4-38 こころをこめて
少し時間はさかのぼり、12月25日のお昼時。
朝からずっと続いていた行列が解消され、スタッフが食事休憩を交代で取り始めた。俺とコプアさん、他2名が2階にあるコプアさんの私室でまかないを食べる。
「あ~~、クリスマスっぽいことがしたぁ~~い!!」
まかないのオムライスを運んでテーブルに置くなり、コプアさんが叫んだ。
「クリスマスケーキ作りまくってるのに、今更何言ってんだ。もう十分すぎるくらいクリスマス漬けだろ」
俺の言葉にコプアさんが血相を変えて反論する。
「ケーキ作りなんて仕事だよ、レイ君! 恋人と素敵なデートをしたり~、友達をたくさん呼んで盛大なパーティーをしたり~、サンタ服の仮装をして街を練り歩いたり~。クリスマスを満喫するっていうのはそういうこと」
暖炉の火よりも激しいコプアさんの熱弁に、スタッフの一人が手を上げて提案する。
「やろうよ、クリスマスパーティー! 明日の業務終了後にささやかなプレゼント交換会とかやったら楽しいんじゃないかな」
「採用!!」
提案したスタッフを指差して、コプアさんは秒も経たずに即決した。もう一人のスタッフもこの提案に拍手をした。
「早速、他のみんなにも知らせなきゃ!」
コプアさんはまかないに一口もつけることなく、慌ただしく階段を下りて行った。
業務終了後は狩りに行くのが日課だったのに。こりゃ、明日の狩りは中止だな。トホホ……。
夕方、コプアさんに呼び出された。
「何だ、話って? 店長が何かやってきたのか?」
「フェーリッツ君の報告だと、今のところ何も動きはないって。それより、ほんとに大丈夫なの?」
「何だよ……?」
「プレゼント交換の話だけど、ちゃんとプレゼント考えてる?」
「何だよ、そんなことか」
不安そうなコプアさんに、自信満々の態度で返答する。
「心配すんな。ちゃんと考えている」
「ええっ、プレゼントをもう決めたの!?」
「あぁ、プレゼントには風の魔石HRでもやろうかと思う」
「余り物を適当にプレゼントにまわすってわけね」
「ぎくっ! でもよぉ、属性魔石だって役に立つんだぜ。属性倍率等倍の相手でもATKに――」
「私たち冒険者以外のメンバーは、魔石なんて要らないんだけど……」
「そこは大丈夫だ。売れば9300マネになる」
「売却前提のプレゼント!?」
コプアさんが頭を抱える。
「あのねぇ、レイ君。利益が欲しいからプレゼント交換するんじゃないんだよ」
「もらって嬉しくねえプレゼントに何の意味があるんだよ」
「その言葉がレイ君の口から出てきただけ、まだましかな。そう、大切なのはそこ。プレゼントはもらうこと自体が嬉しいの」
「そうなのか?」
「そうだよ。プレゼント交換すること自体が楽しいイベントなんだから、高い物よりも楽しい物にしなきゃ」
楽しい物って何だ? ゲームしか思いつかねーよ。
「それとね、10Kマネは私たちにとっては大金。予算は3Kくらいがいいかな」
1Kというのは1000のことだ。
「金額多すぎるのはかえって良くないよ。高額プレゼントをもらえなかった人は、もらえた人を羨む。そんな後味の悪いパーティーなんて、やっても仕方ない」
「確かにそうだな……」
ボスを倒すとBBドロップというものが手に入るが、それはPTのメンバーの1人しかもらえない。
BBドロップがもらえなかったPTメンバーは、形だけの「おめー」を言うのがお決まりだ。その空気の寒ぃこと寒ぃこと。
あれと同じだと思うと、楽しくないというコプアさんの言葉の意味はよーーく分かる。
「だから――ちょっと待っててね」
そう言って、コプアさんは俺を残してどこかへ行ってしまった。
数分後、コプアさんはサエラを連れてきた。
「今から2人で、木苺と砂糖を買ってきて」
「そんなの1人いれば十分じゃねーか」
俺の言葉を聞いて、コプアさんはくすりと笑う。
「それはついでだよ。本題は――サエラちゃん、レイ君に良いプレゼントを選んであげて」
「そっちが本題かよ!」
サエラはコプアさんの頼みを聞いてもすぐには何も言わず、口に指を当ててぼーっとしていたが、
「んー。分かったぁー」
いつものように間延びした口調で返事をした。
コプアさんのお使いを済ませた俺たちは、プレゼントを選ぶことにした。
コプアさんの店の近くにあるフラワーエリアという地区へと向かう。
フラワーエリアにはカワイイ店がたくさんある。そこでプレゼントを選ぶのだという。
