5-10 命を守る武器1
本日は5-9、5-10、5-11を3話連続投稿します。
(注意)胸糞展開がある話です。苦手な方は5-9、5-10を飛ばして、5-11を読んでください。5-12からレイがツフユに反撃を開始します。
落ちているイヤリングを拾った後、サエラがツフユの肩にしがみついた。
「ぐすん……、どうして、あんな、ひどいことを、ひっく……、言うんですか。ヒナツのこと、うぅ……、巫になれない……なんて、うぅ……言うんですか……?」
心優しいサエラのことだ。とっくに泣いていたのだろう。涙で言葉を詰まらせながら、自分の想いを、絞り出すように口にする。
「ただ事実を伝えただけ。ヒナツに巫は務まらない」
そっけなく話すツフユの右手はまだ震えている。
「ぐすん……そんなこと……。ツフユさんは、ひっく……、ヒナツが巫になるの……昔は応援、ぐすっ……してくれましたよね。どうして、ひっく……昔みたいに……」
「昔みたいにはいかないのよ……」
降りしきる冷たい雨の中、ツフユは話を続ける。
「レイ=サウス。この機会に、あんたにも言いたいことがある」
「何だよ」
「この世界では、UMobは強い」
UMob、つまりUランク帯のMob。JAOにおけるほぼ最高ランクのMobたちだ。
「言われなくても――」
「あ~、分かってない。全然っ、分かってない!」
俺の言葉はツフユに遮られた。そのままツフユが話を続ける。
「いい、そもそも昔はUMobなんていなかった。その頃はあたしたちも、まだ何とか戦えていた。ヒナツだって、弱いとはいえ十五勇者の端くれ。レベルが上がれば、立派な巫になれるとあたしだって信じていた」
JAOのサービス開始時の最高ランクはSSだった。Uランクが実装されたのはサービス開始時から約半年後だ。
「だけど、タイランが弱い武器をばら撒いたことで、冒険者の強さは止まった。あたしたちが足踏みしてる間にも、Mobの強さはどんどん上がっていった。以前じゃ考えられないくらいにな」
世の中のゲームというものは強さのインフレが起こるのが普通だ。JAOはまだマシとはいえ、何度もインフレが起こったのは事実だ。
タイラン製の武器が支配するこの世界じゃ、インフレについていけるはずがねえ。
「ヒナツはよく『十五勇者のアタシだから大丈夫』ってよく言うけど、もうそんな時代じゃねえから。昔、ここレスターンが一夜でMobの大群に占拠されたことがあってね。あれは悲惨だった」
そのイベントなら俺もやったことがある。JAO最初にして最後、最低にして最悪のワールドイベント『王都奪還』だ。あまりに理不尽なイベントだったため、引退者が続出したうえに、これ以降ワールドイベントが行われなくなってしまったくらいヤバいイベントだった。
「十五勇者が2人も――死んだ。あっさりとね」
遠い目をしてツフユは黒い空を見上げる。冷たい雨はまだまだ止みそうにもない。
「どんなに技量があっても、どんな戦い方をしようとも、UMobの前には無力。――それがこの世界の現実なのさ」
「そんなの――今日は、ヒナツは無力じゃなかったよ。UMob相手でもボス相手でも戦ってたもん!」
サエラが唇を噛み反論する。だが、ツフユはその反論を一蹴する。
「はぁ!? 『今日は戦えたから、大丈夫』――それが過信だっつーの。『俺たちも力を合わせれば大群とだって戦える』そう言ってたイストリブルはどうなった? サエラ、あんた、そんなことも忘れたのか。それあいつの友人としてマジ傷つくわー」
ツフユの言葉にサエラは黙ってしまった。イストリブルというのは、きっと王都奪還で死んだ十五勇者の一人なのだろう。
死人を引き合いに出されては、サエラも非難できるわけがない。
「確かに今回は上手くいったかもしれないな。でも、次はどう? 次うまくいっても、その次は? サエラ、あんたは聞かされていないかもしれないけどな、Uマップっていうのはそれ以外のマップを合計した数よりも多いんだ。しかもどんどん増え続けている」
Uダンジョンは隔週のアップデートのときに最低1つ実装される。Uより弱いランク帯のマップは実装されないことのほうが多い。どちらが多いかなんて分かりきっている。
「今日戦ったやつよりも強い敵なんて、わんさかいる。わんさか出てくる。強すぎるMobと戦えば、いつかは命を落とす。絶対死なずに上手くいくなんて、そんなのただの理想論。笑えない冗談にもならねえよ」
「ちょっと待てよ」
「何?」
ツフユはサエラから俺に視線を移す。
「UMobが強すぎるって、そりゃあタイラン製の武器じゃ嫌でもそうなるわな」
「それは何。自分の武器だったらUMobでも狩れる。そう言いたいの?」
「あったりめぇだ! U武器があればUMobとも戦える。HU武器があればUボスを倒すこともできる。タイランと違って、俺は強ぇ武器を作る!」
俺の啖呵を聞いて、ツフユは「はっ」と短く笑って一言。
「あんたは何も――分かっちゃいない」
「あぁ!? どういうことだよ!」
「U武器があればUMobとも戦える。HU武器があればUボスを倒すこともできる。武器屋のあんたが言うんだったら、きっとそうなんだろうね」
淡々とした口調でツフユは話す。
「でもこの世界では、UMobと戦うことよりも、Uボスを倒すことよりも大切なことがある。それは――」
ツフユの言葉に力がこもる。
「命」
その言葉を聞いて、反射的に顔が歪んだ。
ツフユの話は俺も十分すぎるほど理解している。なにせ俺は1度死んだ身なのだから。
「命っていうのは、たった1つしかない重いもの。どんな財宝、どんな魔石、どんな武器よりも尊い宝。あたしたちは、これを何が何でも守らなければいけないんだよ!!」
ツフユの言葉とともに、激しい雷光が空を引き裂いた。
「あんたの武器は、たった1つしかない命を、絶対に守りぬくことができる?」
さっきの雷よりも鋭いツフユの眼光が俺の心を串刺しにする。
そんなの、答えは決まっている。
「不可能だ…………」
JAOを遊んだことがあるプレイヤーで死んだことがないやつなんて、いるはずがねえ。
JAOっていうのはゲームだ。ゲームが簡単に攻略できたら、プレイヤーはつまんねえし、運営も儲からねえ。何度も挑戦したくなるように、死ぬことが前提となるバランスで組まれている。
ましてJAOは、初見殺しのJAOとか、ワンパンゲーとか呼ばれるくらいのクソバランス。絶対に命を守るなんて、そんなの無理ゲーに決まってらぁ!
