するかのような、豪快で無邪気な笑い。
男はそんな友人を見て、幸せを否定する言葉を無意識に探していた。
「はっ、いくら旨かろうが死んじまったら意味ねーよ。底辺が背伸びして高難易度マップでリスキーな狩りをするより、タランバで安全で楽な狩りをしたほうが、長い目で見れば人生の勝ち組だ」
男がそう言うと、友人は口を横いっぱいに広げて、ニ~~~ッと笑った。
「タランバかぁ~~。あんなきついマップで狩りをするのは、俺はもうごめんだな」
「ええっ!?」
「このショートスピアーがあったらアキのMobなんて、全部雑魚。どいつも一撃で倒せるし、全然ダメージもくらわない。超楽勝」
「嘘だろ……」
「それに比べたらタランバは――、ワーカーやドローンは速くてなかなか当てづらいわ、プーの野郎のパンチは痛いわ、必死こいてかけずりまわらなきゃインファントやプラントや蜜棚にありつけないわで、難しすぎる。そして何より、同じ底辺たちがギスギスしてるから、心が荒むこと荒むこと!」
友人の指摘はタランバに通い詰めている底辺たちなら、誰もが納得する内容だ。
だからといって、タランバがSSランクの上級マップよりも難しいという言葉は、にわかに信じられない。男の体には骨の髄まで、底辺としての本能が染みついてしまっているのだ。
友人はなおもしゃべり続ける。
「こいつを手にして、俺の人生観は変わった。昔からのよしみだ。お前には大切なことを教えておいてやるよ」
「……何なんだよ?」
「どうして中堅やトップが目ん玉が飛び出るほど高ぇ武器を買うのか。今まで全く理解できなかったが、今日俺は悟った。強い武器さえあれば、あり得ないほどの大金をらくらくゲット。それに気づいたやつだけが中堅やトップになって美味しい思いをしているんだ。気づかない底辺は不満を抱えて苦しみ続けるのさ」
「…………」
「話は終わりだ。じゃあな。また飲もうぜ」
手を振って友人は歩き出す。陽光を反射する友人の背中から男は目を逸らした。
もうあいつとは一緒に飲むことなどない。そんな気がしたのだ。
「ああ、そうだ。もう1つアドバイスを思いついた」
友人はこちらを振り返らずに、
「笑えよ」
一言だけ言うと、また歩き出した。
男は安い酒瓶を1本買うと、家路を急いだ。1月後半の冬風が容赦なく男の身を斬りつける。男はうつむいたまま肩をいからせ早足で歩いた。
(くそっ、なんであいつだけ美味しい思いをしてるんだよっ!)
神様の手違いなのか、同じ底辺だと思っていた友人が超大吉福男に成ってしまった。悔しいが、彼はもう人生の勝ち組だ。今日からは、らくらく金儲けができる。
(俺だって、ラッキーが起きれば)
この世には運のいいやつと悪いやつがいる。自分は後者なのかもしれない。
それでも男は、自分も楽して金が欲しいという妄想を捨てられなかった。
(なにが「笑えよ」だぁ! こんっなクソみたいで惨めな俺が笑えるかっての!)
憤激のあまり、地面に落ちていた小石を思いっきり蹴っ飛ばす。
コツン
小石は前方にいた何かにぶつかった。それに気づいた男は顔を上げた。
全身が赤い肌の大男が男を鋭く睨みつけている。派手派手しい虎のパンツをはき、手には黒光りした金棒。間違いない。目の前にいるのは、【アカオニ(鬼は外、福は内)】だ。
『鬼は外、福は内』イベントでは5種類の鬼のMobがレスターンに出現する。
『豆まき炒り豆』を投げれば鬼を倒すことができる。そして、一定確率で鬼は福の神に変化する。福の神に変化すれば、この世界では800万マネがもらえる。
鬼の名前と福の神変化率は以下のようになっている。
アカオニ(鬼は外、福は内) 16%
アオオニ(鬼は外、福は内) 8%
クロオニ(鬼は外、福は内) 4%
ミドリオニ(鬼は外、福は内) 3.2%
キオニ(鬼は外、福は内) 2%
細かい数値なんて男は全く知らない。だが、アカオニが圧倒的に旨いということくらいは知っている。
「よっしゃあ、アカオニ! 福の神になれやぁ!」
思いがけない僥倖に男は叫んだ。そしてインベントリを開いて豆を取り出そうとする。しかし――
「ああ、ちくしょう! 豆は全部投げちまったんだ!」
男は豆を使い切っていた。今日支給された豆はたった5発。そんな数ではあっという間に使い切ってしまうのも当然だ。
(ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう! やっとやって来たラッキーだっていうのに、こんな馬鹿みたいな話あるかよ!)