プレゼント交換会に参加するのは、俺とフェーリッツ以外は全員女子だ。女子向けのプレゼントにしたほうがいいだろうというアドバイスをサエラからもらった。
「う゛ぅ~~~、さむ゛びびょぉぉ~~」
そろそろ陽も落ちかけている。本格的に冷え込む時間だ。
「おい、マフラーはどうしたんだよ?」
サエラは防寒具として白いマフラーをつけていた。だが、今はマフラーを首に巻いていない。
「今日ね、ワンコが寒そうだったからあげちゃった」
「なんだよそりゃ。相手は獣なんだし、毛だらけだろ。マフラーが必要なのはお前だよ」
「ぞれもそうだだだだねぇぇ~~」
寒そうに震えながら、早足で歩くサエラ。俺は黙って追いかけた。
「これもカワイイなぁ~~。あれもカワイイなぁ~~」
サンタクロースのアロマキャンドル。色とりどりのハート型のバスソルト。ドライフラワーを中に入れたハーバリウムとかいう小瓶。
良い匂いとカワイイ雑貨に囲まれてサエラのテンションは高い。
一方、俺のテンションは低かった。女子女子した空間に、男はたったの俺1人。同じゲーム、いや、異世界の中とは思えない程の、場違いな存在だ。
どうすればいいか分からない。置いてあったコップを適当に手に取り、ぼーっとながめて時間を過ごす。
「そのマグカップもカワイイねぇ~~」
俺が持っているコップを指差してサエラが褒める。
「レイ君もカワイイよぉ~~」
「何でだよっ!」
思わずサエラにツッコんだ。
「レイ君、プレゼント決まった?」
「いや……まだだけど……」
サエラに連れ回されて、ここで3軒目だ。ケーキ屋、服屋、そしてこの雑貨屋。
色々見たが、何を基準に選んでいいか全然分からない。
女子にはカワイイ物がうけるとサエラは言っていたが、さっきからサエラは見る物全てに「カワイイ~~」を連発しているので、余計に分からん。
「もう何でもいいんじゃねーの。サエラ、お前が選んでくれ」
俺の言葉を聞いて、サエラは笑顔のまま首を横に振る。
「私がレイ君のプレゼントを選んでも、ステキなプレゼントにならないんじゃないかなぁって思うの」
「女子力マイナスカンストしてる、俺よかマシだろ」
「ううん。プレゼントを選ぶ上で一番大切なことはね――」
サエラが近くにあったコップを手に取ってゆっくりと撫でる。
「喜んでもらいたいっていう気持ちだよ」
「喜んでもらいたい気持ち……」
「うん。それがあればきっとステキなプレゼントに巡り合うよ」
「そうは言っても、俺なんかのプレゼントをもらって嬉しいやつなんて、ほんとにいるのかよ? やっぱりお前が選――」
「私、レイ君のプレゼント、もらったら嬉しい!」
俺の言葉を待たずに、サエラはいつにない早口で話す。
「楽しみだから、レイ君のプレゼントを今ここで知りたくない。サプライズがいいの!」
サエラの顔がピンク色に染まっていく。
「あ……あ……」
口をパクパクしているだけで、サエラの口からは言葉が出てこない。
それは俺も同じだ。
「わ、私のプレゼントも選ばなきゃだから。後は1人で選んでね!」
顔を真っ赤にしてサエラは店を飛び出した。
1人取り残された店内で深呼吸。サエラの台詞はこっ恥ずかしかったが、今は置いておこう。
もう陽も暮れている。時間がねえ。平常心に戻して、さっさとプレゼントを選ばねえと。
喜んでもらいたいっていう気持ちかぁ……。
スタッフは俺を含めて14名いる。その内、俺とフェーリッツ以外はみんな女子だ。
女子が喜びそうな物なら大丈夫かな。
いや、違う。そんな漠然とした考えで選んでも失敗する。なぜなら、そこには俺の気持ちが入っていないからだ。
対象を絞り込むか……。
『私、レイ君のプレゼント、もらったら嬉しい!』
突然真っ赤な顔のサエラがフラッシュバックする。
そして、自分でも顔が再び赤くなるのが分かった。
俺だってよぉ…………。
頭はまだわちゃついていいる。クレバーな選択はできそうにねえ。
でも、あいつの顔が浮かぶたび、あいつの笑顔が見たくなる。そんな気持ちに嘘はつけなかった。
「あれにしよう」
最適解からはほど遠いかもしれない。女子力マイナスカンストしているから論外かもしれない。
それでも、俺はプレゼントを決めた。こころをこめて。
次回は7月6日の12時頃に更新の予定です。
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