1-15 先祖伝来の剣
サエラのブロードソードの話は少し細かいです。地の文は読み飛ばしてもらっても構いません。
「とにかく、依頼の話をしよう。何でも聞いてくれ」
「湧泉洞で狩りをした経験ってありますか?」
「あるってもんじゃねーよ。俺にとっては思い出のマップの1つだ。期間は11日間だったけど、最終レべリングマップだったからな。湧泉洞のことなら研究し尽くしてるぞ」
もちろん、湧泉洞で狩りをしている期間も、クエストでのレべリングも行っている。でないとさすがに、製造型が17日でカンストするのは不可能だ。
「何人PTで狩りをしていたんですか?」
「あんなところソロじゃねえと、効率出ねえだろうが」
「ソ、ソロで行けるの!?」
俺の回答にサエラは驚いて目を見開いた。きっと今ならサエラに子守歌を歌っても、お目目パッチリだろう。
予想通り驚かれたか。強いとされているサエラでさえこれだ。酒場でうっかり口をすべらせてしまったら、どう騒がれるのか全く想像できない。やっぱ場所を変えて正解だったな。
サエラが口を大きく開けて、信じられないという様子で尋ねてきた。
「だって……、紫石の湧泉洞って58から68レベルのMobが主体のマップですよ。ソロで挑むなんて自殺行為じゃないですか!?」
前の世界じゃ、紫石の湧泉洞はPT狩りだと60代後半から70代前半のプレイヤーが挑むダンジョンとしてデザインされていた。
だが、実際はPT狩りをするプレイヤーなんてほとんどいない。
全体的に経験値が高いMobが多いうえに湧きも良いので、80代後半からカンスト直前までのプレイヤーのレべリングに使われていた。ちなみに、俺は78からカンスト直前まで、ここでレべリングをしていた。
特に高DOG、低ATKのMobがほとんどなので、ステータス的にHITが高く、HPが低くなりがちな製造職には、とても人気があった。
そのため多くの人で混雑しており、ソロでないと効率が出せない。
Mobが密集している場所も多く、たくさんのMobに集中砲火されることもあるので、決して簡単とはいえないダンジョンだ。けれども、ソロで行くことが自殺行為だといえるような場所じゃない。
「俺がソロで行けたのは、武器が良かったからだ」
プレイヤーの強さを決める要素はいくつかあるが、その中でも断トツ武器の強さが大事だ。
低レベルの魔石はともかく、魔石を1つ填めただけで各種ステータスは大きく変化する。基礎ステータスによる数値上昇が最大1890しかないのに対し、最高ランクであるHUの魔石による数値上昇は10750だ、たった1個で。全く話にならない。
その魔石の恩恵を受ける武器が、JAOを攻略するのに、どれほど重要な存在か分かるだろう。武器が弱ければ、いくら上手いプレイヤーでも満足に戦えない。
「――あんたの武器を渡してくれ。湧泉洞を攻略できるか、検討してやるよ」
そう言って、俺はサエラに取引要請を飛ばした。
JAOでは取引要請に応じることで、物を実際にインベントリから取り出さなくても受け渡しを行うことができる。また、JAOでは金は電子データであり、個人間の金銭の支払いは取引要請でしか行えない。
取引要請で渡されたのはブロードソードだった。そのブロードソードのレシピはこうだ。
種類:SSブロードソード
内蔵魔石:威力の魔石HS×3
命中の魔石HS×2
回避の魔石HS×1
必中エリア減少の魔石HS×1
ラグナエンドの魔石HS×1
ヴァーティカルムーンの魔石HS×1
ジェットスラストの魔石HS×1
ミラージュアボイドの魔石HS×1
マインドアイの魔石HS×1
俺はサエラのブロードソードを見て、腕を組み「すげぇ……」と小さくうなった。
ラグナエンドHSだと……。ありえねぇ……。
ラグナエンドとは、強烈な3連撃を敵に叩き込むスキルだ。スキルの中でも1番強いといわれるスキルで、これを雑魚Mob(高DEFMobや高HPMobは除く)に使えば大体即殺できる。
しかし、その分入手難易度も段違いに高い。普通にプレイしていたら手に入らない。――入手法は課金ガチャのみだ。しかも、それでさえR程度のランクである。
