4-19 クリスマス・ルージュ1
4-11から4-20の途中までは、回想(4-8と4-9の間)シーンになります。
レイがどのような戦略を立ててタイラン商会と戦うのか。それを振り返るお話です。
これ、ケーキなのかよ……。
ショートケーキでも、チョコケーキでも、チーズケーキでも、ロールケーキでも、フルーツタルトでもない。テーブルに置かれた2つのホールケーキは、俺が17年の人生で一度も見たことがないものだった。
その姿は一度見たら忘れられない。目が覚めるほどの強烈な真紅。その表面は光沢もあり艶やかだ。ケーキの上には数個のブルーベリーと木苺がぽつんと置かれているのみ。シンプルなデザインが紅の印象をよりいっそう際立たせている。
コプアさんがインベントリから包丁を取り出した。
「さーて、切り分け――」
「「「待って!!」」」
すかさず大勢の女の子たちがコプアさんを制止。切るのを止められたコプアさんは、口角をわずかに上げる。
「切らないと~、ケーキ、食べられないんだけど……」
人を試すような、ねっとりした口ぶり。いつもより甘く、いじわるで、それでいて落ち着いた、優雅な雰囲気。それはまるで目の前のケーキのよう。
コプアさんに煽られて、女性スタッフたちは興奮を爆発させた。
「待って、待ってよぉ! スクショ、スクショ撮らせてー!」
「私も、私も、スクショ撮りまくるんだから!」
「何なのこれ! ケーキって、こんなにオシャレなアイテムなの!?」
「こんな美しいケーキ、包丁を入れるなんてムリムリ~! そのまま持って帰りた~い」
「今までのクリスマスケーキなんて、これ見た後だと全部おこちゃまに見えるよ」
「ベリー以外の何もない余白がカッコイイー!」
マカロン・ノエルを見た時以上の金切り声が調理場を揺らす。超人気男性アイドルグループのドーム公演に匹敵するほどの熱狂に包まれているんじゃないか。
だが、正直気持ちは少し分かる。ケーキにも美術にもまるで興味のない俺ですら、あっけにとられたんだ。ケーキ大好き女子のこいつらのテンションがおかしくなるのは当然のこと。俺でいうなら、何年も待っていたゲームを初プレイした時のテンションってところだな。
女どもの狂乱が収まりきる前に、コプアさんが包丁を入れる。
「「「いゃぁぁぁーーー!!!」」」
思わず耳を押さえるほどの悲鳴が上がるが、コプアさんは無視して12人分ケーキを切り分けた。
「さぁ、貴女たちの感想聞かせてね」
コプアさんは銀色の髪を下ろし、すっと微笑む。自信に満ちあふれた姿は艶やかで気品のある大人の女性。本気のコプア。そして、本気のケーキ。一同皆ゴクリと喉を鳴らした。
だが、女性陣は動けない。コプアさんに煽られてもまだためらっている。
「俺から行かせてもらう」
真打は捨石用と違って、純粋に売ること、つまり食べてもらうことを目的としたものだ。うまくなければ意味がねえ。最も重要なことは見た目じゃない、味だ。
フォークで食べやすい大きさにケーキを切り分け、いざ実食。
パクッ――。
ケーキを舌に乗せたと同時に、甘酸っぱい味が口全体に広がった! ……苺、いや何だ? ん、何か口の中で溶けたぞ。……酒? 全然分からん。
1つだけ言えることがある――。
ケーキなんて好きじゃねぇ。
でも、フォークが――――
止まんねぇんだよ!
思考よりも早く、手と口と喉が勝手に動く。夢中でケーキをかっ込んでいる俺を見て、メマリーが俺に質問する。
「お兄ちゃん、どんな味なの……?」
「ああ~、もう、うまいってことしか分かんねー! 解説は、スイーツマニアの女ども、お前ぇらに任せた!」
「そ、そんなに美味しいんだ……」
「これはもう、食べるしかない……!」
俺に煽られて女性陣たちもケーキを口に運んだ。
たった一口で、食べた全員の目がくわっと開く。
「真っ赤な表面はフランボワーズ! 苺よりも強烈でかつ爽やかな酸味!」
「初恋のように刺激的で酸っぱい味。食べるだけで――。ああ……、胸がドキドキしちゃう」
どいつもこいつも、興奮のあまり頬を苺のように真っ赤に染めている。
「上のムースは、すっごくお酒が効いてるね。あっさりだけど癖になる感じは白ワインかな?」
「それだけじゃないよ、すっごく卵の旨みも濃厚で……。はぁん……ダメぇ……。ムースが口の中をめちゃくちゃにしちゃう……」
「ああっ! これは、まるで――大人のキス……」
「美味しい……でも、すぐに溶けて消えちゃった。さよなら、私の愛しい人……」
俺には分かる。官能的な味が、食べる者の味覚――そして、脳を支配していくのだ。
「真ん中は大きくカットされた苺だね」
「歯で潰したら、甘酸っぱい果汁が口の中で爆発したぁ!」
「お酒のムースとの恋の思い出に浸る間もなく、次の苺との素敵な出会い。なんて甘酸っぱいんだろう!」
脳がやられた女たちは、皆顔がとろけていく。
「下は苺ババロアですねー」
「はぁ……最後は苺ババロアの優しい甘さで〆かぁ~」
「一番下のスポンジも、王道だけど、ケーキという印象をしっかり残してくれる」
「素敵な恋の想い出は――いつだって、甘く懐かしい……」
女たちはフォークを置いた。皿の上には、もう何も残っていない。
そのタイミングを見計らって、コプアさんが一同に尋ねる。
「みんな、どうだった、私の『クリスマス・ルージュ』?」
「大人の色香、情熱的な愛……。コプアさん、教えてくれてありがとう……」
スタッフの1人が恍惚とした表情で答えた。
他のやつらは、まだクリスマス・ルージュの余韻に浸っているのか、口を開こうとしない。――感想は聞くまでもねーか。
次回は5月23日の1時頃に更新の予定です。
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