4-24 PKerの壊し屋1
記者会見の翌日。本来ならば食材調達チームはコカトリスの卵を取りに行く必要があるのだが、今日はフェーリッツ1人だけ行かせることにした。
俺とタイランの潰し合いは第3Rに移っている。今までよりもはるかに危険な戦いだ。わずかな判断ミスさえも許されない。俺やサエラならともかく、プレイヤースキルが未熟な他のメンバーじゃ危ない。
その点、フェーリッツは危機回避能力がずば抜けている。そう簡単にミスることはないだろう。斥候には適任だといえる。
しかし、フェーリッツは5時間たっても戻ってこなかった。何度メッセージを送っても未読のまま。
サエラと一緒に皿を洗う手伝いをしていると、サエラが耳打ちしてきた。
「やっぱり探しに行ったほうがいいんじゃないかな……」
サエラに言われてメッセージウインドウを開く。やっぱり未読のままだ。でもログインの表示はある。最悪の事態にはなっていないはずだ。
「まぁ……、大丈夫だとは思うが、何かあっても目覚めが悪ぃしなぁ……」
サエラと相談をしていたら、裏口の扉が開く音が聞こえてきた。
「ただいまっすー」
呆れるくらい能天気な声。厨房に立ちこめていた重たい空気は裏口から外へと吸い込まれていった。
「いやぁ~、お腹へった~。あ、でもまだメシはいいっすわ」
俺たちの心配をよそに本人はあくまでマイペース。フェーリッツの変Tに描かれているへらへらしたゴブリンのまぬけ面が、何だか腹立たしい。
「おい、フェーリッツ。何度も電話したし、メッセージを送ったんだぞ。返事の一つくらいよこしやがれってんだ」
「それはレイさん、ひょっとして心配してくれた?」
「うっせぇ! 偵察に時間がかかりすぎて、俺は頭にきてたんだ!」
「でも、一番フェーリッツ、フェーリッツって言ってたのはレイ君だよ~」
「黙れサエラ!」
「さぁ、みんな、俺が大活躍した成果配っちゃうよー!」
フェーリッツはそう言って、わざわざインベントリから1個ずつクリスマスベリーとコカトリスの卵を取り出して作業台の上に置く。そのたびにミーハーな女たちがやかましいキンキン声をあげる。
「はっ、5時間かかった割には全然少ねーよ」
俺のぼやきにフェーリッツが笑う。
「心配しなくてもレイさんとサエラちゃんのために、とっておきのお土産を用意してきたっすよ」
「ほぅ……!」
さすがはフェーリッツ。偵察のプロだ。
「ここじゃ、みんなの作業の邪魔になるな。コプアさん、2階使わせてくれ」
「いいよ」
コプアさんからOKが出たので、フェーリッツのお土産を楽しむために2階に上がった。
「いやぁ~、もうそれはそれは大変だったっすよ~」
コプアさんのベッドに腰を下ろすなり、フェーリッツが肩をすくめておどける。
「さっきレイさんはあんだけかよって言ってたけど、むしろ俺じゃないとできないっていうかー。もっと褒めてほしいっていうかー」
「フェーリッツ君はすごいよ~」
「ありがとう、サエラちゃん! まー、偵察は俺の得意分野じゃん。でも――」
フェーリッツの目つきが鋭く変わる。
「計画変えなきゃヤバいっすよ、マジで……」
「え? なんで?」
サエラはバファルガーが何をやってくるのか分かっていない。フェーリッツよりも早くバファルガーの狙いを口にする。
「『PK』――」
「ぴーけぇー?」
サエラが俺に尋ねた。フェーリッツも首を捻っている。
「PKっていうのはプレイヤーキルっていう意味だ。つまり――殺しってことだ」
「ええっ!! いくら何でも……そんな……殺人なんて……!?」
サエラが口に手を当てて驚く。そんな彼女の様子を見たフェーリッツが冷たく首を横に振った。
「バファルガーの後ろに誰がついているのか、分からないわけないよね、サエラちゃん」
「タイラン商会――ううん、王国」
「そう。フェクレバン王国はこの国のルール。殺人犯を牢屋から出すくらい楽勝なわけ」
JAOはPK可能なゲームだ。
しかし、昨今のMMORPG同様、PKはあまり推奨されていない。
JAO運営のPK非推奨な姿勢は、システムにも表れている。
次のどちらかの行動をとると、カルマというパラメーターが上昇する。
1.攻撃によりPKプレイヤー以外のプレイヤーを1人死亡させる