アカオニは「ガオー、ガオー」と唸りながら男の前をうろうろ徘徊するだけだ。まるで「早く俺に豆を投げろ」と言わんばかりに。
けれども、男には豆が無い。どうにもならない。
男は膝をつき、その場にうずくまるしかなかった。
「鬼はーそとー、福はーうちー」
かわいい少女の声が聞こえた。イベントを楽しむかのような軽やかな弾んだ声。
男は顔を上げて少女を見た。茶髪のツインテールに花柄のスカート。この少女は――。
「えーい」
少女は豆を投げた。
「グオー」
鬼に豆が当たった。鬼が吼えると、福の神に変化した。
「今年も一年良い年になりますように~」
そう言って、福の神は消えた。
「やったぁ~、やったぁ~」
無邪気に喜ぶ少女。その笑いが男をさらに惨めな気持ちにさせる。
はいつくばったまま男は叫んだ。
「ふっざけんなよぉぉぉ!」
男は地面を叩いて泣いた。
「金が欲しいんだよぉぉぉ! なんで俺はついてねえんだよぉぉぉ!」
男は再び顔を上げて、とまどう少女を見る。そして彼女にやり場のない怒りをぶつけた。
「お前なんか、俺よりド下手だったのに、レイなんちゃらとかいう武器屋に気に入られて、今ではトップ冒険者様だ! こんなの不公平だろ! この超大吉福女!」
少女の名前はメマリー。2か月前まではタランバでもろくに狩りができないド底辺だった。しかし、レイ=サウスに気に入られて1か月で83レベルまで上げるという偉業を成し遂げ、そのままトップ冒険者の階段を駆け上がったラッキーガールだ。
「俺だって、俺だって……! トップ冒険者様みたいに、楽して旨ぇ思いをしてぇんだよ!」
メマリーは男の叫びを黙って聞いている。メマリーは男を見て何を思ったのだろうか。苺のように可愛らしい瞳はあふれんばかりの涙で潤んでいた。
「俺だって、腹の底から笑いてぇんだよぉぉぉ!」
寂しい貧民街に男の叫びがこだました。
「あ、あの……これ――使って下さい」
メマリーは男にハンカチを差し出した。涙を拭けということらしい。男は受け取らなかった。
メマリーは返されたハンカチで自分の目をぬぐうと、男に語りかけた。
「わたしはお金持ちじゃないし、超大吉福女じゃないし、楽して美味しい思いなんか全然してないです……」
そんなわけない。男はそう思ったが、なぜだか口には出せなかった。
「でも、どうすれば本当に笑えるのか――わたし、知ってますよ」
メマリーは優しく微笑んだ。その温かい微笑みが、凍てついた底辺の心をほんの少し溶かした。
メマリーも底辺出身だ。彼女にも、もしかしたら同じように温かく迎えてくれた人がいたのかもしれない。男はそう感じた。
「あ、はわぁ~、すみません! わたしみたいなのが生意気言っちゃって……。やっぱり迷惑ですよね……」
「いいから、さっさと教えろ!」
「ひぃっ……!」
男は努力が嫌いだ。向上心も全くない。普段だったらメマリーの申し出など、面倒だの一言で断っていただろう。
だが、今は苦しんでいた。つらい現実に追い詰められていた。紙一重で得られなかった幸運を、本当に欲しいと願った。
だから、男は立ち上がる。本当の福をつかむために。
「トップにいいこと教えてもらって、俺も今日から福男だ!」
「え!? 福男にどうすればなれるのか、それは知らないですぅ……。わたし、運悪いからぁ……」
「えええええ!」
男はまだ気づいていない。
超大吉福男やメマリーに出逢えたこと――これこそが今までの人生の中で1番のラッキーな出来事だということに。
次回は10月4日の12時頃に更新の予定です。
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