4-16 クリスマスケーキ開発準備6
4-11から4-20の途中までは、回想(4-8と4-9の間)シーンになります。
レイがどのような戦略を立ててタイラン商会と戦うのか。それを振り返るお話です。
食材調達やケーキ開発と並行して、俺たちは協力者を集めた。さすがにたった3人では食材を調達し、ケーキを作り、ケーキを販売するのは不可能だからだ。
合宿開始から約5時間後、調理場に食材調達スタッフを呼び寄せた。
「お兄ちゃぁぁぁ~~~ん」
俺たちが調理場に入るなり、いきなりツインテールの美少女が俺に抱きついてきた。
「わたしがんばったよぉ~。あれから3レベル上がったのぉ~。もっと褒めてぇ~」
俺の胸元で頬ずりをして甘えているこのバカは、メマリーだ。
どうしようもない雑魚だったが、俺とサエラがスパルタ指導で一人前の冒険者に育て上げた。だけど、こんなザマじゃ俺の評価は変えなきゃいけねえな。
「さすがレイさん、モテモテっすねえ~。マジぱねぇっす」
「そう言うあなたこそ、すっごくカッコイイー」
「そうですよ。私たちみたいな一般冒険者が御一緒できるなんて、すごく嬉しいです」
「うちらでいいのかなぁ~」
「…………ポッ」
「君たちみたいにかわいい子に口説かれるなんて、マジ、テンションアゲアゲ~」
4人の女冒険者に囲まれてにやけているチャラ男は、フェーリッツだ。
冒険できないマップばかり実装されることにやさぐれていたが、俺との冒険で冒険の楽しさを思い出した。しっかし、こいつは相変わらず女好きのDQNだな。ゲーマーはゲーマーらしく、ゲームの攻略だけしてろってんだ。
4人の冒険者はフォーリーブズの常連の冒険者。全員、底辺こと一般冒険者だそうだ。
「お前ぇらぁっ! いい加減にしろぉぉぉぉぉぉ~~~~!!」
調理場に俺の怒号が響き渡る。
「どいつもこいつも色ボケしてんじゃねぇ、浮かれんな! 俺たちはコプアさんに協力するために集まったんだろ!」
コプアさん本人とフェーリッツを除いて、全員フォーリーブズの常連だ。みんなタイラン商会のクソっぷりに怒っており、フォーリーブズをなんとかしたいと願っている。ちなみにフェーリッツは、新しく実装されたマップ『髑髏の森』の冒険協力を餌に無理矢理協力してもらった。
俺に怒られ、皆ばつが悪そうな顔になった。場が静まりかえったところで、今日の主役、コプアさんを見る。
「え~、せっかくみんな楽しそうだったのに~。レイ君、空気読みなよ~」
あんたが一番浮かれてどうする、コプアさんよぉ……。
ぶうぶう不満を言っているコプアさんを黙らせて、まずこれまでの経緯を説明した。
「コプアさんを1位にするため。わたしたちがんばらないとね!」
メマリーが両手を胸の前で握って決意を表明する。女性冒険者たちも黙ってうなずいた。
「で、俺たちは何をすればいいわけ?」
フェーリッツが質問する。この質問に俺が答えた。
「食材調達だ」
「買い物っすか? それ、別に冒険者じゃなくてもよくね」
「うるせぇ、フェーリッツ。黙って手伝いやがれ。それによぉ、イベントで戦うには、冒険者じゃなきゃ手に入れられないものが必要なんだよ」
俺の言葉に女性冒険者の1人が反応した。
「『クリスマスベリー』……」
「そうだ。そいつをたくさん集めなきゃ、勝負の土俵にも立てやしねえ」
今回のイベントの詳しい仕様についてコプアさんが解説する。
「今回のクリスマスケーキ・ランキングバトルは、ホールケーキを製造、販売したポイントでランキングが決まるの」
ホールケーキというのは切り分ける前のケーキのことだ。誕生日ケーキやクリスマスケーキで定番の形だ。
「クリスマスベリーを20個以上使わないとポイントが入らないから、みんなにはこれを確保してほしいんだ」
クリスマスベリーは、特定のダンジョンで採取するか、特定のモンスターを倒すことでしか入手できない。店売りや栽培では手に入らないのだ。
「ケーキ1人分に苺20個かぁ、結構大変だねー」
女性冒険者の1人が溜息をこぼす。それを見たフェーリッツが明るい顔でフォローした。
「でも、どうせ採取イベントっすから、ククリクの森・ウルワの森・若葉の森でぼろぼろドロップするっしょ。そこで頑張ればいいじゃん」
採取系の期間限定イベントでは、低レベル帯の森系ダンジョンが重要な舞台になることが多い。そこのMobのドロップテーブルが変更されたり、そこで採取可能になったりして、集める対象のアイテムがたくさん手に入るからだ。
採取系のイベントは、低レベルのライト層でも遊べるようにという意図で企画されている。だったら、JAO運営はもっとBOT対策しやがれってんだ!