「レイ=サウス、あんたは良質の武器で世界を変えるとか大ぼらこいてるけどな。命1つ守れないようじゃ、結局世界は変えられない」
この世界はゲームじゃない。命あっての冒険なんだ。底辺たちを見ていたら明らかだ。
命を守れない武器なんて見向きもされねえ。……そんなこと、分かっていたはずだ。
「どうした、レイ=サウス? あたしに好き放題言われてさ、悔しいだろ。ほら、何か言ってみろよ」
そんなこと言われてもなぁ! 考えれば考えるほどよぉ、言葉が遠ざかっていくんだよ!
血管がぶち切れそうなくらい歯を食いしばり、拳を握りしめる。それでも答えは見つからない。
俺が答えにつまっていると、サエラがツフユに頭を下げた。
「ツフユさん。今日はいろいろお話ありがとうございました」
「礼を言うくらいなら、あたしに説教されることを端っから言うなよ。面倒くさ。あたしは、あんたたちみたいに遊び感覚で仕事をやってるわけじゃねーんだよ」
そう言って、ツフユは濡れた長い髪をめんどくさそうに後ろでまとめる。
「せいぜい死なねーぐらいにしておけよ。じゃあな」
最後までムカつく台詞を残して、ツフユは社務所に消えていった。
「ごめんね、話を打ち切っちゃって」
そう言って、サエラは俺に体を寄せてきた。いや、俺がサエラに倒れかかったのかもしれない。
「でも、見てられなかったの。ツフユさんの言葉でレイ君が傷つくところ……」
氷水のように冷たい1月の雨。長時間打たれたサエラの体も冷たかった。
「とりあえず、お前ん家の暖炉を貸してくれ。話はそれからだ」
サエラの家に行って、暖炉の火に当たり体を温めた。
サエラがいれてくれたホットココアを飲みながら今日の話を始める。
「ねぇ、レイ君。ツフユさんのこと、嫌いになった……?」
「あんだけぼろかす言われたら、さすがにすげぇムカついたな。だけど、嫌いになるもならねえも別にねえよ。この世界にはもっとムカつくやつもいるし。タイのやつとか、店のやつとか」
「よかったぁ……」
サエラもツフユのことは嫌いではないのだろう。
「でも、痛ぇところを突かれたな。反論できなかった自分にむしろムカつく」
やっぱり、この世界はゲームと同じように見えてゲームじゃない、リアルなんだ。改めて痛感させられた。
「まぁ、答えはゆっくり考える。ココアおかわり」
そう言って、サエラにコップを渡した。
「はい、どうぞ」
サエラがポッドからココアをコップに注いでくれた。コップを取って一気に飲み干す。
「うわ~。まだ熱いのに、相変わらずレイ君はすごいね~」
「大分ぬるくなってるだろ」
「そうかなぁ~」
俺が何も言わないでも、サエラは再び俺のコップにココアをいれる。
「ツフユさんの言うことはあんまり真に受けても仕方ないよ。ツフユさんって、口喧嘩すごく強いから。今日だって無茶苦茶なことばっかり言ってたし」
「人の話も全然聞かねーしな」
「うん。でもね、あのひどい言葉は全部が本心ってわけじゃないよ。ツフユさんって、ああ見えてものすごく心配性なの。だから、話も大袈裟になるし、言葉も刺々しくなるの」
「ああ見えても、何も。そういうキャラだってのはすぐに分かるだろうが」
ツフユの震える右手が俺の脳裏をちらつく。
「ヒナツを死なせたくないからだっていう気持ちは分かるよ。でも、『巫になれない』なんて、さすがに言ってほしくなかった……。あれじゃあ、伝わるものも伝わらないよ……」
サエラが悲しそうに溜息をつく。
「こんな時、フィルドさんがいてくれたらなぁ……」
フィルドというのはツフユの元彼だ。だけど、行方不明らしい。
「いねえやつに期待したって、仕方ねーさ」
ホットココアを飲み干し立ち上がる。
「ツフユの想いがヒナツに伝わっていないんだったら、伝えればいいじゃねーか。早速話そうぜ!」
「うん!」
俺たちはヒナツにメッセージを送ることにした。
本日は連続投稿します。
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【防御は最大の攻撃】です!~VRMMO初心者プレイヤーが最弱武器『デュエリングシールド』で最強ボスを倒したら『盾の聖女』って呼ばれるようになったんです~
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