5-7 新時代の戦い方2
JAOでは、ほとんどのMobはヘイトが一番高いプレイヤーに対して攻撃を行う。ヘイトとはプレイヤーに対する敵対心を表すステータスだ。
ヘイトは明確な数値は表示されない。それゆえ、タンクはヘイトを自身に十分に集め、アタッカーとヒーラーはなるべくヘイトを集めないように行動することが求められる。
JAOでは、ヘイトは主に次の行動によって増加する。
・接近
・自身に対する攻撃行動
・与ダメージ量
・被ダメージ量
・回復魔法の使用
・自己バフ、支援、妨害スキルの使用
・ヘイトスキルの効果
これらの行動をとることで、ヘイトを上昇させ相手のタゲを取る(高ヘイトを維持することで攻撃を自分に固定させること)。
そうやってPTメンバーを守るのが、タンクの仕事なのだ。
ミイラボウズが金棒を振り上げて襲ってきた。
トトメスはミイラボウズを大量に召喚する。放っておくと、処理しきれない数のミイラボウズと戦うことになる。こいつらはさっさと倒さないといけない。
フレイルを振り下ろして2体を倒し、1体の攻撃を柄で受け止める。
「もういっちょう!」
ミイラボウズをさらに2体撃破。ミイラボウズは残り2体。この程度の数なら、後衛に流れても処理できるだろう。さっさとトトメスのタゲをとりに行くか!
トトメスは俺を無視して後衛に向かおうとしていた。生意気な。
「ナイトフォース!」
ナイトフォースは攻撃行動によるヘイト増加量を上げるスキルだ。ヘイトを稼ぐ王道は攻撃を仕掛けること。それを補強するナイトフォースは、ヘイトスキルの中で最も基本的なものだ。
「オラオラァッ!」
攻撃をすればするほどヘイトは俺に向く。どんどんいくぜぇ!
そう考えていた時、今、絶対聞こえてはいけない言葉が聞こえてきた。
「ヒール!」
ヒーラーのサエラじゃない。ヒナツの声だ。
ヒナツのHPバーはトトメスの一撃で真っ赤になっていた。早く回復してぇという気持ちは分かる。だが、そりゃあ悪手中の悪手!
対峙していたトトメスが視線を俺から外した。そして、俺を無視して前進を始める。
くそっ、今のヒールでタゲが俺からヒナツに移りやがった。
ヘイトを増加させる行動の中で最も大きく増加させるのは、回復魔法の使用だ。
JAOに限らず大体のゲームでも、回復魔法の使用は十分にタゲをとってからだと相場が決まっている。
力ずくで止めるか? 地道に攻撃を当て続けてタゲをとるか? いや、それだと上手くいくか分かんねえ。
……この手でいくか! 外付け魔石を変更してスキルを使用。
「プロボック!」
ヘイトスキルの1つ、プロボックは1体のタゲを強制的に短時間だけとるスキルだ。ウォークライの単体バージョンだと思っていい。
プロボックの効果でトトメスは俺に向き直ると、ブラワで腹を殴りつけてくる。
余裕でよけられる軌道。だけど、あえてもらってやらぁ!