それぞれのダンジョンのランクは、ククリクとウルワがHN、若葉がRとなっている。いずれも採取系限定イベントの定番だ。今回も、クリスマスベリーをドロップするマップの一つとして指定されている。
フェーリッツのフォローに、さっき溜息をついた女性冒険者の顔色が明るくなる。
「コプアさんのためだもんね、底辺の私たちでもそこなら――」
「ダメだ。みんなにはアルタスの森で採取をしてもらう」
アルタスの森というダンジョンでもクリスマスベリーは採取可能となっている。
「アルタスの森ぃ!」
俺の言葉を聞いて、女性冒険者が悲鳴に近い声を上げた。
俺の意見にフェーリッツが噛みついた。
「あんたらしくないっすね、レイさん。どうせ今回だって、ククリクの森とかで採取するのが一番効率がいいっしょ」
確かにフェーリッツの言うことは正しい。採取イベントは大体低レベル帯のマップのほうが採取アイテムのソースが多く設定されている。つまり、クリスマスベリーがたくさん採れるということだ。
「甘ぇな、フェーリッツ。準備のことを考えると明日の昼くらいまでには、期間限定イベントで対決したいって話をタイラン商会に通さなきゃいけねえ。話を聞いたタイラン商会は何をしてくると思う?」
俺の質問にコプアさんが答える。
「冒険者を募ってクリスマスベリーの独占」
「そうだ。冒険者を組織するか、買い取り価格を上げるかして、ありえないくらい大勢の底辺たちに3つのマップでクリスマスベリーを採取させる。そうなったら、狩場は混み混みだ。まともに数集めることなんてできやしねえぞ」
美味い狩場が美味いとは限らねえ。人が増えて混みだすと、美味い狩場がまずい狩場になることはしょっちゅうだ。
この戦いはただのケーキ作りじゃねえ。潰し合いのゲーム。相手に潰されない戦略が大事なんだ。
「なーるほどー、混んでる狩場でなんて、まずくて狩りする気なんて起きないっすからね。さっすが、レイさん。マジすげぇー」
フェーリッツは納得してくれた。
「それによぉ、アルタスの森で狩りする一番の理由は、コカトリスの卵を採ってきてほしいからだ」
コカトリスの卵について説明した。
コカトリスの卵の重要性について説明しても、4人の冒険者はまだ困惑していた。
「コカトリスの卵が必要なことは分かった……。でも一般冒険者の私たちじゃ無理……」
4人とも不安そうな顔をしている。尻込みするのも無理はない。アルタスの森のレベルは58。HSダンジョンだ。一般冒険者の常識では考えられない場所。Rランクのタランバ丘陵よりも難しいマップで冒険したことなんてないはずだ。
「大丈夫っすよ。いざとなったら俺が守るから」
「ナンパすんな、クソDQN。全員ソロ狩りしろ」
「とほほ……」
俺にソロを命じられ、肩を落とす出会い厨。お前そもそも基本ソロプレイヤーだろ。
「始めなきゃ何も変われないよ」
メマリーが4人に呼びかける。メマリーは始めたから変わった。
「1回みんなで行ってみようよ。わたしも行く。行けば全然怖くないって、すぐに分かるもん」
メマリーは半月前までは底辺にも笑われる立場だった。それが今は、底辺たちを引っ張る立場になったのか……。ふっ、全然似合わねえよ。バーカ。
「私も保護者役やるよ~」
サエラも名乗りを上げた。そして、メマリーが俺を見て頼み込む。
「お兄ちゃん。1度くらい、みんなで行ってもいいかな? ……ダメ?」
「勝手にしやがれ」
まぁ、10分も狩りをすれば、ソロくらい余裕だって分かるだろ。
「でも、底辺のうちらで本当に大丈夫かな~。HSランクの相手に戦える自信なんてないよ~」
「それは――」
「心配ないよね」
フェーリッツとメマリーが笑顔で顔を見合わせる。そして、サエラが両手を広げ、声を張り上げた。
「大丈夫! 一般冒険者のみんなでも、私たち移動工房の武器を使えば、らくらく狩りできちゃうんだから!」
弾けるような笑顔のサエラにつられて、4人の顔が少し和らいだ。
優しく、いい意味で能天気なサエラには、人を幸せにする力がある。少なくとも俺はこいつと出会って幸せをもらった。
でもサエラたちだけじゃ、4人を本当の意味での笑顔にするにはまだ足りねえ。
こっからは俺の出番だ。
「そこの4人、レベルと基礎ステ、プレイスタイルを教えろ。アルタスの森を楽勝で攻略できる武器を見繕ってやるぜ」
「あの~、レイさん~」
ちらちらと横目でフェーリッツが俺を見る。
「俺も、アルタスで戦うための武器が必要だなぁ~」
ちらちらうぜぇ……。
「世界一の武器屋様(笑)から買ったジャンビーヤでも持っていけや」
約40分後。4人とメマリーの武器が完成した。
「これを持ってけ」
渡した武器はSSランク。アルタスの森はランクこそHSだが、出てくる雑魚Mobは全てSランク。余裕だ。
「これ一本あればアルタスに出現する全ての雑魚Mobに対応できる。よく見ろ。自分のステータスを」
俺に言われて皆ステータスウインドウを開く。自分のステータスを確認すると、全員が目を丸くして驚いた。
「なにこれー! これがアタシらのステなの!」
「別に驚くことじゃないよ。お兄ちゃんの武器で戦ったら、わたしでも強くなれたんだから」
なぜか胸を張るメマリー。
「このステータスでしたら、戦える気がします」
「…………うん」
「コプアさんを助けないといけないもんね~」
「よーし、頑張るぞー!」
俺の武器を見て他の4人もやる気を取り戻したようだ。
「「やったぁ!」」
俺の言葉を聞いて、メマリーとサエラは両手をハイタッチして大喜びした。
さぁ、これで戦う準備はできた。後は戦う武器の完成を待つだけだ。
次回は5月16日の21時頃に更新の予定です。
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