2.1分以内に、PKプレイヤー以外のプレイヤーに3回以上ダメージを与えるかデバフ(不利な状態異常)をかける
そして、カルマが100になるとキラーアイコンが常時表示されるようになり、以下の厳しいペナルティを受ける。
1.プレイヤーからダメージを受けた時のキャラクターネーム&アカウントID公開
2.街への入場禁止
3.銀行の全預金没収
4.レイドダンジョンへの入場禁止
5.死亡時の全所持財産ドロップ
6.死亡時の監獄送還
PKプレイヤーに対するペナルティは確かに重い。しかし、2・3・6のペナルティは王国が課すものだ。また、カルマ減少クエストのうちの1つは王国への奉仕活動となっている。
つまり、フェーリッツの言う通り、タイランたちは半合法的にPK――いや、殺しを行うことができるのだ。
「サエラ、昨日も言ったけどよぉ、ダンジョンに行けば採取はできるよな」
「……うん」
「逆に考えりゃ、行けなかったら採取はできないってことだ」
「……そうだね」
「だったら、狩場に行かせなきゃいいんだよ。狩場に入った瞬間死体になってお帰り願えればいいんだ」
うまい狩場を独占するために、自分たちのグループ以外のプレイヤーをPKする。MMORPGではそんなことが、まれに行われていた。これを狩場封鎖という。JAOで行われたという話は知らない。だが、実行できないわけではない。
ショックを受けて黙り込むサエラをよそに、俺とフェーリッツは打ち合わせを続ける。
「手口はこう。入り口前に衛兵が2人いて――」
「衛兵がダンジョンに入場したことを報告。ダンジョンに入ってきた敵を本体PTが超威力の範囲魔法で殺すんだろ」
俺の言葉を聞いてフェーリッツが驚いた。
「何で行ってもないのに分かるんすかっ!?」
そりゃあ、元の世界ではGvG(ギルド対抗戦)でWP封鎖という戦術があったからだ――とは、俺が転生者であることを知らねえフェーリッツには話すわけにはいかない。
「一番効率がいいからだ。広ぇダンジョンの中で探し回るより、絶対に通過するポイントで待ち構えていたほうが確実だ」
「さっすが、レイさん!」
フェーリッツが感心する。
「詳しい手口はこんな感じだろ。ダンジョンに入ってすぐのワープポイントの周りに高ランクの土嚢を積み上げて、それ以上進められないようにする」
「その通り。土嚢は積まれてたっすね」
「後は、土嚢を越えようとしている敵をスタシャワで蒸発させるだけの簡単なお仕事だ」
スタシャワとは「スターダストシャワー」という範囲攻撃魔法だ。半径2mの円の範囲内に光る流星を降らせる魔法だ。威力も低く多段ヒットもしないが、範囲が広いので使いやすい。
「上から何か降ってきたか? 土嚢とか岩とかガチムチ前衛とか?」
「ガチムチ前衛って……。土嚢は投げてきたなぁ」
スタシャワの密度が薄い場合や侵入相手が対策を講じてきそうなときは、高DEF・高vit前衛がダメージ覚悟で降りてきて暴れるという戦術もあった。
「油はかけてきたか?」
「それはなかったなぁ」
油をかけられたらぬるぬるして滑りやすくなる。
「土嚢を登りきったら、投擲もあったっすね」
「武器は?」
「ジャベリン」
「ははっ、意外! ケチのタイラン商会にとっちゃ、そりゃまたデケぇ出費だな」
ジャベリンは投擲攻撃の中で最も火力が出る武器だ。GvGでは最も警戒すべき投擲武器の1つである。その分、他の投擲武器に比べれば製作費用がかかる。
「まー、入口の布陣は大体そんなところっす。俺が封鎖を突破した後は2人1組になって血眼になって探し回ってたぜ。バファルガーの指揮がヘボいから、全然見つからなかったけどね~」
腹を抱えて笑うフェーリッツ。
「それは、逃げ回るのが上手いお前だからだろ」
フェーリッツにとっては、封鎖を抜けて、追っ手を撒きながら採取するのは余裕だったのかもしれない。しかし、他の食材調達チームのメンバーはそうもいかない。俺だって逃走しながら採取するのは基礎ステの関係上きつい。
狩場封鎖は突破、いや、完全にぶっ壊さなきゃ始まらねえ。
次回は6月4日の12時頃に更新の予定です。
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