ちなみに、基本魔石以外の魔石のレアリティは、数ランク上のものとして扱われていることが多い。例えば、Sランクの基本魔石を落とすレベル帯のMobがHRやRランクの魔石を落とすというような感じだ。
ラグナエンドは実際のランクよりも5ランク上のものとして設定されている。それがHSランクとなれば、レアリティは最上ランクであるHUランクの基本魔石をはるかに超える。
あとはマインドアイもめちゃくちゃ貴重で強いスキルだ。これも5ランク上に設定されている。
だが、バランスが悪ぃ……。また評価に困るものがきたな……。
まず、耐久の魔石が組み込まれていないのはまずい。狩場で何も考えず振り回していたら、あっという間に折れちまうぞ。これじゃあ、メインウエポンにならねえな。
だが、この点は俺が研ぎをすれば問題ない。
それに、アクティブスキルが多すぎる。
アクティブスキルというのは、任意発動させる種類のスキルだ。
ラグナエンド、ヴァーティカルムーン、ジェットスラスト、ミラージュアボイド、マインドアイ。なんと5つもある。アクティブスキルの数なんて0から2というのが相場だ。
アクティブスキルはリキャストタイム(再使用までの時間)があるので、種類が多ければそれだけスキルを使い続けることができる。これがアクティブスキルを多くするメリットだ。
だが、デメリットもある。アクティブスキルの魔石を武器に組み入れる分、ステータスが貧弱になってしまう。せっかくの強スキルを使ってもステータスが低かったら本末転倒だ。
しかも、アクティブスキルはDRAを消費することで発動させる。つまり、アクティブスキルを組み込めば組み込むほどDRAの消費は激しくなる。
そして、ゴミスキルが内蔵されているのも痛い。
具体的には、必中エリア減少だ。
必中エリア減少は、アバターに設定されている必中エリアの範囲を小さくするパッシブスキル(常時発動型のスキル)だ。
必中エリアとは、どれだけDOGがあっても攻撃が当たったら必ず命中になる場所だ。人型の場合、頭上半分、腹、心臓、四肢の付け根が必中エリアとなる。
だが、必中エリア減少によって小さくなる領域はとても小さい。はっきりいって、向こうの世界じゃ誰も使っていないゴミスキルだ。
「――どうですか?」
俺がうんうん唸っていると、サエラが聞いてきた。
「このブロソ、使うの大変だろ」
強いアクティブスキルの魔石が多く内蔵されているから、その性質を理解し状況に応じて使いこなせれば、強いといえる。
だが使い方を間違えれば、力は発揮できない。それどころか簡単に折れてしまう。
「うん。そうですね――」
目を伏せてやや低いトーンで話すサエラ。組んだ両手にぎゅっと力が入るのが分かった。
「DRAは低いし、防御ステータスはあんまり上がんねえし――」
「そうじゃないですよ」
俺の話を遮ってサエラが話し始める。
「この剣、ピートハイプラスターはね、私の先祖に代々伝わる剣なんです」
ピートハイプラスター? 知らねえ名前の剣だな。世界各地の有名な伝説の剣についてあれこれ調べたことはあるが、そんな剣はなかった。
「まだ王国もない時代、神代の時代。私のご先祖様がこの世界を覆っていた絶望を討ち、世界に平和と希望をもたらしました。その戦いでご先祖様が使っていたのが、ピートハイプラスター。この剣は一族の誇りそのものなんです。」
見た目はただのブロードソードでしかない。JAOで用意されているグラフィックそのものだ。漫画やアニメでみるような伝説の剣という感じは全くしない。
「私はまだまだ半人前の冒険者です。でも、この剣を受け継いだからには、いつか、いつか――、この剣にふさわしい勇者になりたい。ううん、絶対なるの」
この剣は、JAOというゲームでデザインされた、ただのSS武器なのかもしれない。
だが、ひょっとするとサエラの言う通り、世界を救った伝説の武器なのもかもしれない。
まっすぐに目標を掲げるサエラの眼は、疑いもなく本物だった。
「安心しろ。この剣なら湧泉洞ペアくらい余裕だ」
「よかったぁ……。やっぱり、ピーハイはすごい剣なんだ!」
俺の言葉にサエラは嬉しそうに顔をほころばせた。
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