ドスン! 重くて鈍い音。そして、激しい痛みが襲う。HPバーの半分以上が削れて黄色に変わった。痛ってぇ~。こんだけやれば効果は充分だろ。
プロボックの効果時間が切れた。だが、トトメスは足を止めたままだ。俺との交戦を止めようとはしない。作戦は成功した。
他のゲームと違って、プレイヤーが大ダメージを受けることでもMobのヘイトが増加する。
倒せそうな相手はさっさと倒せ。それが戦いの鉄則のはずだ。JAOのプロデューサー伊澤星夜はそう説明していた。
大ダメージをわざと受けることでヘイトを大きく稼ぐ。これはタンクに不利な仕様を逆手に取った、タンクの上級テクニックなのだ。
後ろからヒナツとサエラが言い争う声が聞こえてきた。
「離して、サエラ! このままだとレイが死んじゃうよ!」
「ヒールはまだダメだよ、ヒナツ」
「何で!?」
ヒナツが俺にヒールをしようとしている。それをサエラが止めているようだ。
「タンクはPTの危険を引き受けるのが仕事なの。今、ヒールを使ったら、さっきみたいにMobがこっちを狙ってくるよ。だから、今は使っちゃダメ」
「でも、一撃でHPの半分も、もってかれたんだよ! 次レイに当たっちゃったら死んじゃうかもしれないよ!?」
ヒナツの言うことはもっともだ。ここでヒールを撃つという選択肢が間違いとまではいえない。
少し沈黙があった後、サエラが口を開いた。
「――それでも、だよ。私たちアタッカーとヒーラーの仕事はね……。『タンクを信じること』なの」
「タンクを信じること……?」
「うん。レイ君は死なない。絶対にボスのタゲをとってくれる。その時まで待つのが、私たちの仕事」
「――分かった。アタシも、信じる」
力強いヒナツの言葉。さっきみたいに浮ついた調子ではない。
タンクを信じるか……。へっ、嬉しいねぇ。ゲームの頃はタンクに罵声を浴びせるやつばっかだったってのに。
フレイルを握る手に力が入る。
信じてくれるって言われた分、タンクも仕事しねえとなぁ!
「オラオラァ、オラオラァ、オラララァッ!」
とにかく、連打、連打、連打。強風の日の風車のように、穀物(フレイルの先端についた短い棒。攻撃判定がある。)も常時フル回転。ものすごい手数で攻めたてる。
「ぐぬぬぅ……」
怒涛の連撃の前に、トトメスは怒りに顔を歪める。ゲームの頃よりも感情表現が豊かだ。
「こしゃくなぁ!」
声を張り上げ、トトメスはブラワを振り上げる。力任せの雑な攻撃。そう簡単にくらうかよ。
そろそろ頃合いだろ。
「サエラ、ヒナツ! 援護を頼む!」
「「OK!」」
2人の声がハモった。よくここまで信じてくれた。さぁ、思う存分暴れてこいや!
「ヒール!」
サエラのヒールが俺に命中。HPバーはみるみるうちに回復する。
「さっきの――――おかえしぃっ!!」
暴れられないうっぷんが溜まっていたのか、ヒナツの強烈な一撃がトトメスの右腕を貫いた。
攻撃直後ヒナツの体がピタリと止まった。
JAOでは攻撃すると、その直後にはWDLという硬直がある。大体0.5秒にも満たないほんのわずかな時間だが、体を動かせないため無防備になる。
トトメスがヒナツを狙えば、またこちらが劣勢になる。
「うぉぉぉ、おのれぇ!」
しかし、トトメスの狙いはやはり俺。俺めがけてブラワを振り回している。
後はこのヘイトを維持できれば、問題なく倒せるな。この戦い――俺が支配した!
その後は俺がタゲを固定したまま、トトメスを撃破した。もちろん、俺がしっかりタゲを取っていたので、サエラとヒナツにボスの攻撃がいくことはなかった。
ヒナツもサエラの指導の下ヒーラーとしてのロールを果たしながら、アタッカーとして暴れ回っていた。
ボスを倒して喜んでいるヒナツに声をかける。
「初めての支援、お疲れさん。ただ何も考えず殴るよりも楽しかっただろ?」
「うん! PTメンバーと力を合わせて戦えば、強いボス相手でも戦えるんだね。レイって、ほんとすごい!」
「当たり前だ。これからも期待してるぜ」
巫だからヒナツはおそらく高int。この世界では貴重なヒーラーになるだろう。
「まっかせてよ!」
笑顔でVサインを作るヒナツ。
「これからは槍で、悪いMobをガンガン殴っちゃうよ!」
ヒーラー兼アタッカーぐらいで妥協するか……。
次回は8月9日の17時頃に更新の予定です。
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