1-13 金色の閃光 サエラ
いつまでもおしくらまんじゅうを続けるわけにはいかない。そこで条件を設けることにした。
「この中で一番強ぇやつは、どいつだぁ!?」
狩場にもよるが、一般的にDRAの減少は低レベル帯よりも高レベル帯のほうが大きい。つまり、強い冒険者のほうがチートの恩恵を受けるということだ。
だったら、強いやつから順に処理していけばいい。
色めき立っていた冒険者たちが一斉に静まり返り、俺の周りから離れた。
俺が冒険者の一人に「どいつだ?」と問うと、冒険者は「あの人です」と答え、一人の女の子を指差した。
人ごみを押しのけて女の子の側へ近づく。話しかけてみたが反応がない。顔を覗き込んで様子をうかがう。
まるで人形のような女の子だった。
ゆるくウエーブのかかった長めの金髪が、店の灯りできらきら輝いている。花のヘアピンと白いワンピースの取り合わせが、清楚で甘い印象を与えていた。白くて綺麗な肌。出ているところは出ているようで、ワンピースの上からでも形が分かる。
わずかに開いた口と、つむった目はまるで眠っているかのよう――。
「zzzzz…………」
「マジで寝てるのかよ!」
俺の渾身のつっこみに、眠れる少女の眼がゆっくり開く。
「あ、寝てた」
「立ったまま寝るんじゃねーよ。それより、俺の話は聞いてたか?」
「うん。聞いてましたよ。『寝てるのかよ』でしたっけ?」
「言ったは言ったけどよぉ、そんなところどうでもいいだろ」
「あ、ごめんなさい。でも、あなたが起こしてくれたから、すぐ起きられましたよ。声が大きいのはすごいと思うんです」
「俺のチートは大声じゃねえよ……」
だめだ、こいつのペースに巻き込まれたら調子が狂う。単刀直入に本題に切り込むことにした。
「……で、あんたは俺に研ぎを頼みたいのか?」
「はい、そうですよ。でも、うわーって、いっぱい人が集まったから、前に行けなくなって、つい寝ちゃったんです」
「そ、そうか……」
「そういうわけで、あなたに研ぎを頼みたいです。あ、でもほんとに、みなさん、いいんですか? 先に並んでたのに何だか悪い気がするなぁ……」
「一番強いやつの依頼を受けることにしたんだ。気にすんな」
俺の言葉に冒険者たちもうなずく。こいつが一番強いかどうかは、すげえ疑問なんだが。
「あ、ごめんなさい。自己紹介がまだでしたね。初めまして、私はサエラです。よろしくお願いします」
そう言うと、女の子は柔らかく笑って右手を差し出した。握手しろってことか?
「レイ=サウスだ」
簡潔に自己紹介を済ませる。
女と握手するのもなんだか気恥ずかしい。握手はしないことにした。
すると、ギャラリーの1人が騒ぎ出した。
「おい、鍛冶屋。せっかくサエラちゃんが握手してくれるのに、握手しないなんて失礼すぎるぞ。うらやましい~、俺に代われや~」
「好きにしろ」
俺がぶっきらぼうにそれだけ言ったら、何人かの冒険者が俺も俺もとサエラに握手をせがみ始めた。サエラはそれを拒みもせず、にこにこ笑って握手に応じる。
「なあ、こいつ何でこんなに人気あるんだ?」
近くにいた客に質問すると、その客の顔色が変わる。
「サエラちゃん、知らねえのかよ……」
「ああ、アイドルか何かか。ま、どーでもいいけどな」
「違う違う、十五勇者の1人だよ! 俺たち冒険者のカリスマだよ!」
十五勇者? JAOにそんなNPCはいなかったはず。ということはタイランみたいな異世界独自のキャラクターか。いや、キャラクターといっていいか分かんねーけど。
「数多くいる冒険者の中でも特に強くて、高レベルダンジョンを踏破し、多くの冒険者に大きな影響を与えた15人の冒険者のことを、十五勇者って呼ぶんだ。俺たちみたいな一般冒険者なんか足元にも及ばねえよ」
なるほど、現実世界のTPみたいなもんか。
TPの中にはJAOの全国大会に出ているようなプレーヤーもいる。普通のプレーヤーと比べると、どいつも並はずれた動きだ。十五勇者もそれくらい、いやそれ以上に強いのだろうか。
「サエラちゃんは『金色の閃光』の二つ名で知られているんだ。敵の攻撃を鮮やかにかわし、一瞬で敵を葬り去る。見ている人の心を癒す甘いルックスに、圧倒的な強さ。ファンにならないわけがねえ!」
閃光って……。その話が本当なら、順番争いに負けるとかありえねーだろ。
どうも、サエラからはそんなイメージが浮かばねえ。二つ名も、『どこでも眠り姫』とかそんな弱そうな感じだろ。
「……十五勇者なんて、昔の話だよ」
サエラのやや陰を帯びた声。不意に聞こえたその声に、はっとして振り向く。
「握手会は終わったのかよ」
「ん~、そうですね。今日はもうおしまい」
サエラは伸びをしながら、俺の言うことにうなずいた。もてるやつも大変そうだ。
「で、人数は? どこで狩りをするんだ?」
「人数は1人ですよ~。狩場は……どうしよっかなぁ~」
サエラは頬に手を当てて考えていたが、だんだん瞼がとろんと下がっていく。
「おい、寝るんじゃねーぞ」
「ん~、あんまり簡単な狩場だと寝ちゃうかもしれないね~」
睡眠の状態異常を受けてないのに狩場で寝るやつなんて、普通はいねーだろ。っていうか、今も寝てるんじゃねーのか。
「そうだ。あそこなんてどうかなぁ~。経験値もおいしいし、ATKが高すぎる敵もいないし、でも緊張感もあるし。面白そう~」
サエラは、ほわほわと楽しそうに目的地について語り始めた。桃色の瞳がキラキラ輝いている。
「あそこじゃ分かんねえよ。どこなんだよ?」
「紫石の湧泉洞――に、私を連れて行ってくれませんか?」
サエラがぺこりとお辞儀をすると、ギャラリーが色めき立った。
『紫石の湧泉洞』。目的地の名前を聞いて、俺は言葉を発することができなかった。
――だって、そこは……。
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